第160話
武道大会の開催前日、俊輔たちは護衛隊長のフリオとイバンの護衛に着いて相談をしていた。
「ご当主様の病を理由に欠席できませんか?」
この大会には王の機嫌を取ろうと、多くの貴族たちが集まる。
ただでさえ大会に参加する冒険者で溢れ、この機を狙って集まった商人がごった返す。
そんな中、敵がどこから狙って来るのか分からないのに、態々多くの人間が集まる場所に行けば、いくら俊輔たちが近くについていても守り切れる保証がない。
現当主のカルリトスは病により寝たきり状態。
京子の言う通り、それを理由に行かなくて良いならそうしたいところだ。
「……無理だね。バジャルドが名代になってしまう可能性もある」
「……そうですか」
公爵家内部ではイバンが跡継ぎになることが決まっているようなものだが、カルリトスが正式に発表する前に病になってしまった。
そのため、他の貴族は兄弟どちらがカルリトスの跡を継ぐか分かっていない。
勿論、イバンが継ぐと思っている人間が多いが、中にはバジャルドの息のかかった家も混じっている。
イバンが行かなければ、そいつらを使っての裏工作を仕掛けてくる可能性もある。
フリオにその説明を受けて、京子も納得した。
「……いっそのこと乗り込むか?」
顎に指を当てて思案していた俊輔は、いきなり物騒な提案をした。
こちらがいつまでも待ちの態勢でいる必要はない。
犯人の想像がついているのだから、こちらから攻め込んでしまう方が手っ取り早い気がした。
「確かに刺客はバジャルドが送ってきているだろうが証拠はない。こちらから仕掛けるというのは証拠ありきの場合でしか選択できないな……」
公爵家なんだから証拠なんか後でいくらでも作れる気がしないでもないが、それでは周囲からどう噂されるか分からない。
いらない不名誉はイバンに背負ってほしくない。
その考えから、俊輔の作戦は却下された。
「襲ってきた奴では?」
フリオのその気持ちも分からなくもないが、今はそんなこと気にしている場合ではない。
自害したとはいえ、数日前に襲ってきた奴らの遺体を証拠として提出すれば、乗り込む口実が作れるように思えたため、俊輔は再度問いかけた。
更に言えば、魔人族とつながりがあるようでは、他の人族国家との関係からかなり宜しくない。
魔人族とのつながりがある貴族のあぶり出しという名目から着手することも出来るのではないか。
「証拠にはならない。奴等は魔人族とはいっても、肌の色から推察するに純粋な魔人ではない」
「子や孫といったところですか?」
襲って来た奴らの遺体を見たが、確かに分かりにくかった。
純粋の魔人族は黒目の部分が赤く、肌の色は紫がかった色をしている。
見れば分かるが、彼らは褐色の肌をしていて、普通の人族と違いがないくらいだった。
因みに、この世界の人族には白人・黄色人・黒人が前世同様いるが、それによる差別はないように思える。
「気付きにくいほど人族に近い肌の色をしていたので、孫に当たる世代ではないかと……」
「なるほど……」『別に目と肌の色なんて関係ないだろ……』
俊輔からしたら、魔人族も目と肌の色が違うだけで、差別をすることにイラッと来る。
前世でも他国の人とフットサルをしたりしていたので、外国人だからとか肌の色が違うからなどと思うことなどなかった。
むしろ陽気な性格の人が多くて羨ましい気持ちの方が強かった。
とはいっても、ここは異世界。
自分一人でその認識で凝り固まった人族の者たちを覆せるなどとは思っていない。
そんな自分にも若干イラ立ったのかもしれない。
「死人に口なしだ。バジャルドとの関係を話した訳ではないので、こちらが乗り込む訳にはいかない」
「……そうですか」
結局イバンが観戦に行かなければならないことは覆せず、明日の打ち合わせをして話を終えたのだった。
◆◆◆◆◆
【これより武道大会を開催する!!】
“ワアアァァーー!!”
エルスール国王の拡声器のような魔道具による開会宣言が終わると、観客たちは大歓声を上げた。
とうとう当日になり、イバンは貴族専用の観客席に座りスタジアムを見下ろした。
護衛は一人側に置くだけしか認められておらず、フリオが近くにいるだけだ。
俊輔たちは公爵家の兵としての扱いになっているらしく、会場内を自由に出入りできるが、イバンの近くに行くことはできない状態だ。
「よう! イバン」
「……お久しぶりです。兄上」
貴族専用なので、当然イバンの兄であるバジャルドも入れる。
挨拶くらいはしておかないと器が知れるので、イバンはとりあえず返事はした。
「何でも邸に賊が入ったそうじゃないか? 父上の体調が良くないのだ。しっかりして貰わなくては私としても気が気で仕方がないな……」
「ご心配いりません。父上も症状は落ち着き回復に向かっておりますので……」
証拠はまだないが、刺客を仕向けているであろうにも関わらず、平然とした顔で話しかけてきた腹違いの兄に、内心イバンは怒りが湧いていた。
だが、手を出す訳にはいかない。
それが分かっているので、こちらも平静を装って答えを返した。
フリオは気付かれないように睨み殺さんばかりの目をしていた。
「……それにしても、お前にペットを飼う趣味があるとは思わなかったぞ」
確かにこの観客席には護衛は一人と定められているが、騒ぐようなら締め出されるが、小型のペット一匹の入室は認められている。
大体女性が連れてきている場合が多いが、男性でもペットの毛並み自慢をしたいのか、連れてきている者が少人数いて、イバンが魔物を手に抱き入室していたため、バジャルドとしても意外だった。
「最近飼い始めたもので………な?」
バジャルドに簡単に説明をし、手に乗った魔物の頭を撫でながら話しかけた。
「ピ~♪」
イバンの手に乗っていて、返事をした魔物はネグロだった。




