第176話
「チッ!? 京子の気配が消えた」
シモンがイバンを人質にして連れて行ってから少しして、フリオに犯人の追走をすることを告げた俊輔は、シモンに気付かれないように後を追っていた。
京子の持ち物には、俊輔が作った物が沢山ある。
作った時の俊輔自身の魔力を探れば、京子がいる方角くらいは分かる。
それですぐに、イバンたちが言っていた公爵家の別邸方向だと察知した。
しかし、その方向へ俊輔が向かっている途中で、京子の気配が消えた。
そのことに、俊輔は思わず舌打をしてしまう。
「どうしたんだ? 無茶でもしたのか?」
京子に無茶するなといって、その通りにしない可能性も少しだけあった。
相手が国のお偉いさんなのだから、流石に今回は無茶をしたとは思えない。
「そうなると……」
そうなると考えられるのは逃走の失敗。
シモンに気付かれ、ベンガンサの集団に囲まれれば、京子1人では逃げ切れない可能性が考えられる。
「待ってろよ。京子!」
京子を失うくらいなら、ここまでの仕事の代金なんて貰えなくても全然構わない。
言っては何だが、イバンの命だってどうでもよくなる。
1人で行かせてしまったことを若干後悔しながら、俊輔は公爵家別邸へ向かって走っていった。
◆◆◆◆◆
「うっ、…………ハッ!?」
捕まった京子が目を覚ますと、そこは牢屋の中だった。
慌てて立ち上がると、京子は自分の持ち物を探した。
舐めているのか、それとも自信があるのか、何も取られてはいない。
俊輔に作ってもらった木刀も、近くに転がっていた。
「あきれた……あんたさっき気絶したのにもう起きたの?」
「あんた……」
京子が周りを見渡してこの場所の様子と状況を理解しようとしていたところに、ベンガンサの組織のカリメラが現れた。
まさか牢に入れてすぐに目を覚ますなんて思っていなかったので、カリメラは京子が立っている姿に目を見開いた。
京子の方はというと、訳の分からない場所の牢屋に入れられて、腹立たし思いでいっぱいだった。
格子に近付き、隙間からカルメラを捕まえようと手を伸ばした。
「何これ……?」
「無理よ。ミスリルを使った牢になってる。あんたの男なら開けられるかもしれないけどね」
カルメラに届かないので、格子を力尽くで壊そうと京子が叩くが、全く意味を成さない。
それどころか、魔力が消されているような感覚に陥る。
疑問に思っている様子の京子に、カルメラは冷めた目をして忠告した。
「イバン様はどこなの?」
「……貴重な人質よ。丁重に扱っているわ」
牢屋があるなら、もしかしたらイバンも側にいるかもしれない。
せめて、居場所と安否だけでも確認しておければと思って京子は質問した。
そして帰って来た答えがこれだった。
どうやら、まだ殺されていないらしい。
まずは一安心だ。
「分かったら大人しくしていなさい。あんたの男の始末が済んだらあんたも殺してあげるから……」
そういうと、カルメラは微笑みながら京子の前からいなくなっていった。
「俊ちゃんがあんたらなんかに殺されるわけないじゃない……」
カルメラがいなくなっていってすぐ、京子は誰に言う訳でもなく呟いた。
自分に負けるような連中になんて、俊輔が負ける訳がない。
今いる場所を伝える手段だけでもあれば、俊輔ならきっと救い出してくれるはず。
そう思って、京子は今持っている道具の中から使えそうな物がないか探し始めた。
◆◆◆◆◆
「ふぅ~……、外から見ただけだとやっぱり分からないな」
離れた場所から京子の時と同じように、俊輔は視力強化で公爵家別邸を眺めるが、中の様子までは分からない。
俊輔の探知なら敵に察知されるとは考えにくいが、京子の安否を考えるとまだ無茶はできない。
「せめて、京子の居場所が分かれば……」
京子がミスリル製の牢屋に入れられているせいで、俊輔が気配を感じることすらできなくなっている。
そんなことになっているとは俊輔も思ってもいないので、少し焦る気持ちが出てくる。
「…………何を考えているんだか、頭で考えても意味がないなら乗り込むしかないだろう」
京子の気配がしない。
つまりは京子が殺されている可能性も僅かにある。
イバンという人質もいるが、俊輔が諦めれば人質としての価値はない。
それならば、京子を俊輔への人質にするのが妥当。
殺しては何の意味もなくなる。
最悪、多少の怪我を折っていても生きてはいるはずだ。
京子のためにもこれ以上無駄に時間を費やしたくない。
「敵が動かないなら、こっちが動いてやるよ!」
これ以上の我慢は無理。
俊輔は魔力を纏って、公爵家別邸に乗り込むことにした。
それで国に手配されたとしても、京子が無事なら構わない。
足に力を込めて一気に地を蹴った。
“ズドーーーン!!”
「っ!? なんだっ!?」
高速接近した俊輔が邸内に入る直前に、爆発を起こした。
いきなりの出来事に、俊輔も急ブレーキをかけて停止した。
「何だ? この禍々しい魔力は……」
外壁が吹き飛んだ邸の内部に探知を向けると、気味が悪い魔力が溢れていた。
これまで感じたことがないような感覚だ。
「行くしかないだろ!」
中で何が起きているのかは分からないが、京子のことが気になる。
さっきの爆発で空いた穴から、俊輔は邸内へと入って行った。




