第135話
「簡単に描くとこんな感じかな?」
世間一般的に魔の領域と呼ばれる大迷宮に侵入してしまった俊輔たちは、これから長くなるであろう迷宮生活を過ごすための寝床を探しに、森の中を歩いて回った。
ある程度調べて回り、以前の無人島のダンジョンの時のように中心地に地下へと下るための通路の入り口を見つけた。
そのほかに、その入り口から東西南北の地形などを地図も分かったので、確認として俊輔は手持ちの羊皮紙に描いておいた。
「地下への入り口から近い方が移動は早いけれど、はぐれの魔物が地下から上がって来る可能性もあるから、あまり近すぎるのは良くない」
その地図を示しながら、俊輔は京子に向けて拠点にするべき場所について、以前の経験から適当な場所の説明を始めた。
「じゅあ、東側にあった岩場の辺りに作った方が良いんじゃないの?」
「そうだな」
前回の無人島の時とは違って、今回の地上は森一辺倒だった。
その中でも東の一部は岩場になっていて、洞窟らしき穴もいくつか見受けられた。
前回もそうだったが、大きな変化をする必要がないので元々の場所を利用した方が得策である。
地上に潜む魔物たちも大きな変化があると、警戒感もしくは好奇心から、しきりに調査に寄って来る可能性がある。
拠点は疲労を回復させたりするためには重要な場所になるので、ゆっくり休めるように魔物の寄り付かない場所に作るのがベストだ。
そう言った意味でも、洞窟の利用が一番簡単なので俊輔たちは東の岩場に向かって歩き出した。
「あぁ、あの洞窟が……」
“ドスッ!! ドスッ!!”
俊輔たちの中で一番大きいダチョウのアスルでも、丁度出入り出来そうな大きさの洞窟を見つけた俊輔がそこに近付いて行ったら、その洞窟の中から地響きのようなものが聞こえて来た。
「ヤバい!! 熊だ!!」
探知を広げてみると、洞窟の中から熊が向かってきているのが分かった。
どうやら俊輔たちの匂いに反応し、狩るために出て来たようだ。
その熊を探知した俊輔はすぐさま木刀を抜き、警戒を強めた。
「グルル……」
洞窟から顔を出した熊は、俊輔たちの方を眺めて唸り声を上げた。
「灰色熊か!?」
「でも、顔に変な模様が付いてるよ!?」
俊輔が言ったように、洞窟からゆっくりと出て来た熊の毛色を見ると、灰色熊と呼ばれる魔物のように見えた。
しかし、京子の指摘の通り、普通の灰色熊には無いような顔に奇妙な模様のようなものが入っていた。
「……熊に隈取り?」
「洒落のつもりかな?」
その熊の顔を見て俊輔と京子は首を傾げた。
俊輔が言ったように、熊の顔には歌舞伎の役者がするような隈取のような模様がされていたからだ。
俊輔が転生した日向の国は、昔の日本の文化と酷似している。
当然大きな町の娯楽として歌舞伎は存在していて、田舎生まれの俊輔や京子でも歌舞伎の事は新聞などでどういうものか知っている。
その歌舞伎の隈取をしている熊が現れた事で、一瞬呆けてしまった。
「グルァァーー!!」
「どわっ!?」
俊輔が呆けたその一瞬、熊の脚の筋肉が膨れ上がり、重厚そうな肉体を高速で移動させた。
一気に近付いた熊は、俊輔に向かって右前足を振り下ろしてきた。
その体からは想像できないような高速移動に俊輔も面食らったが、その攻撃を危なげなく木刀で受け止めた。
普通の灰色熊だったらAの上というくらいの強さだが、移動速度が鈍い傾向にある。
しかし、この灰色熊はパワーはそのままに、その欠点の移動速度が解消されているように思える。
「やっぱり、まともなのじゃないみたいだな……」
分かっていた事だったが、やはり変異種の熊のようで、普通の灰色熊だと思って対応していたら痛い目に遭う事間違いなしだ。
思ったよりも早い移動速度にちょっとだけ驚いたが、俊輔からしたらほんの少し魔力を纏うだけで対処できる相手だ。
「グルル……!?」
「熊鍋が良いかな? でも朝から肉は重いかな……」
自分の攻撃があっさり受け止められて、戸惑いを見せた灰色熊は両方の前足をブンブンと振り回して俊輔を攻撃し始めた。
そんな熊の攻撃をスイスイと難なく躱す俊輔は、この熊の事はもう食材としてしか見ておらず、もう時間的には日も登って朝食の時間帯。
ほとんど寝てない状態で、朝食熊肉はなんとなく気が乗らないなどと、そんなどうでもいい事を考えながら熊を相手にしていた。
「よしっ! 熊しゃぶだ!」
“ボカンッ!!”
「っ!?」
せめて少しでも軽く食べるために、脂を落とした熊肉のしゃぶしゃぶが思い浮かんだ俊輔は、熊の脳天目掛けて木刀を振り下ろした。
脳天に攻撃を食らった灰色熊は、口から泡を吹いて崩れ落ちて行った。
「……何か想像よりも強そうな魔物だったね」
熊が動かなくなった所で、戦闘を見ていた京子は俊輔に近付きながら熊の能力の感想を述べた。
俊輔からしたら大した魔物ではなかったが、その戦闘を見ていた京子からしたら、かなり脅威に思う速度と威力の攻撃に思えた。
「京子はまだ地下へ向かうのは控えた方が良いかもな」
先程の巨大毒蛇や今の熊も、京子の今の実力なら倒せるとは思う。
しかし、それは1対1で戦った場合に限る。
地下へ進めば、集団で襲い掛かって来ることが多くなる。
集団との戦闘となると京子では怪我を負う可能性が高いため、少しの間地上で訓練した方が良いようだ。
「俊ちゃんが鍛えてくれるの?」
俊輔は京子に大陸旅行を始めた時から、細かい魔力の使い方などを教えて来たはいたが、戦闘の訓練などはあまりして来なかった。
ほとんど我流の俊輔の剣術よりも、篤の下で鍛えられたちゃんとした剣術で実力を上げて行った方が変な癖がつかなくていいように思ったからだ。
「いや、俺は一人で攻略に向かうから、ネグと一緒に鍛えていてくれ」
京子の問いに俊輔は首を横に振った。
前回と同様なら、この迷宮の最下層は100層程になっているはず。
そこに辿り着くまででもかなりの時間を要するのだから、京子とアスルが地上の魔物で訓練している間に、行けるだけ下層に進んでおこうという考えだ。
場合によっては、俊輔一人でクリア出来ればしてしまおうかと内心考えている。
「う~ん、仕方ないか……」
その考えを京子に伝えると、京子自身もこんな所に長居するつもりはないので、確かにその方が早いかもしれない。
そう思った京子も、俊輔の提案を渋りながらも受け入れた。
熊が出て来た洞窟の奥を探知で調べてみると、中には生命反応はなく、俊輔は4人(2人と2羽)が休めるように土魔法で改造を施した。
ネグロも土魔法が使えるので、俊輔がいない時でも入り口を塞いで休憩する事が出来るだろう。
「京子とアスルを頼むな、ネグ!」
「ピー!!」
拠点となる場所も出来た事から、俊輔は早速迷宮攻略に乗り出そうとした。
この迷宮の地上の魔物が前回よりも多少きつかったとしても、ネグロがいれば安全に乗り切れるはずだ。
一人で攻略に向かうにしても、京子とアスルの事が少し心配なので、俊輔はネグロに後の事を任せて行く事にした。
俊輔に頼りにされたことで、ネグロの方も任せろと言いたげに胸を張って返事をした。
“グ~……”
「……その前に朝食だな」
攻略に向かおうと一歩踏み出した瞬間、4人の腹の音がなってみんな目を合わせた。
思えば拠点を作る事に集中していたせいか、朝食を食べるのを忘れていた。
その事を思い出した俊輔は、鍋と先程倒して血抜きしておいた熊の肉を取り出し、しゃぶしゃぶを始める用意を始めた。
出汁を取る昆布や鰹節が手に入るか分からないのであまり無駄には出来ないのだが、これからの戦いに向けて英気を養う意味を込めて、4人は美味い熊肉しゃぶしゃぶを堪能したのだった。




