第179話
「京子さんなら地下の牢ですよ。今のところは何もしていませんから安心してください」
俊輔の疑問はあっさり解消された。
京子の気配が感じられなくなって、たいして時間は経っていない。
なので、拷問を受けるような時間があったとは思えない。
殺すだけなら十分時間があったが、自分(俊輔)相手の人質としての価値を考えたらそれは考えられない。
それさえ分かれば、もうどうでも良い。
京子を助けて、この場から去るだけだ。
「俺はこの国に関係ない。京子さえ無事に返してくれれば、お前の邪魔はしない」
「なっ!? き、貴様!!」
俊輔の言葉に、傷だらけのシモンが驚き、怒りの表情へと変わる。
たしかに、ただ雇われただけの俊輔は、この国の行く末など関係ない。
しかし、だったら国王暗殺の邪魔をするな。
俊輔の邪魔がなければ、自分たちはお尋ね者にならず、今の状況にもならなかった。
そういう思いから、俊輔に対して怒りが込み上げたのだ。
「いや、目の前で王の暗殺とか、さすがに動くでしょ?」
俊輔を睨みつけるシモン。
しかし、俊輔の言い分からしたら、それが偽らざる本心だ。
別に人の命がどうとか、高尚な考えがあるわけではない。
「あいにく、知ってしまったからには、君にもここでいなくなってもらわないとね」
「……あっそ」
まぁ、この雰囲気からしたらそんな答えが返ってくるとは思っていた。
しかし、いくらイバンが全ての黒幕だったからと言って、それで納得するのには少し疑問が残る。
「……その剣が原因か?」
「…………ご名答!」
どうやら当たりのようだ。
これまでのイバンとは明らかに雰囲気が違う。
不意打ちだとしても、シモンが手も足も出ないような人間には思えなかった。
隠していたとしても、俊輔を騙せるほどの実力があるはずがない。
何かしらの原因が存在するはず。
そうなってくると、考えられるのは一つだけだ。
今持っている剣が、イバンを操っているのだろう。
「よくわかったな。……って、分かるか……」
「完全に意識を乗っ取っているのか?」
いくら俊輔でも、人の心までは読めない。
とは言っても、イバンの性格はこんなことを企むような感じではなかった。
そうなると、何かに操られている可能性が高い。
「いくら私でも、人の心を完全に乗っ取るには条件が必要になって来る。一つは、彼自身に闇があることだ」
「イバン自身にこんな闇があったって事か……」
俊輔のこれまでの印象的には、イバンは世間知らずのいいとこの坊ちゃんでしかない。
周りのみんなの話からも、心優しい少年であることは分かった。
そんな彼が、王を暗殺するなどと言う行為を考えていたというのには無理がある。
恐らく、今のイバンが言う所の、僅かな闇が利用されたのだろう。
坊ちゃんのイバンでは、碌に抵抗もする事もできなかったのではないだろうか。
「人間ていう生き物は、大なり小なりそういった負の部分を持っているものなんだよ。だから彼にそういったものがないなんてあり得ない」
「それにしても、上手く隠れていたものだな。俺でも全然気付かなかったよ」
ベンガンサと通じていたなら、俊輔と会った時からもう何かしらの接触があったはずだ。
そうでなければ、僅かな違和感から俊輔は気付いていた。
だとしても、ここまで俊輔の目に何も感じさせなかったのは、脅威ですらある。
「……もしかして、その剣を持っていないと出られなかったのか?」
「……賢しいな」
だとすれば納得できる。
イバンがあの剣を持っている姿は見たことがない。
俊輔がシモンと戦っていた時、わざとらしく人質になったのも、あの剣がバジャルドの側にあることを知っていたからかもしれない。
人質の振りをして、あの剣に近付く機会を待ったのだろう。
自分の芝居が読まれたことが恥ずかしかったのか、今のイバンはこれまでの笑みを浮かべた表情から、シリアスな表情へと変化した。
「もういい……、これ以上無駄話に時間をかけるわけにはいかない」
イバンがそういうと、剣が持つ禍々しいオーラは更に膨れ上がり、イバンの全身を包み込んで行った。
「……これが魔剣てやつか?」
「我が剣の名はリベラシオン。世界において二つとない神の剣だ!」
負のオーラとも言うべき物は、イバンに纏わりつくと、鎧のような形へと変化した。
その力に酔っているのか、イバンは高らかに声をあげて、俊輔に剣を構えた。
「リベラシオン……解放か。人の闇を開放するって言いたいのか?」
剣の名前を聞き、その名前の意味を翻訳して、俊輔はなんとなく納得した。
そして、腹立たしくも感じた。
たしかに人間の心には、少なからず闇を持っているものだ。
俊輔の中にも、もしかしたらあるのかもしれない。
しかし、それを抑えて生きることも人間の素晴らしさの一つであると思う。
色々言っているが、あの剣がやっていることは、詐欺師のやってることと変わりがない。
「俺は神の存在は信じているが、自分を神呼ばわりする奴は信用しない」
そう思うと、単純に許せなくなってきた。
そもそも自分を殺る気満々のようだし、相手をしてやろう。
「その剣、ぶっ壊させてもらう!」
腰の木刀を抜き、剣を向けているイバンに対して俊輔も構えを取ったのだった。




