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第142話

 室内に入ると、これまでの81~89層同様、90層のボス部屋もミスリルの壁で覆われ、床は煉瓦で一面舗装された室内になっている。

 室内の中央にはここの守護者らしき人物が腕を組み、仁王立ちをして俊輔を待ち受けている。


「いらっしゃい!」


 俊輔が一足飛びで攻撃が出来る距離に辿り着くと、その人物が話しかけて来た。

 見た目は普通の人間の男のようだが、尻尾が生えていて、獣のような耳が頭に生えている。

 どうやら獣人のようだ。

 ここのダンジョンの守護者は、俊輔が来ると若干嬉しそうに話しかけて来るのが常になっている。

 ダンジョンを守るために作り出された存在とは言え、知識を与えられた生物が何もする事無く、ただ待ち続けているのは暇でしょうがないのだろう。


『何の動物だ?』


 この世界では地球同様、猿が進化をした事で人間になったとされていて、他の動物が進化したのが獣人と呼ばれているらしい。

 人間とは違い、獣人はその祖先の身体能力を受け継ぎながら進化したと言われている。

 その動物の特徴次第で、戦闘スタイルがかなり変わる。

 しかし、耳と尻尾だけでその性質を計るのは難しい。

 戦うのであればそれを早くに知る必要がある。


「さてと……、始めるか?」


「そうだな。初めての来訪者だが、特に話す事もないしな……」


 所詮は命のやり取りをするだけの相手、敵も俊輔と同じくここから先へ進ませないよう戦うだけの存在。

 無駄な話は無粋とばかりにお互い武器を抜き、静かに相手への構えを取った。




「「…………!!」」


“キンッ!!”


 何の合図も無く戦闘が始まる。

 それぞれが敵へ一直線に突き進み、お互いの武器がぶつかり合う。

 俊輔はいつもの二刀、右手に太刀の長さの、左手に小太刀の木刀。

 相手の獣人は、両手に50~60cm程の長さの両刃の直刀を逆手で一本ずつ持つスタイル。

 俊輔は、いつもの作務衣の下に錬金術で作って強化した防刃服をインナーに着ているだけの防具。

 敵の防具は鋼で作られたと思える胸当てと手甲のみと言った所だ。

 持つ武器は違うが、二刀流同士の戦いになった。


“キンッ!!”


 鍔迫り合いの状況からお互いバックステップで距離を取る。


“バババッ……!!”


 同時に着地するが、獣人の方はすぐさま次の行動に移った。

 俊輔の攻撃の狙いをつけさせない事を目的とした前後左右の高速のステップを開始した。


「……猫系か?」


 獣人に多いと言われているのは犬系と猫系。

 特徴として犬系は攻撃にも防御にもバランスが良いタイプが多く、猫系はしなやかな脚力を利用した俊敏な動きで敵を翻弄するタイプが多い。

 目の前の獣人の動きから察するに、後者の可能性が高い。

 なので、俊輔はその予想を口にした。


「その通り!」


「あっさりだな……」


 俊輔の呟きに対して、猫獣人は簡単にそれを認めた。

 あっさりし過ぎて拍子抜けの感は否めない。


『まぁ、どっちにしても戦い方は変わらないが……』


 犬系だろうと猫系だろうと、ここでは魔法を使う事が出来ない以上、魔闘術だけで戦うしかない。

 そのため、俊敏に動き回る獣人に対し、俊輔も高速でステップを踏み出した。


“キンッ!!”“キンッ!!”


 お互い高速の移動で相手の間合いを出入りし、速度重視の細かい攻撃を繰り出し合う。

 何度も攻守を入れ替えるように階層内を移動していく。


“タッ!!”“タッ!!”


「速いな……」


「そっちもな……」


 両者とも幾度目かの武器のぶつかり合いの後、またも距離を取り合った。

 俊輔は衣服の端々が僅かに切れ、獣人の方は数か所細かい傷を負っている。

 攻防はほぼ互角のように感じるが、俊輔の方が僅かに押しているようだ。


「……!!」


 今度も獣人の方が先に動いた。

 これまで以上に速度を上げ、俊輔へと襲い掛かる。

 二刀の直刀が高速で降り注ぐが、俊輔も二刀を(もっ)てその攻撃を防いでいく。

 前回の時もそうだが、派手な戦いではない。

 ここでの戦いで重要なのは、地味な戦闘技術の差で勝負で決着をつけるしかない。

 この階層ではなく、次の階層からネグロを連れて行くと言ったのには、これが原因だ。

 ネグロは俊輔の指導もあってかなりの戦闘力がある。

 だが、魔法特化が過ぎるため、ここの突破は難しい。

 元々日向で剣術を鍛えていた京子なら、このままここのダンジョンで成長を続けて身体強化と魔力量の増加をしさえすれば突破出来るかもしれない。

 前回はかなり苦労した。

 ネグの援助も期待できない状態で戦った前回は、独学での剣術訓練だった俊輔は押され気味でかなりの苦労をした。

 ハッキリ言って死にかけながらの勝利だった覚えがある。

 しかし、今回は経験がある分だけ心に余裕が出来、それが有利に働いている差なのか、俊輔はじわじわと獣人を追い込んで行った。


「ハァッ!!」


「フッ!!」


 獣人の右手の剣での袈裟斬りと左手の剣で逆袈裟斬りを同時に放つ技に対し、俊輔は小太刀で払って二刀を弾く。

 剣を右に弾かれた事で、獣人の左わき腹は無防備な状態になる。

 そこを逃すまいと、俊輔は木刀を左薙ぎで斬りつけにかかる。


「グッ!?」


 動物の特性を残す獣人は、超反応とも言うべき速度で腰を引いて攻撃を躱そうとする。

 それでも攻撃を躱しきれる事など出来ず、俊輔の木刀が脇腹を斬りつける。

 躱そうとした勢いそのままに獣人は距離を取るが、斬られた箇所からは少なくない出血が噴き出る。


「……!!」


「っ!?」


 獣人が距離を多く取ろうと動きながら脇腹の怪我に一瞬気が行っている間に、俊輔は無言で距離を詰める。

 そこで獣人の男は奥の手を取り出した。

 と言っても、袖の部分から落としたのは手のひら大のボール状の物。

 それが地面へと落下すると、強烈な勢いで煙が噴き出してきた。


「っ!? 『毒か?』」


 その煙に何か毒類が仕込まれている可能性を感じ、俊輔はすぐに息を止めて目を瞑り、沸き上がる煙の範囲内から距離を取った。

 前回でも今回でも毒持ちの魔物は多くいた。

 それらとの戦いの経験から、俊輔はいろんな毒への耐性が多少出来ている。

 それでも、吸い込んだりして動きが鈍るようなことがあってはならない。

 その懸念から回避したが、煙を鑑定して見ればただの目くらましだったようだ。


『姿を隠しての攻撃か?』


 室内のミスリルによって魔力を吸われてしまう分、俊輔は広範囲に探知が広げられない。

 その分視覚に頼ってしまう傾向がある。

 獣人はそこを利用し、姿を隠しての攻撃を画策したのだろう。

 だが、そういった戦略をしてくる相手がいる事は俊輔も承知の上、対処のしようが無いわけではない。


「……!!」


 俊輔が広がる煙に視界を塞がれている中、獣人は無音で俊輔の背後に回っていた。

 犬ほどでなくても猫の嗅覚は人間とは比べ物にならないほど良い。

 その特徴が残る獣人の、特性を生かした苦肉の策だ。






「……グハッ!!」


 次第に煙が治まる中、そこには二人が交錯したシルエットが広がっていた。

 そして、その煙が消え去った後には、両手の剣を振り下ろした状態の獣人と、小太刀でその二刀を受け止め、隙だらけの腹に木刀を突き刺した俊輔の姿が現れた。

 腹を貫かれた獣人は、沸き上がりに耐えきれず血を吐き出した。


「……化け、物め…………」


 地面に血だまりを作りそれだけを呟くと獣人は力なく項垂(うなだ)れ、俊輔の肩にもたれ掛かった。


「失礼な……、俺はただの人間だよ。」


 俊輔自身、最近は自分が人外染みてきている気がしてきていた。

 それをちょっと気にしていた俊輔は、ツッコミを入れながらだらりと体を預けている獣人の腹から木刀を引き抜さり、獣人を肩からずらした。

 そのままドサリと倒れれた獣人の事は無視し、木刀を腰に差し戻した俊輔は次の階層への扉が開くのを待つ。

 そして扉が開くと、そのまま進み転移の為のイメージを焼き付ける。


「いよいよ残り10層か……」


 その間残り僅かな階層の事を思い、感慨深げに一人呟いた。

 とは言っても、ここからは少しだけ特殊なだけでこれまで通り進めばそんなに厳しい事はない。

 特殊と言うのは、前回と同様ならばここからの9層は、1層毎にステージが変化すると言うだけの事だ。

 魔物がさらに強くなるのは当然だが、総復習のようにステージが変わる事は気にする必要はない。


「問題は100層のボスだけだな……」


 前回も守護神とでもいうべき存在に薄氷の勝利を得て脱出が出来た。

 強くなった今でも、勝利が得られると自信を持って言う事は難しい。

 相手との相性によっては前回同様の大苦戦も考えられる。

 そんな不安を僅かに感じつつも、打ち合わせ通りネグロを迎えに一度拠点へと戻る俊輔だった。


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