第136話
「それじゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい!」
魔の領域に閉じ込められ、朝食に仕留めたばかりの熊肉料理を食べた後、俊輔一人による攻略と、京子やアスルの戦闘強化をするための居残り組とに別れた。
「ネグ、頼むぞ!」
「ピー!」
前回同様にネグロと共に向かった方が攻略するだけなら効率的だが、ここの魔物の強さを考えると、京子達だけ置いていくのは心許ない。
地上の魔物程度ならネグロの相手にならないと思うので、京子達の護衛を任せる事にした。
ネグロも俊輔と一緒に行きたい気持ちもあるが、頼りにされていることが嬉しくて、片翼を上げて元気に返事をした。
その返事を聞いて、俊輔は京子達に手を振って地下へと続いている通路を進んでいった。
「さてと……、ネグちゃん、アスルちゃん練習をしにいこうか?」
「ピー!」「…………!」
俊輔を見送った京子は、未だ練習不足の魔法の指導をネグロに教えてもらう事にした。
ネグロと同じく俊輔の従魔のアスルは、まだ魔闘術すら使いこなす事が出来ていないので、その練習を京子とネグロでする予定だ。
京子の言葉に2羽とも片翼を挙げて返事し、拠点としている洞窟の側に向かって行った。
◆◆◆◆◆
「ハッ!!」
“ボッ!!”
京子達と別れた俊輔は、すぐに魔物と遭遇し、あっという間に蹴散らして先を進んで行っていた。
「前回とそれ程変わらない強さで良かったな……」
俊輔の呟きの通り、出現する魔物の種類は異なるが、強さは前回の時と変わりがないようだ。
最初の階は地上の森林と同じようなステージが広がっており、念のため警戒しながら進んでいたのだが、これなら多少急ピッチで進んでも構わないかもしれない。
「前回みたいに5年もこんな所にいるのは勘弁だよ……」
ちゃんと警戒していれば、確かにここの魔物に殺されることはないだろう。
しかし、油断は大敵。
どこにどんな罠が待ち構えているか分からない。
気を休められるのは拠点にいる時ぐらいで、それ以外の時はずっと気を張っていなければならない。
そんな事をまた長期間おこないたくなんてない。
「警戒しつつもなるべく早く、3日で10層を目安にしておくか……」
前回は安全度を上げるために魔物を倒して実力をしっかりと付けて行かなければならなかったので、場合によっては1層をクリアするのに1か月かかる時もあったくらいだ。
それに比べればとんでもなく早い速度だ。
「京子達の事もあるし、急ぎ過ぎるのはい良くないけど頑張るか」
これを機会に京子達の戦闘力アップもする予定なので急ぎ過ぎは良くないが、行けるところまで進んでしまおうと気合いを入れる俊輔だった。
◆◆◆◆◆
「ピー!!」
“ボッ!!”
「…………改めて見ると、すごい威力だね」
魔法の練習をするにあたって、見本を見せてほしいと言った京子の為に、ネグロは水の魔法で水球を放った。
放った水球は大きさ的にはバスケットボール位で、的とした木だけでなくその背後に立っていた樹々もなぎ倒していった。
その様子を見ていた京子は、驚きで目を見開いていた。
水球の大きさは大したことないのに、その強力な威力が出ている事がどういう原理なのか分からないというのもある。
「どうやってるの?」
「ピー……」
率直にネグロに尋ねる京子だが、ネグロは俊輔の従魔なので会話が出来ない。
しかし、ネグロは京子とも付き合いが長いので、どう答えるか考えた後、ジェスチャーで伝える事にした。
「ピー!」
「…………ん? あぁ、固める?」
ネグロのジェスチャーを見て、最初よく分からないでいた京子も少し考えたらどういう事だか読み取った。
京子の答えを聞いたネグロは、大きく頷くことで正解だと伝えた。
「つまり……威力を上げるためには魔力を凝縮するのが良いんだ?」
どういう事かは理解できたが、どういった風にやればいいのか思いつかなく、京子は手を動かしながらブツブツ呟き始めた。
「……ピ~!」
一人の世界に入ったかのように魔力をこねくり回しだした京子は一先ず置いておいて、ネグロは座って体内の魔力を感じる訓練をさせていたアスルの様子を見る事にした。
「ピッ?」
「…………」
瞑想をさせていたアスルの前の地面に降り立ち、アスルに魔力を感じ取れたか尋ねた。
しかし、集中しているせいかアスルは何の反応も示さなかった。
「……ピッ?」
「zzz……」
一生懸命に訓練しているのかと思っていたネグロが感心した束の間、アスルから僅かにいびきのような呼吸が聞こえて来た。
「ピッ!?(怒)」
“コツン!!”
「っ!?」
返事をしないのはただ寝ていただけだった事にイラッときたネグロは、すぐさまアスルの頭を嘴で強めに小突いた。
突然の衝撃にびっくりしたアスルは、一気に目が覚め、目の前のネグロが寝ていたのがバレて怒っている事に気付き、ペコペコと頭を下げる事になった。
「ハッ!?」
“ボッ!!”
「ん~……上手くいかないな」
ネグロがアスルに説教をしている中、ネグロの助言を受けた京子は木を的にネグロのような強力な水球を放とうと懸命に練習していた。
魔力の凝縮をどうしたらいいかまだいまいち掴めてはいないが、ほんの少しずつ威力が増しているようには感じられる。
しかし、樹々をなぎ倒したネグロの魔法と、木に当たったら弾けて消えてしまう自分の魔法を比べるとどうしても威力に差がありすぎるので、京子は上達していると言っていいのか納得できないでいる。
実際の所、魔闘術が使える事から京子の魔力のコントロールは優れている。
しかも、それが俊輔の指導があったとはいえ、10歳の頃には使いこなせたのだから天才と言ってもいいかもしれない。
その土台があるとは言っても、俊輔と旅を始めて約1年で威力が弱くてもある程度戦闘に利用できるだけの魔法を使えるのは、やはり才能があるのかもしれない。
「ピー……」
「こうやって、「ギュッ!!」とする感じ?」
アスルへの説教を終えたネグロが、圧縮する感覚に悩んでいる京子の側にやって来ると、またもジェスチャーで助言を加えた。
「あぁ、なるほど!」
その助言を受けた京子はネグロの言いたいことが分かり、その中に自分が上手くいっていない理由がある事に気が付いた。
「ハー……」
分かった事を実践してみようと、京子は的にしている木に手の平を向け、そこに魔力を集め始めた。
『ここで一気に「ギュッ!!」っと……』
手の平に集めた魔力を発射する寸前、今までのようにゆっくりするのとは違い一気に魔力を凝縮するイメージで行い、それをそのまま水球にして放出した。
“ズガッ!!”
「…………やっ、やった!!」
これまでと違い、京子が放った水球は的にしていた木にぶつかると穴を穿っていた。
ネグロの助言があったとは言え、かなりの進歩である。
「あぁ……、でもネグちゃんのに比べるとまだまだかな……」
威力アップに成功したが、ネグロが幾つもの樹々をなぎ倒したのに対して、京子の魔法はたったの1本だけだ。
目標が高いのか、京子はこの結果が満足できないようである。
ネグロの戦法は魔法特化の遠距離攻撃。
幾ら京子に才能があったとしてもそうやすやすと超える事は出来ないのだが、目標を決めたら一直線な性格の京子はそんなことは考えないようだ。
結局、寝不足気味にも関わらず、京子は夕方まで魔法の練習をするのだった。
「ハッ!!」
「ただい……おわっ!?」
時計を持って行ったので時間的に今日はやめておこうと、思ったよりスムーズに5階までクリア出来た俊輔が転移魔法で戻って来たのだが、丁度京子が放った魔法の軌道上に出てしまったので、咄嗟に身を屈めて避ける事になった。
「ハァ、ハァ……、急に現れると危ないよ! 俊ちゃん」
「…………すっ、すまん」
危ない目に遭わせといてそれはないよと言いたいところだった俊輔だが、練習をしまくってアドレナリン全開で瞳孔が開いてるような京子に睨まれたら、俊輔は何故か謝るしかなかった。




