第119話
ピトゴルペスの町に戻り、京子達と観光を楽しんで1週間が経った。
宿に連絡があり、俊輔たちはマエストロに会いにグレミオに顔を出した。
「……本当に1週間で治したのか?」
受付に話すとすぐにマエストロの部屋に案内され、ノックをして部屋に入ると、机に魔族のアジトだった場所から持ってきた資料が山積みになった状態でマエストロのフィトが迎えてくれた。
そのフィトは、挨拶と共に上げた俊輔の右手を見て少し固まったのちにそう話しかけた。
「えぇ、この通りです」
そのように聞かれた俊輔は、右手を上げてヒラヒラと振って見せた。
「この通りって……」
随分簡単そうに言う俊輔に、フィトは若干呆れたように呟き、机の前のソファーに座るように手で合図をした。
俊輔たちがソファーに腰かけたのを確認し、フィトも書類を手にテーブルを挟んだ向かい側のソファーに腰かけた。
「持ってきた資料から何か分かりました?」
席に着いて、俊輔は早速今日ここに呼ばれた用件を聞くことにした。
「まぁ、分かったと言っても大した内容ではないが……」
そう言いつつ、フィトは一枚の紙をテーブルに広げた。
「これは……?」
フィトが広げた紙を見て、すぐさま京子が問いかけた。
「この町周辺の地図だよ」
「いや、それは分かってるんですが……」
俊輔が言ったようにフィトが広げた紙には、このグレミオで冒険者向けに販売しているこの町を中心にした周辺が記された地図が描かれていた。
「まぁ、まぁ、ちゃんと説明させてもらうよ。君が持ってきてくれた資料から、あそこでキメラの研究をしていた魔族は、大陸北方面の情報を集めていたみたいだね」
地図を指さしながら、フィトは説明を始めた。
そして、この町から北の方角にある町をさして止まった。
「北に何かあるんですか?」
俊輔たちはまだ特に行く予定が無かったので、北方面の町情報は何もない状態である。
その為、北の情報もついでに聞いてみる事にした。
「この町を北に行くと高い山々が連なり、それを越えると北の国の町へと辿り着く。山を越えてからの土地は雪がかなり積り、冬の時期が長い事が有名だ」
「なるほど……」『つまりは地球で言う所のロシアの気候ってところかな?』
フィトの説明によると、この町の北の山々を基準にして南北で随分と気候が変わる様である。
北の気候の話を聞いて、俊輔は相づちを打ちつつ内心ではこのように考えていた。
「このペラモンターナには4つの人族の国があって、この町の北と西が他国になっている」
フィトは、資料によって手に入れた情報よりも先に、俊輔たちにはこの大陸の事を簡単に説明しておいた方が良いだろうと思い話をした。
「4国とも特に仲が良いという訳ではないが、悪いわけでもないといった所だな」
昔は獣人族や魔人族という共通の敵がいたので、4国とも頻繁に会談を開いて連携を取っていたが、今はどちらの種族とも大人しくしている為、関係を密にしているわけではない。
「その北東の国なんだが、ある場所が有名なんだ」
「ある場所?」
有名と聞いて、俊輔は観光地でもあるのかと期待気味に問いかけた。
「魔の領域だ」
フィトの指さしと同時に紡がれた言葉に、期待を裏切られた俊輔は若干冷めた。
「魔の領域ですか?」
俊輔と違い、京子は真面目に情報を得ようと問いかけた。
「そう。この町の北にある町、その北西部の国エルスール、北東部の国ルステの国境の森の奥に誰もが近寄らない場所があるんだ」
その場所の部分を指で円を描きながら、フィトは俊輔たちに近付かないように注意した。
「そこの領域に入って戻って来た人間を見た事が無い。大昔からあるらしく、どんなに有名で実力がある冒険者でも帰って来なかった。北の国としても、そこには近づかないように注意を徹底しているみたいだ」
“ピクッ!?”
フィトのその話を聞いて、興味が無くなっていた俊輔がわずかに反応を示した。
「そこの領域の魔物のレベルが相当高いのだろうと噂されている」
誰も戻って来ないので、国やグレミオはそのように結論付けたのである。
かつてはSSSランクのパーティーが送りこまれたのだが、やはり戻ってこなかった為、当然の結論である。
「魔族はどうやら、その【魔の領域】に何かしようと考えているのだと資料からは読み解けた」
「……キメラの研究は何の関係あるんですか?」
魔族がそこに何かしようとしている事は分かったが、京子はそれとキメラの関係が分からず問いかけた。
「……分からん」
「えっ?」
フィトの思わぬ答えに、京子はポカンとしてしまった。
「資料から読み解けたのは、魔族が魔の領域を調べていたのと、キメラの合成結果と分析結果がまとめられていただけだった」
「そうですか……」
フィトが最初にいったように、確かにそれ程の情報は得られなかったようである。
「以上が資料の調査結果だ」
そう言って、フィトはこれまでの説明を記した書類を俊輔に渡した。
「お疲れさまでした」
その書類を受け取った俊輔は、礼と共に言葉をかけた。
「それで? 君たちはこれからどうするんだい?」
資料の説明が終わりひと段落着いたフィトは、俊輔たちの今後の事が気になり問いかけた。
「北に向かいます!」
聞かれた俊輔は、あまり間をあける事無く答えを返した。
「……理由は?」
俊輔の答えに単純に疑問に思ったフィトは、北へ行く理由を尋ねた。
「これから夏になるし、涼しい地域に向かおうかと思いまして……」
俊輔は、今思いついたような軽い理由を述べたが、その表情は僅かながら何か隠しているような空気を醸し出していた。
「……そうかい? まぁ、アマンドも言っていたし、君たちは実力的にはもうSSSランクでも良いくらいだ。本音はアマンドと共にこの町にずっと居てもらいたいところだけど、ランク上げもあるし、出て行くのは仕方がないか……」
実力は俊輔が上でも、フィトの方が感情を読み取る事が得意なようで、何かあるのだろうが、俊輔には何か思うところがあるのだろうと考えて聞かないことにしたのだった。
「それじゃあ、明日にでもここを出発します」
この町の観光も済んでいるので、俊輔は早速北へ向かう事にして、ソファーから立ち上がったのだった。
いつの間にか長くなってしまいましたが、ようやく4章終了です。
章ごとに分けている深い意味はありません。なんとなくで分けてます。




