第9話 自己紹介タイム1 芽維たんはサラリーマンの娘らしい
教室の前のドアが開き、担任が入ってくると、皆きちっと正面を向いた。
定年間近と思われる、小柄で人のよさそうな男性教諭は、簡単に自己紹介をした後
「では、順に自己紹介をしてもらいましょう」
と、窓側の一番後ろの席を指名した。後ろから前に行って、次の列後ろから前って順番。ってことで、私は芽維たんの後。っていうか、一番最後だわ!
何言おうかな。名前と、出身中学でも言うのかな?あと趣味とか?
ちょっと待て!
璃々亜である私の趣味って何だ?
ま、まさか、BLが三度の飯より好きです!一押しカップルは「京×都」です!
とか、自己紹介できるわけもない!
っていうか、そもそも、このお嬢様お坊ちゃま軍団に対して「アニメ」や「漫画」が好きですとすら言えるのか?
……。運よく私は最後。他の人の自己紹介を参考に考えよう。
「私、皐月幸子と申します。父は世田谷で開業医をしております」
緊張も見せずに堂々としたものだ。
「世田谷で皐月といえば、あの大病院の?」
「お祖父様は確か医師会の会長でいらっしゃられますよね?」
ひそひそと話し声が聞こえます。
「何かございましたら、何なりとご相談くださいませ」
と、閉めの言葉がはいる。ふむ。「お客様の中にお医者様はございませんかー?」的なときは皐月幸子を呼べってことだな。
「相模洋平です。父は文筆業、母は音楽家です」
シルバーフレームのメガネを押し上げながら二人目の自己紹介。
「芥川賞候補に何度もお名前があがる、あの作家だよ」
「じゃぁ、母親はあの有名ピアニストか」
また、ひそひそと話し声が聞こえます。
皆、物知りだなぁ。
次は、国会議員の娘、次はパイロット、飲食店チェーン社長、弁護士、アナウンサー……、アパレル社長、自動車関連副社長、アナウンサー、再び医者、裁判官。田中は自衛官の息子らしい。階級的には海将補だって。それ、偉いの?将がついてるから偉そうだけど、補がついてるから偉くなさそう。
っていうか、何で皆出身中学じゃなくって、親の職業言うわけ?この学校のルールなの?
さーっと、青ざめる。
私、両親の職業知らない。
ちょ、白川璃々亜の親って何してんの?
言わなくてもいいかな?
あわあわしてる間に、芽維たんの順番になった。
ぐあっ、次、私だ。どどど、どうしようっ。
「鈴木芽維です。父はサラリーマンです」
芽維たんの自己紹介に教室が一瞬静まりかえった。
「サラリーマン?どこの会社の?役職は?」
誰かの質問に、芽維たんは答えている。
そ、そうだよね?普通は父親の職業知ってるよね?どうしよう……
「知りませんわ、そんな会社。どこの中小企業ですの?」
「係長ですって、もしかして、私たちと住む世界が違う方かしら?」
お嬢様お坊ちゃまたちから、ヒロインへの定番「庶民のくせによくこの学校によく通えますわね」が始まった。
くすくすとあざけるような笑い声と、馬鹿にした目が芽維たんに注がれる。
青ざめる芽維たん。
かわいそうだけど、ごめん、今は自分のほうが顔が青い自信がある。
どーぉしよぉーーーっ!自己紹介できないぃぃ~!
無常にも、芽維たんが椅子に座ってしまう。
ソレを見てのろのろと立ち上がる。
教室は、まだ芽維たん庶民いじりが続いてざわついている。よし、こ、この隙にさっさと終わらせよう。