第151話
「……お主ら生きておったのか?」
アルペスの町に到着した俊輔たちは、捕まえた盗賊を引きずってグレミオへとたどり着いた。
一年半以上もの間音信不通だった俊輔たちが現れたことで、グレミオ内の職員が少し慌てたように動き、勧められるままにマエストロの部屋へと通された。
少し待たされていると、のじゃロリマエストロのエルバが入ってきて、俊輔たちの顔を見た瞬間もっともな言葉を放ってきた。
エルスール王国の公爵家の人間を外で待たせているので、俊輔たちは手短に挨拶と説明だけ済ませ、部屋から出て行こうとした。
「帰って来たと思ったらおかしな依頼まで請け負って……」
部屋から出るすぐ手前でエルバはため息交じりに呟いた。
「だって、断れないだろ?」
「……まぁ、そうじゃの……」
相手が貴族だろうが、俊輔ならば力で捻じ伏せるという選択肢もとれるので、敵対しても気にする事でもない。
とはいっても、場合によってはこちらが利用できるかもしれないし、わざわざ無意味に敵を作る理由もない。
受けておいて損はないことを俊輔は言外に伝え、エルバも納得したのだった。
グレミオで、とりあえず生存の報告だけ済ませた俊輔たちは、エルスール王国貴族がこの町に駐留するとき用に用意された別荘へと足を向けた。
ペラ・モンターナ大陸北西のエルスール王国から北東のルステ王国へは、隣国とはいえ山脈などによって遠回りを余儀なくされる。
ここアルペスを通らなくてはいけない為、別荘があるのだそうだ。
「……イバン様!」
「……? どうした? 俊輔殿」
ルステ王国の王都での用件を終え、自国への帰還をしている途中なので、別荘内は掃除もいらず、旅の疲労と盗賊に襲われた心労もあるイバンは、早々に休むために寝室へ向かったのだが、部屋に入る前で俊輔がイバンが部屋に入るのを制止した。
“カチャ!!”
「っ!?」
部屋の前からイバンを離れさせ、俊輔が観音開きの扉を開くと、勢いよく俊輔に向かって火の玉が飛んできた。
「っと……」
“ジュ~……!!”
右手に集めた魔力を水へと変化させ、俊輔は火の玉をキャッチした。
俊輔からするとたいした威力でもないので、邸のどこにも焦げ目をつけること無く、あっという間に火の玉を消火させた。
「イバン様がここに泊まることを見越して用意しておいたのかもしれませんね……」
この部屋に入ろうとした者を殺そうと、扉に罠が仕掛けがしてあったらしい。
探知の魔術でそれを察知した俊輔が、イバンにわざと見せつけるように罠を受けて見せたのだ。
隣国とはいえ遠回りをしなければならない事から、エルスールとルステの親交は良くも悪くもない。
ここの別荘邸も頻繁に使われている訳ではない。
イバンがルステからの帰還でここの別荘を使う事は明白。
今日グレミオへ届けた盗賊がもしかしたら用意したのか、それとも別の誰かか……。
「なっ!?」
俊輔の言葉に驚いていることから、護衛隊長のフリオも罠には気付いていなかったらしい。
つまり、俊輔がいなければイバンは重症、もしくは死んでいたかもしれない。
「相手は用意周到です。イバン様の依頼を遂行するためにも、敵、もしくは敵と予想される者のことを教えてもらえませんか?」
俊輔が罠をわざと受けたのも、これが目的だったからだ。
敵が誰か分かれば、対策もとれてイバンを守りやすくなる。
自分が護衛として有能だと分かれば、今のイバンは手放したくなくなるはず。
これで説明をしてもらえるだろう。
「……分かりました」
イバンは渋々ながら頷き、説明を任せるというようにフリオと目を合わせた。
そのまま寝室で休むことにしたイバンをおいて、俊輔たちはフリオに連れられて応接室へとむかった。
「早速ですが……、現在セラルダ家は跡目争いの真っ最中なのです」
ソファーへ腰を落ち着かせたフリオは、単刀直入に説明を始めた。
「……跡目争い?」
「……その通りです。現セラルダ家当主、イバン様の御父君であられるカルリトス・デ・セラルダ様が体調を崩しまして、現在床に就いております」
可能性の1つとして予想はしていたが、面倒なことに巻き込まれたものだ。
口には出さないが、内心俊輔は依頼を受けたことを後悔し始めていた。
そのカルリトスの体調が回復するか、跡目争いが終わるまでいつまで護衛の依頼が続くか分からない。
観光する時間も取れないだろうし、自由に行動できないのが面倒だ。
「長男のバジャルド……様は妾子。しかし、別にそれが理由として跡継ぎに選ばれない訳ではありません」
正室の子であることが当主の絶対条件だという貴族家もあるそうだが、セラルダ家はそこの所は寛大なのか、区別していないらしい。
「昔からあまり宜しくない者たちとの係わりがあると有名でして……」
「なるほど……」
それよりも次男のイバンとは違い、バジャルドとかいう長男の素行が問題らしい。
父のカルリトスもそれがネックになっており、バジャルドを次期当主へすることをためらう原因となっている。
「いくら注意をしても聞き入れないため、カルリトス様はバジャルド……様ではなくイバン様に継がせることが市民の間で噂になり始めました」
「……それからイバン様が命を狙われ始めたと?」
「……はい」
「犯人はそいつだろ?」
「証拠がないので……」
フリオはいつも裏では呼び捨てにしているのか、バジャルドへの敬称が遅れている。
それはどうでも良いのだが、あからさますぎるのが若干気になる。
どう考えてもバジャルドが犯人だろうが、証拠が無くてはどうしようもない。
「捕まえた盗賊が吐くんじゃないのか?」
「……いえ、恐らく奴らは末端のものでしょう。首謀者が誰だか分からず動いている可能性が高いです」
奴隷にしてしまえば嘘を吐けない。
そういったことで犯人が分かるかと思いきや、知らないのではどうしようもない。
「……どうする? 思ってた以上に面倒じゃない?」
話を聞いて俊輔が渋い表情をしていると、ここまで隣で黙っていた京子が、俊輔に耳打ちをしてきた。
俊輔と同様に、京子も事の面倒さに困り始めたようだ。
「もう受けちまったんだからしょうがないだろ?」
今更命を狙われている人間を見捨てられる程、俊輔は薄情になれない。
耳打ちで返され、京子としてはそこが良い所だとは思うが、悩ましい。
「とりあえず、エルスール王国までイバン様の身の安全に注視します」
「よろしくお願いします」
そういうしかなく、俊輔はこれからどうしたものかと内心頭を抱えた。
面倒に引きずり込んだフリオを、若干恨めしそうに睨んだとしても仕方がない事だろう。




