第137話
魔の領域に入ってしまった俊輔は、脱出をするために一人攻略を進めていて、3日目にして最初の難関となる第10層に到達した。
前回の無人島の時同様10層の室内は草原が広がっていて、一体の生物以外に何も存在していなかった。
俊輔は入り口から入り、その生物に向かって一人部屋の中を進んで行った。
「……お前がこの部屋の守護者か?」
歩きながらゆっくりと武器を抜きながら、室内唯一の生命体の前に行き話しかけた。
前回の経験上、半ば答えは分かっているのだが、どう反応するか見てみる事にした。
「いらっしゃい」
座禅をして動かないでいたその生命体も、俊輔に声をかけられてからゆっくりと立ち上がり、俊輔に対して返事をした。
「骸骨剣士って所か?」
俊輔の言葉の通り、この部屋の中にいた唯一の生命体は骸骨だった。
魔の領域外でも何度か骸骨の魔物のは何度か見た事はあるが、やはりここは常識が通用しない。
どこから発しているのか分からないが言葉も話すし、体には胸当てなどの簡単な防具も装備していて、腰には剣をぶら下げている。
その佇まいは、なんとなくどこかの傭兵のようにも思えなくはない。
その感じから思ったのが、俊輔が言ったように骸骨の剣士といった所だ。
「日向人とは珍しいな……」
俊輔の事を上から下まで眺めると、その骸骨剣士は意外そうに言葉を発した。
それはそうだろう。
昔から自国から出たがらない性格の日向人が、日向の国から出た上に、遠く離れた大陸の北側に来るなどそう滅多にある事ではない。
「こんな所にも日向人が来たことあるんだな……」
意外なのは俊輔も同じで、どれほどの昔だかは分からないが、ここまで日向人が来ているとは思ってもいなかったからである。
そう思う自分の事は棚に上げた考えだ。
「お主の言う通り、私がここの守護者だ」
短い会話を交わし、骸骨剣士は話を元に戻してきた。
やはり俊輔が思った通り、この者がこの10層の守護者らしい。
「まずは、ここの領域の説明をさせてもらおう」
「いや、いい……」
マニュアル通りなのか、骸骨剣士はここの事を説明しようとしてきた。
しかし、俊輔をここに連れ込んだ蜥蜴の魔族のエステバンから大体は聞いているし、同じようなダンジョンをクリアした経験のある俊輔からしたら無駄な時間でしかないので、首を横に振ってすぐにその説明を止めたのだった。
「どうせ最下層までいかなければならないんだろ? 最下層まで何層あるのか教えてくれ」
「……そうか」
説明を止められた骸骨剣士は、なんとなく残念そうな声色で呟いた。
もしかしたら、久々の訪問者に説明が出来る事が嬉しかったのかもしれない。
それをあっさり止められて僅かにがっかりしたのだろう。
「最下層だが、聞いて驚け! なんと100層だ!」
「……ふ~ん」
骸骨剣士からしたら100層という途方もない数字に、ここで俊輔が驚愕の表情をすると予想していたのだろうが、俊輔からしたら予想通りの答えに驚きはせず、軽く返事をする程度だった。
これまでここに到達した人間は、必ずと言ってもいいほどその途方もない数字に驚きの表情が帰って来たのかもしれないが、俊輔が2度目だとは思わない骸骨剣士は、薄い反応しか帰って来なかったことに纏ってる空気が若干どんよりしているように感じる。
「……フッ、強がっているようだが、貴様では最下層に辿り着ける事はない」
「何で?」
がっかりさせられた事から立ち直ったのか、骸骨剣士は余裕の言葉と共に下半身を少し落とした。
「そのように隙だらけではな!」
この言葉の最後と共に地を蹴った骸骨剣士は、魔闘術を纏い、腰に差していた剣を鞘から解き放って、一気に俊輔へと斬りかかってきた。
“バキンッ!!”
「っ!?」
骸骨剣士の剣が俊輔の首の寸での所まで迫った所で、俊輔の木刀によるカウンターによって骸骨剣士の背骨は防具もろともへし折られた。
丁度この骸骨剣士の魔石は、防具と背骨の間にあったらしく、俊輔の一撃はその魔石までも粉々に打ち砕いていた。
「隙だらけなのは余裕だからだよ」
魔石が破壊された事により動力を失ったのか、骸骨剣士はそのまま前のめりに崩れ落ちて動かなくなった。
その崩れ行く骸骨剣士に向かって、俊輔は何でもないように隙を作った事への理由を呟いた。
「…なる……ほ…ど…………」
倒れた骸骨剣士は、納得の答えを残りの僅かな力を使って呟くと、物言わぬ骸骨として本来の姿に戻り、完全に動きを停止した。
それを確認し、俊輔は木刀を腰に差し戻した。
「10層ごときで手こずってられないからな」
前回は10層で死にかけたが、今回も同じ轍を踏むわけにはいかない。
ゴールの100層まで、今の俊輔でも先が長い道のりをクリアしなければならないのだから。
骸骨剣士の亡骸がダンジョンに吸収されると、地下への通路の道が開いた。
「またあのときみたいな所を通らないといけないのか……」
転移魔法の為に地下へ向かう通路の模様などをしっかりと記憶し、俊輔はさらに地下へ向かう通路を歩いて行った。
それが、前回もよく行った行為だったことを思い出し、フラッシュバックのように前回のダンジョンの嫌な事を思い出してしまった。
「面倒だな……」
その事を思い出して、そのまま11層の攻略をするのが億劫に感じてしまった俊輔は、今日の攻略を続けるのをやめて、転移魔法で拠点に帰る事にした。
◆◆◆◆◆
初日に拠点の近くに転移して京子に何故か怒られたため、俊輔は少し離れた所に転移してから拠点に戻って行った。
「ハッ!!」
“バリッ!!”
「ギャウ!!」
拠点の方に近付いて行くと、京子が魔物と戦っている姿が見えた。
京子が放った電撃系の魔法が狼型の魔物に直撃し、魔物は悲鳴と共に黒焦げになり横倒しになって動かなくなった。
「よしっ!!」
魔物が倒れた事を確認した京子は、思い通りの戦闘が出来て相当嬉しかったのか、ガッツポーズと共に喜びの声を上げた。
「ピー!」
「…………」
魔力の循環の練習をしているアスルが、また居眠りしていないか目を光らせていたネグロも、京子の成長が順調に進んでいるのが確認できて嬉しそうな声で鳴いていた。
「ただいま!」
「あっ!? お帰り、俊ちゃん!!」
戦闘が見終わった俊輔は、ゆっくりと京子達の下に姿を現し声をかけた。
声をかけるまで気付かないところは、探知の練習がもう少し必要そうだが、魔法の方は良い感じで成長しているようだ。
「京子のも魔法の威力も大分上がってきたようだな?」
探知技術の事は置いておいて、俊輔は先程の戦闘の感想を素直に評価した。
「そろそろ地下に入ってもいい?」
「そうだな……、俺も取り敢えず10層をクリアした事だし、一緒に入ってみるか?」
京子としても自分の成長が感じられているからか、地上の魔物との1対1より先へ進みたいと思っていた。
内心ではもう少し訓練してからの方が安全なのだが、気分を落とすよりも上げておいた方が京子は成長するだろうと思った俊輔は、自分の同行を条件に地下へ行くことを許可した。
「うん!」
許可が出た事に京子は満面の笑みで返事をした。
「ネグは引き続きアスルの面倒を見ていてもらえるか?」
「ピー!」
アスルの方も、ゆっくりとだが魔力がコントロールできるようになってきている。
しかし、まだまだ連れていく訳にはいかないので、これまで通りネグロに面倒を見てもらう事を頼んだ。
「頼むな!」
ネグロも任せとけと言わんばかりに胸を張って答えたので、俊輔はネグロを優しく撫でまわしながら素直に任せる事にした。




