第141話
「やっぱりあったか……」
海ステージを通過して、俊輔は攻略を進める。
61~69層は極寒ステージ、雪や氷を操る毛むくじゃらな姿をしたイエティという魔物が守護者をしていた。
71~79層は灼熱ステージ、炎や溶岩を操るゴーレムが守護者だった。
それらを攻略して現在、俊輔は81~89の攻略に入ったのだが、前回でも苦労をしたのと同じステージが目の前に広がっていた。
そこの階層の壁全てがミスリルに覆われたステージだ。
ミスリルとは、ゲームとかでも良く出てくると思うが、魔力との親和性が高い希少金属だ。
この世界でもミスリルは存在していて、それを使った武器などはかなり良い値段で取引されている。
俊輔達の住んでいた日向の国ではなかなか見つからなく、大陸から輸入する事でしか手に入らない代物だ。
大陸では南の方で取れる事が多いらしい。
そんなミスリルで覆われている階層内は、何もせず立っているだけでも僅かずつ吸収されている感覚に陥る。
壁のミスリルは魔力に反応し、それを吸収してしまうように恐らく設定されているのだろう。
前回はそんな事とは分からず、普通に魔法を使ったりして一気に魔力を消費して苦労したものだ。
しかも、魔法特化のネグロは援護としての役割が出来なくなり、ほとんど俊輔一人で攻略する事になった思い出がある。
81層の中に入り、沢山の樹々が生い茂った森のような場所で次への階層の入り口を探していた。
すると、近くの草むらが揺れ動いた。
「……何だ!?」
「ウホッ!?」
腰に差した二刀の木刀を抜いて警戒をしていると、その草むらから顔を出したのはゴリラの魔物だった。
手には格闘技で見たオープンフィンガーグローブ、2m位の身長をしている全身黒っぽい色をしている。
しかし、ここのダンジョン下層にいるゴリラがまともなわけがなく、
“バッ!!”
「おわっ!?」
俊輔と目が合った瞬間、消えたと思うほどの速度でゴリラが俊輔のすぐ側まで来ていた。
巨体の割にはかなりの速さだったため、俊輔は少し焦った。
“ドカッ!!”
筋肉がびっしり詰まっていると言っても良いほどの極太の両腕から攻撃が繰り出され、俊輔はそれを小太刀で防御した。
「おぉ……、あの腕は伊達じゃないって事か?」
かなりの威力をしたゴリラの馬鹿力を防いだ小太刀を持つ左手は、ビリビリとした振動が響いていた。
威力を殺すために自分から飛んで防いだのに、それでも手に振動が来るとは思わず、俊輔はゴリラの攻撃力に感心した。
「拳で戦うタイプか……」
「ウホホッ!!」
攻撃が効いていない事が分かったゴリラは、左右にステップを踏むように移動しながら俊輔へと近付き、ボクシングのように拳による攻撃をおこなって来た。
ここのステージは魔法を使った攻撃をしてくる者はいない。
魔物が使う魔法もミスリルに吸収されてしまうからだ。
その分格闘技を使った戦いをする者が多いのが特徴だ。
そしてこのゴリラは、攻撃スタイルからボクシングが得意そうだ。
「調子に乗るなよ!」
「ウホッ!?」
ゴリラの攻撃をバックステップをして躱して一旦距離を取ったが、追いかけるように迫って来るゴリラに対し、今度は俊輔の方から近付いて行った。
それに驚いたのか、ゴリラは慌てたように迫りくる俊輔に向かって左ジャブを放った。
「ハッ!!」
ゴリラの左をダッキングをして躱し、懐に入った俊輔はがら空きの脇腹目掛けて木刀を振り抜こうとした。
“ニッ!!”
「っ!?」
木刀が当たると思った瞬間、俊輔はゴリラがにやけたような気がした。
そうしたら、下から何か黒い塊のようなものが目の前に迫って来たため、俊輔は咄嗟に攻撃を中断して防御を選択した。
「アッブねぇ……」
間一髪と言った具合に小太刀の防御が間に合い、俊輔は威力に任せて後退し、またも距離を取った。
「まさか足技まで持ってたか……」
下から飛んで来た物はゴリラの膝だった。
拳のみの戦闘スタイルだと決めつけてしまっていた俊輔は、ゴリラの戦略にまんまとハマってしまったようだ。
しかし、危ない所だった。
探知術を使っておいて良かったと、俊輔は心の中で自分を褒めていた。
ここのステージでは魔力が吸収されてしまうのだが、決して魔力を使った戦闘が出来ない訳ではない。
魔力に属性を付与した火や水などを飛ばして攻撃した場合、手から離れて行けば行くほど魔力を吸収されて弱まっていき、敵に届くまでには消え去ってしまうことだってある。
しかし、手から離れれば一気に吸収されてしまうが、手から離さなければそこまで吸収されることはない。
探知術や魔闘術も使える事は使えるが、探知術は広範囲に魔力を広げられないし、魔闘術の方は通常より1.5倍程の速さで魔力が消費されていく。
魔闘術をなしで敵を倒す事は出来ないので使わざるを得ないが、探知術は身近な距離を探知するぐらいにしか使えない。
普段戦っている時は、他に敵が迫っていないかを調べつつ戦うのだが、ここのステージでは遠くの探知をするだけで魔力が無くなってしまう為、戦闘中は探知を切って魔力の消費を防ぐ事もするべきだ。
ただ、目の前のゴリラのような魔物は前回のでは見なかったので、なんとなく探知を切らずにいて良かった。
もう少しで顔面に膝が入る所だったのだから。
「ウホホッ!!」
ゴリラはファイティングポーズを取り、まるでキックボクシングのような小刻みなステップで俊輔の周りを回りだした。
「……馬鹿にしてんのか?」
しかもゴリラは顔がにやけているようで、その事が俊輔の神経を逆なでした。
もしかしたら分かっていてやっているのかもしれない。
「フ~……」
そんな挑発に乗る訳にはいかないと、俊輔は深く息を吐く事で落ち着こうとした。
“パンッ! パンッ!”
“プチッ!!”
だが、それも無駄に終わった。
ゴリラが突然背中を向けたと思ったら、俊輔に向かってお尻ぺんぺんをして馬鹿にしてきた。
それを見た瞬間、俊輔は切れた。
「……殺す!!」
その挑発に見事に引っかかってしまったのだ。
青筋立てた俊輔は、一直線にゴリラへ接近していった。
「往生せぇや!!」
怒りに任せて突進した俊輔は、右手の木刀を大きく振りかぶった。
何も視界に入っていないのか、それはとても隙だらけだった。
“スッ!!”
その木刀が振り下ろされるのにを合わせ、ゴリラは体を右へと移しながらカウンターで渾身のロングフックを放った。
“ガンッ!!”
「っ!?」
俊輔がまんまと挑発に乗り、隙だらけとなった所へ放った拳が当たると確信していたゴリラは、俊輔が小太刀を上げて拳を防いだ事に目を見開いた。
そして、今度は思いっきり拳を振ったゴリラの方に隙が出来た。
“グサッ!!”
その隙を見逃す訳もなく、俊輔は木刀で突きを放った。
「……んなもんが当たるとでも思ったのか?」
「…………!!」
罠にハマっていたのは本当はゴリラの方で、俊輔は挑発に乗った振りをしただけだった。
俊輔の突きは喉に突き破り、首の骨もへし折っていたため、ゴリラはパクパク口を動かすが音が出る事無く前のめりに倒れて来た。
「やっぱりここまで来るとただの魔物でも手こずるな……」
魔闘術だけの戦いをしなければならないので、戦術があまり広くない。
出てくる魔物も同じ条件だが、ここまでの下層に来るとそれでもかなり強力なレベルだ。
探知は出来ても広範囲に広げられない。
ここまで魔物が強力だと慎重に行動をしなければならず、どうしても攻略の速度は鈍る。
「……だからこういうやつらは本当に面倒だな」
ゴリラを倒して先を進む中、俊輔はサルの集団に遭遇した。
「キキッ!」
周辺の樹々で姿を隠しながら石を飛ばしてくる。
ただ投げるのではなく、スリングショット(別名パチンコ)を使って一発一発がかなりの威力と速度をしている。
魔力を手元から離すと吸収される。
逆に言えば手元で使う分にはそれほど吸収されない。
スリングショットで石を放つ瞬間だけ魔力を使い、石に威力と速度をつけているのだろう。
躱したり木刀で弾いたりして石を防ぐ事が出来るが、結構な数がいて手間がかかる。
遠距離攻撃が使えない今、一匹一匹追いかけて倒していくといった非効率な方法で倒すしかなかった。
サルを倒したらまたゴリラと会って倒したり、動く甲冑の槍攻撃を相手に戦ったりと色々な魔物を倒しながら先を進み、2か月近程かかって90層の入り口手前までたどり着いた。
今日は魔力を消費をしているので、そのまま攻略には向かわず、俊輔は拠点へと帰って行った。
◆◆◆◆◆
「ただいま!」
「おかえり!」
拠点に戻って来ると京子達が俊輔を出迎えてくれた。
夕飯の獲物を手に入れたらしく、鹿の魔物の解体をしている所だった。
新鮮なうちにとその鹿肉を使った料理を俊輔が作り、みんなで食べた。
「あと半月で1年か……」
気付いたらそれだけの月日が経っていた。
「明日90層の守護者を倒す。それで91層からの攻略にネグも一緒に来てくれるか?」
「ピー♪」
明日からの行動を話し合っているうちに、俊輔はこの後の事を考えていた。
そのためにはネグロがいてくれると有り難かったので、手伝いを頼むことにした。
ここに来て俊輔と一緒に攻略に向かうのは久々の為、ネグロは嬉しそうな声を上げた。
「そんなに危険なの?」
ここまでほとんど俊輔一人に攻略を任せて来たが、ネグロを連れて行くという事は、残り10層は一人ではかなり危険なのだろうか。
そう感じた京子は、不安そうな表情で俊輔に尋ねた。
「危険は危険だが、単純に攻略速度を速めたいのがあるかな……」
このダンジョンの下層はいつでも危険だが、それが理由でネグロを連れていく訳ではない。
元々、出来れば1年ほどで脱出してやるつもりでいた俊輔だったが、残りの階を半月ではまず攻略不可能。
ネグロとの連携があればかなり攻略速度が進められる。
その考えから連れて行こうと考えたのだ。
翌日、
「気をつけてね!」
「あぁ!」
送り出す京子の笑顔に見送られ、俊輔は転移の魔法を発動した。
京子自身、もう30層から先で戦えるほどの実力をつけている。
その経験から、下層へ行けば行くほど魔物が強くなるのは嫌と言うほどわかっているつもりだ。
京子からしたら、未知の魔物が蔓延る下層へ向かう俊輔もの事がいつも心配だ。
それでも自分たちの為に戦いに向かう俊輔を信頼し、任せようという思いから、京子は笑顔を見せた。
ちゃんとその気持ちを理解しつつ、俊輔は一人90層の守護者を倒しに向かっていった。




