第154話
“バッ!!”“バッ!!”“バッ!!”
天井裏から黒い人影のようなものが3つ室内に降り立つ。
侵入者たちが、眠りについているエルスール王国の公爵家次男のイバンにじりじりと近付くが、気配を感じないのか眠ったままだ。
「イバン様!! アンタたち……」
「「「っ!?」」」
何者かの接近に、邸内を担当する京子たちが対処するべくイバンの寝室に飛び込んだ。
京子が寝室に駆け寄ると、イバンの部屋の前にいるはずの護衛たちは、侵入者たちに何かされたのか気を失っていた。
今回はそれが良かったのかもしれない。
余計なやり取りをする必要がなく、京子がイバンの側へ行けたのだから。
「……っ!!」
“キンッ!!”
俊輔特製の木刀を抜き、侵入者たちの前に立ちふさがった京子に対し、イバンに一番近かった侵入者が短剣を手に無言で襲い掛かった。
その攻撃を京子は木刀で弾いて防ぐ。
「くっ!?」
“バシッ!!”
京子が一人を相手にしている間に、もう一人が京子の横を抜けてイバンへと迫る。
慌てた京子は、その男の横っ腹に対して蹴りを加える。
しかし、その蹴りは腕で防がれた。
それでも、一旦その者を引かせることには成功する。
「ちょ……!?」
“キンッ!!”
『連携が面倒ね……』
他を相手にしていれば、今度は残りの一人が短剣片手にイバンに襲い掛かろうとする。
その者の進路を防ぐように木刀を振り下ろし、敵に短剣でガードされる。
侵入者たちは、これまで京子が相手にしてきた者たちの中でも上位に来るほど連携が上手い。
一応、俊輔と話し合ってこの侵入者たちは捕縛することになっている。
捕まえて依頼人を吐かせることができれば、手っ取り早く済む可能性があるからだ。
だが、ネグロがイバンの側にいるとはいえ、守りながら手加減して相手にするには少々難しそうなだ。
「イバン様!!」
京子が内心困っていた所へ、音で気が付いたのか護衛隊長のフリオが部下たちを連れ、開いていた寝室の扉から駆け込んできた。
「フリオさん!! イバン様を連れて避難して!!」
フリオたちが来たのは、京子にとっては良くもあり、悪くもある。
なぜなら、フリオとその部下たちでは、この手練れの襲撃者相手に、戦闘の部分に置いて対応できるようには思えない。
守る対象が増えただけのような状況だ。
だが、寝ているイバンをこの場所から連れて行ってもらうには都合がいい。
ネグロだけでは、アスルにしっかり乗せることが難しい。
それができる人の手が丁度欲しかった。
「ネグちゃん公爵の護衛に着いてって!!」
「ピー!!」
ネグロは、俊輔との話し合いによってイバンの側にいることが任務になっている。
魔法特化のため、ネグロは建物内での戦闘は得意な方ではない。
得意魔法をぶっ放して、邸を火事にでもしたら困ったものだ。
加減をすれば、襲撃者の相手はネグロでも構わないのだが、殺さずに捕縛ができるか不安だったからだ。
「了解した!! お任せするぞ!! 京子殿」
もしかして起きないようにするためか、イバンは睡眠薬でも嗅がされているらしく、いまだに起きないでいる。
そんな状態のイバンをアスルの背中に乗せたフリオは、京子に言われたことをあっさり受け入れ、ネグロと共に寝室から避難を開始した。
部下たちもそれに続いて部屋の外へと出て行く。
「っ!?」
“ガキンッ!!”
「行かせるわけないでしょ!?」
イバンを背負って出て行ったアスルを追いかけようとしたのか、襲撃者たちは上手くタイミングを計って京子の横から抜けだそうとした。
しかし、不安要素がなくなった京子にそんなことは通用しない。
襲撃者たちよりも素早い移動で、寝室の扉の前に移動した京子が、先頭にいた男に対して木刀を振り下ろす。
京子の移動速度の速さに、今度は襲撃者たちが慌てた。
隠密行動が得意な自分たちを凌ぐ速度の持ち主に久々に会ったからだ。
なんとか京子の木刀を防いだ先頭の襲撃者は、短剣で弾くと、バックステップして距離を取った。
「…………」
「「「…………」」」
扉の前に立ち、3人を視界に入れた状態で木刀を居合の状態で京子が黙ってじっと構えていると、襲撃者たちも次の攻撃パターンを探るように京子を睨む。
“バッ!!”
敵の3人がどうやって合わせたのかは不思議だが、見事に同時のタイミングで京子に襲い掛かった。
“バキッ!!” 「ガッ!?」
“スパンッ!!” 「っ!?」
“ドカッ!!” 「グッ!?」
僅かな速度の差によって襲い掛かる3人に、京子は薙ぎ払いで一人目の短剣を持つ手首を叩き、二人目を足を払って転ばせ、三人目の腹に蹴りを放って吹き飛ばす。
三人目が一番可哀想で、腹に一撃を食らい小さく呻き声を上げ、腹を抑えたまま飛んで行った。
“パリンッ!!”
「あっ!? やりすぎたかも?」
蹴とばした者がそのまま勢いよく飛んで行き、そのまま窓を突き破って落ちて行ってしまった。
京子は強めに蹴りすぎたことを後悔したが、時はすでに遅いうえに、まだ他の二人は戦える状態。
すぐに気持ちを切り替えて、京子は残りの二人を見据えた。
二人は攻撃を受けてすぐ、大勢を整えようと京子から距離を取っていた。
「無駄だと思うけど、降参するなら武器を捨てなさい!」
何かを守りながらでなければ実力的にこの連中に後れを取ることが無いことを確信した京子は、念のため二人に降参を進めた。
「「……………」」
二人も京子に勝てるとは思っていないだろうが、降参などという選択はまずありえない。
「京子、危ないだろ……」
「「……っ!?」」
襲撃者の二人は全く予想していなかった背後からの言葉に、心臓が一瞬大きく脈打った。
ゆっくりと振り向くと、仲間が落ちて行った窓から入ったらしく、一人の男が立っていた。
「……あっ!? 俊ちゃん!」
その男は俊輔である。
外の相手を済ませたと思ったら、窓が割れて人が落ちてきた。
その者を落下寸前で捕まえ、様相から襲撃者と判断した俊輔は、とりあえず気を失わせて、京子の援助に来たのだ。
「ごめん、ごめん……」
どうやら落ちた者を救ってくれたようなので、京子は俊輔に軽く謝った。
「さて、どうする?」
前後を俊輔と京子に挟まれた襲撃者二人は、逃走すらできない様子に困惑した空気を醸し出した。
「……ぐっ!!」「……フグッ!!」
「「あっ!?」」
“ドサッ!!”
俊輔と京子が二人に近付こうとした瞬間、襲撃者の二人は急に血を吐いて床に崩れ落ちた。
「まずい!! 京子、毒消薬だ!!」
「…………ううん。もう駄目みたい……」
二人は口の中に何か自害用の準備をしていたらしく、俊輔たちが処置をしようと駆け寄る。
だが、京子が症状を確認すると、二人は脈もなく事切れていた。
「そうか……」
後味が悪い結果になってしまったが、とりあえず襲撃者の制圧には成功した。
そのことをフリオたちに告げると、俊輔たちは感謝の言葉をまた何度も聞く羽目になったのだった。




