第153話
「……俊ちゃん!?」
「予想通りだな……」
ムニピオの町に到着し、俊輔が作った料理を食べてお腹いっぱいになったイバンが、ぐっすりと眠りについた丑三つ時(二時~二時半)のことだった。
俊輔たちも一部屋与えられ睡眠を取っていた所、借りている領主の別館に近付く人の気配を感じた。
移動の際の護衛がメインとなっているので、俊輔たちは夜の警戒をしなくても良いとフリオにいわれていた。
魔の領域での生活は、寝泊まりできる拠点があっても安心はできずにいた。
蟻系の魔物が拠点の近くにきた時、地面を掘って侵入してきたことがあった。
何とか俊輔が異変を察知して事なきを得たので平気だったが、それからというもの、訓練したことで睡眠中でも無意識に察知できるようになった。
「……気付いていないのか?」
敵が近付いて来てるというのに、夜の警護役の騎士たちが何の反応を示していない。
別に仕事をさぼって眠っているという訳でもないので、単純に察知できていないようだ。
「京子、ネグ、アスルはイバンの側にいてくれ! 俺は敵を迎え撃つ!」
「分かった! 気を付けてね。俊ちゃん」
「大丈夫だよ! そっちこそ気を付けろよ!」
「うん!」
敵が夜襲をかけてくる可能性が高いと踏んでいた俊輔たちは、寝る時もすぐに動けるように武器は側に置いていた。
目を覚ました俊輔たちは、武器を手に掴むと二手に分かれて行動を開始した。
「「「「「っ!?」」」」」
「いらっしゃい!」
館のすぐそばに物音一つ立てることなく着地した集団に、俊輔は腕組をした状態で待ち受けた。
まさか自分たちの隠密行動が察知されているとは思わず、黒い服装で身を隠しているとはいえ、5人ほどの集団は僅かに戸惑うような反応を示した。
「思っていたよりも数が少ないな……?」
「「「「「…………」」」」」
俊輔が話しかけるが、五人は何の反応も示さない。
それどころか、どこから出したのか分からないが、短剣を手に持ち、俊輔と対峙した。
「……やる気か?」
まぁ、元々話し合いでどうにかなるとは思っていなかったので、俊輔は腰から木刀を抜いた。
敵の数が少ないせいか、小太刀の方は抜く必要を感じなかったからだ。
“ババッ……!!”
俊輔が木刀を構えてから間を置かず、先頭にいた敵が襲い掛かってきた。
それに合わせるように、後ろにいた者たちも行動を開始した。
「シッ!!」
息を吐くと同時に繰り出された黒装束の短剣による攻撃は、洗練されていて、只者ではないことが一目でわかる。
その攻撃を、俊輔は地を軽くけり、体を斜にすることで躱す。
「「フッ!!」」
躱すのを読んでいたのか、躱した俊輔に向かって二人の敵が襲い掛かる。
一人は短剣による突きを顔面に、一人は俊輔の足を狩るように状態を屈めながらの蹴りを放ってきた。
“タンッ!!”
その攻撃に対し、俊輔は大きくバックステップを取る。
「ハッ!!」
バックステップを計った俊輔の両足が着地する寸前を狙っていたのか、仲間が攻撃を計っている間に俊輔の背後に回っていた一人が、短剣を振り下ろしてきた。
“カンッ!!”
それに対して、俊輔は背後へ体を向けようとする回転の勢いを利用して木刀を横に薙ぎ、短剣を弾くことで攻撃を回避する。
「っ!?」
五人の内残った一人は、見方が俊輔と攻防を計っているうちに溜めた魔力を使用して、俊輔に向かって風の刃を三つほど放ってきた。
“カッカッカッ!!”
「「「「「ッ!?」」」」」
結構な量の魔力が込められた風の刃がすぐ目の前に迫ったが、俊輔は慌てる様子なく木刀で弾き飛ばした。
どうやらこの一連の連携はこの五人の必勝のパターンだったのか、俊輔が全く苦にしていない様子で対応したことに、覆面で表情は見えないものの戸惑った空気が一瞬流れた。
「いい連携だ。対人特化……か?」
「「「「「…………」」」」」
俊輔が一番近くの黒装束に木刀を向けると、その醸し出す雰囲気に敵たちは無言で息をのんだ。
これまでこの黒装束たちは、幾人もの暗殺を秘密裏におこなってきた。
時に、罠に嵌めたつもりが逆に罠に嵌り、魔物の巣窟に陥れられたこともあった。
そんな時でも、死を感じることはあっても恐怖を感じることはなかった。
魔物の群れでも恐れることのない自分たちが、目の前にいるたった一人の日向人の子供に、攻撃をためらわせる訳の分からない圧力を感じる。
“フッ!!”
「ッ!?」
“ドムッ!!”
「ぐぅ……!?」
木刀を向けられていた敵(風の刃を放った)が俊輔の姿を見失ったと感じた瞬間、鳩尾に俊輔の右拳が突き刺さり、その一発で意識を失った。
「「「「ッ!?」」」」
一瞬のうちにおこった出来事を視認できなかった他の黒装束たちは、これまでと違って隠すことなく慌てた反応を示した。
「チッ!!」
俊輔のとんでもない移動速度と放つ威圧に恐怖を感じたが、まだ自分たちは一度の攻撃を躱されただけだ。
このまま何もせずに逃げかえる訳にはいかない。
本来なら黒装束たちは、一人やられた時点で逃走を計ることを選択するべきだった。
今まで感じた事がなかった恐怖を感じたことで、いつもの思考ができなかったのかもしれない。
仲間がやられた仇なのか、舌打ちと共に俊輔に襲い掛かって行った。
“カッ!!”
「フッ!!」
「がっ……!?」
咄嗟に反応したせいで何のひねりもない黒装束が放った短剣の薙ぎ払いを、俊輔は難なく木刀で受け止め、そのまま懐に入ってアッパーカットで顎を撃ち抜いた。
その攻撃で脳が揺れたのか、打たれた敵はたたらを踏んで仰向けに倒れた。
「シッ!!」「ハッ!!」
二人目がやられたことで逆に冷静になったのか、二人がかりによる連携で俊輔の左右から短剣による刺突の連続攻撃をおこなってきた。
“タッ!!”“タッ!!”
「っ!?」
その連続攻撃を木刀で防いだ俊輔が、連携の僅かな隙を狙って二人に反撃をしようと一歩足を前に出した瞬間、二人は軽くバックステップして間合いから外れ、残りの一人が俊輔の背後から、いつの間にか両手に持った短剣によって、右手は右袈裟斬り、左手は左逆袈裟斬りを放ってきた。
「ヌン!!」
「ゲハッ!?」
敵の短剣が俊輔に当たる前に、俊輔は躱すのではなくバックステップで逆に敵の懐に入り、背面へ向かって突きのような蹴りを放ち、敵の腹へめり込ませた。
食らった敵は苦悶の表情になり、握っていた両手の短剣を落として前のめりに倒れ込んだ。
「「……っ!?」」
あっという間に残り二人になってしまい、黒装束たちは俊輔から後退りした。
「盗賊とは違って連携が取れてた。結構組織された連中みたいだな……」
今更に自分たちではこの少年に勝てないと踏んだ黒装束たちが、どうやって逃走するかを考えているのをよそに、俊輔は黒装束たちの評論を述べ……
「……うっ!?」
「……グハッ!?」
逃がす訳もなく、一瞬のうちに敵二人に接近した俊輔は、右拳で一人を、回し蹴りで最後の一人の腹に攻撃を放ち失神させた。
「一丁あがり!!」
“パリンッ!!”
「っ!?」
気を失わせた黒装束の五人を一か所に集めた俊輔が一息ついた丁度その時、京子たちが側にいるイバンの寝室の窓が割れる音が俊輔の耳に届いてきたのだった。




