第45話 なぜか、お父様へのプレゼントを買ってしまったらしい
昨日は結局夕飯までトランプして、夕飯の後は「リベンジだ!」という嘉久が、ボードゲームを取り出した。
あ、嘉久はトランプでは何をやっても1位をとれませんでした。
兄には何度か1位の座を明け渡しましたが、結果として私の圧勝でした。ふふんっ。
ボードゲームでは、かわいそうなので嘉久に花を持たせました。っていうか、「もう一回だ!」がめんどくさかったとも言う。
「おはようございます、お兄様」
「おはよう、璃々亜」
朝食のテーブルに、嘉久の姿がない。
「嘉久様は?」
「急にお祖父様に時間ができたので、今日は一日お祖父様のお供だそうだ」
ふぅーん。嘉久様のお祖父様って、高校入学祝いの食事の席を用意してくれた人だよね。
「入学祝のお礼を伝えに行った方がいいかしら?」
私の言葉に、兄は難しい顔を見せた。
「……璃々亜、嘉一郎祖父様の口癖を忘れたわけではないだろう?」
へ?口癖?きょとんとすると、
「嘉久の嫁に来いっていう、アレだよ」
うげっ!
「高校生になったんだからと、婚約の話をしかねないよ?それでも行くかい?」
ふるふるふる。
私、今、生まれたてのバンビが立ち上がるとき見たいに小刻みに震えてる。
そうか、嘉久のお祖父様は要注意人物と。
もし、芽維たんを嘉久が紹介しようものなら「璃々亜がお前にはいるだろう!」とか言って芽維たんを蹴散らすとかそんなことないよね?
……いったい、どんな人物なんだろう。
「嘉久、お前が選んだ女性なら間違いないだろう」って目を細めるパターンならいいんだけど……。
てなわけで、今日は一日、自分だけの時間です!やほーい!
さて、何しようかな。
昨日行こうと思っていた、変装道具の買い物に行ってみようかな。
それとも、今日こそシアタールームで、アニメ鑑賞を!
んーと。
アニメ鑑賞なら、別に昼間じゃなくてもいいから、買い物か。買い物が先だね!
買い物に行きたいと言ったら、運転手さんが百貨店に送ってくれるそうです。兄が付いていこうか?と行ったけど、変装道具を物色するので却下。
一人では心配だよーっという兄。
はぁ。過保護なシスコン兄め!
高校生ともなれば、買い物くらい一人でできるよ!そもそも、世間では、電車乗ったりして一人で高校へ通うんだよ?うちの学校が特殊なんだよ。
百貨店に到着。
「いらっしゃいませ、白川様。今日はどのようなものをお探しで?」
ぶっ。
なんだよ、全然一人で買い物じゃないじゃないか!
百貨店のスタッフが4人も並んでお出迎えしてますよ……。そのうちの一人の女性が案内役を務めてくれるらしい。ちょ、一人で買い物させてようっ!
前世オタクな私、若干コミュ障なんだよ!ショップ店員に声掛けられると全力で店を逃げ出すタイプの人間なんだよ!
こんなことなら……。
兄についてきてもらえばよかったよ……。はぁー。
もともと百貨店にはほとんど前世で足を運んだことが無い。今日連れてこられた百貨店は始めてだ。
どこに何売り場があるか分からないし、そもそも変装用に何を買おうかも決めていないので、順に回ることにする。
地下は……うん、後でいいよね。デパチカといえば食べ物だよね?
1階。
この独特のにおいは、化粧品売り場だね。
化粧品は必要ないよなぁ。璃々亜はすごくたくさん持ってたもんねぇ。
「口紅の新色をご用意させましょうか?」
案内係が化粧品売り場を通ると、すかさず声をかけてきた。
「また今度お願いいたしますわ」
うーん。ここにくるとまず璃々亜は新作化粧品をチェックするのが定番だったんだろうか?
靴売り場。
変装といえば、身に着けるものだけど……。変装用の靴ってどんな靴だろう?
そもそも璃々亜ってどんな靴持っていたっけ?まだ、学校に履いていくローファーと、昨日出かけたときの3センチほどのヒールの白いストラップ付きの靴。そして、今日はいている薄桃色の足首用アンクルストラップの付いたペタンコ靴しか見たことはない。
玄関にコーディネートも考えて履いていく靴が出してあるから、靴箱の中を見たことがないんだよね。そもそも靴箱かな?シューズクローク?
靴売り場で足を止めると、案内役が再びすかさず声をかけてくる。
「どうぞ、こちらへ。今靴をお持ちいたします」
靴売り場の一角に椅子がある。そこに座らされた。靴売り場担当の売り子さんたちが3人ほど私にお辞儀をすると、案内係からの指示で、次々と靴を運んで目の前に並べていく。
えーっと、もしかして、璃々亜の好みを把握していて、それにあわせて靴をチョイスして並べてくれてるのかな?
春だからか、単に璃々亜の好みだからか、明るい色の靴が多い。ヒールの高さは高くても5センチほど。ハイヒールはない。まぁ、ちょっと前まで中学生だったわけだし、ハイヒールが似合ったら怖いわ!
夏に向けての新作も並べられるために、サンダルもある。
ごっつい靴がない。もしかして、お嬢様はロッカーが履きそうなごつい靴ははかない?だったらそういうの買えば……。
って、季節柄ブーツはないわ!
あと並んでないのは……。スリッポンとかスニーカーとか運動にむいてそうなの。単にこの売り場にないだけ?
うん、とりあえず変装用の靴はスリッポンとかスニーカーとかにしよう。っていうか、もしかして制服のローファーで十分かもしれない。学校に行くわけでもないのにおしゃれな靴も履かずにローファーってそれだけで「信じられませんわ!他に靴をお持ちではありませんの?」って世界っぽいし。
よし、靴は保留。
……は、いいとして、目の前に並べられた50足ほどの靴、どうしよう。
いくつか履いてみて断るべきか……。何か買ったほうがいいのか……。でも、いらないしなぁ。
あ、そうだ!
「ごめんなさい。今日はお父様へのプレゼントを探しているのですが……」
よしよし。
靴のサイズを知らないからまた今度にするとかなんとか言えばオッケーですね!
「そうでしたか、それは失礼いたしました!」
と、スタッフは目の前に並べた靴を一瞬で片付け、あっという間に男性用の靴をいくつか並べた。
ふぎょっ!
璃々亜の靴を並べるくらいだ。当然父親の情報も百貨店は握っているのだろう。好みはもちろんのこと、サイズも。
個人情報保護法がどうのって言うけど、名前も住所も電話番号のみならず、体のパーツのサイズも好みも、家族構成もめちゃ情報駄々漏れじゃねーか(笑)。
……。並べられた男性用の靴は、間違い探しをしなくちゃいけないくらい違いがよく分からない。大きく分けて、黒か茶色。紐が付いてるかついてないか。
じーっと見比べる。ギブッ。どれでもいい!
って、そんじゃだめだよなぁ。
父親の姿を思い出す。
「パンダ」
そうそう。パンダっぽいんだよねぇ。
「パ、パンダでございますか?」
ひゃっ。また心の声が駄々漏れ……。
「2008年に東京上野地区限定で発売されたNIKEIのDANK」
へ?ダンク?バスケの王子様関連グッズですか?
……なわけはない。だけど、バスケ関連の単語が関係するってだけで、ワクワク度が上がる。
「大変な人気で、今ではプレミアムが付いて高値で取引されているのですが、来月のイベント展示用に、未使用品を1点だけ入手することができました」
へぇー、そうなんだ。たかが靴なのに、展示とか。私には分からない世界だなぁ。
「白川様はすでにご存知だったとは……」
はい?知らないけど?
「通称パンダを、お父様のプレゼントにとご希望なのですね」
え?
パンダ?
「いつもごひいきくださっている白川様の頼みです。展示会終了後でよろしければ、お譲りいたします」
あ、あれ?
私、頼んでないよね?
まぁでも、ダンクでパンダなんていったいどんな靴なの?見てみたい気はする……。
「ありがとうございます」
しまった!
つい、この口が!
ごめんなさい!無駄遣いですね!反省します!
でも、パンダですよ?
思わず、パンダのもこもこスリッパを履いた京様とか想像しちゃって、すんごく癒されちゃったんだもん。実物が、気になるじゃない?
璃々亜にとっては百貨店も攻略すべきダンジョンみたいなものになっております。
前世で利用していた店とあまりにも違いすぎて……。
次回は、初めての変装アイテム購入です。何だろうね!