閑話 料亭娘視点
「お母様、お父様、お話がございます」
「あら、どうしたの?あなたがこちらに顔を出すなんて珍しい」
自宅とは別に料亭本店がある。
厨房のさらに奥に、従業員の控室や事務所や物置などお客様の目に入らないように区切られた場所がある。
事務所に顔を出すと、両親の姿があった。
今は、営業時間前で、いろいろな打ち合わせをしている時間だ。
女将である母親、板前長である父親、そのほかに従業員の姿が複数ある。
「今度、図書委員の方々を招きたいと思っております」
と、口を開けば、母親が言葉を遮る。
「今、打ち合わせをしているところなの、その話はあとにしましょう」
当然の言葉だ。
母も父も、親だけれど、この場にいる限りは仕事中であり、親子だからと仕事を邪魔する権利は私にはない。
「いいえ、あの、皆さまにも聞いていただきたいのです。以前、修行中の板前さんの話を父から伺いました」
ちらりと視線を向ければ、その修行中の板前さんの姿もある。
5年目と3年目の人だったと思う。
「そろそろお客様に出してもよいのではないか、だけれど、本番さながらの緊張感の中での調理経験がないので、経験不足をどうするかと……確かそう言っていましたよね?」
父親に顔を向ける。
「ああ、確かに。はじめは前菜の1品から作ってもらおうかと、今ちょうど相談していたところだ」
「先ほど言った、図書委員の方々が試食してくださるそうです」
父と母が顔を見合わせる。
「まさか、おまえ……いくら何でもそんな失礼なこと頼んだんじゃないだろうな?客にまだ出せない人間の料理を食べさすなど……」
父がカッとなって立ち上がった。
「とても、お世話になっている方々なのです……ですから、ぜひごちそうをと申し出たのですが……。ごちそうになるわけにはいかないと……その、賄いのようなものならとおっしゃられて……」
「賄い?」
母が今度はショックを受けて頭を押さえた。自慢するわけではないが、国内どころか世界にも名が通った一流料亭である。
賄いといえども、その辺の大衆食堂よりはよっぽど立派なものである。お客様にお出しできない魚の部位を使ったものであっても、ほんの少し筋の入り方が悪いというような理由だ。
少し落ち着きを取り戻した父親が椅子に腰を下ろす。
「なぜ、ごちそうになるわけにはいかないと?うちの出すものに問題があるとでも?」
「いいえ、そうではありません。図書委員が高校生が社会活動を行おうとしているのに、親の力を頼るべきではないと……。お礼をしたい気持ちは私の者でも、ごちそうするといっても、私ではなく親がすべてを負担するというのは素直に受け取れないと……」
母親はふと、目に涙を浮かべた。
「いい方々に恵まれましたね」
……ああ、そうか……。
小学校や中学校のころは、運動会などお弁当持参のイベントが近づくと「私のお弁当を持ってきてくださいませんか?8人で見に来ますの。料亭のお弁当、楽しみにしていますわ」と言うクラスメートがいた。断りの言葉を口にすれば「どういうことですの?お友達でしょう?お弁当くらいいいじゃない」と普段はあまり口もきいたことのないクラスメートに責められることもあった。
「運動会は、母が手作りでお弁当を作ってくださいますので……。その、料亭のお弁当をご希望でしたら、ご注文をいただければ……」
「はぁ?注文?お金を取るつもりなの?友達なのに?」
と責められ、ケチだの金の亡者だの、いわれのない陰口をたたかれたこともあった。
そうか。
図書委員のみんなは……。
ごちそうするとこちらから言い出したにもかかわらず、当然のことのようにごちそうされることを選ばなかった。
「あなたのごちそうしたい思いを踏みにじらないように、試食と言うことで気持ちを受け取ってくれたと考えればいいのかしら……」
母と父が顔を見合わせた。
そして、父が見習い板前に目を向ける。
「聞いたな。娘が通うのは鳳凰学園だ。高校生とはいえ、小さなころから一流の味を知っている者たちばかりが試食をかって出てくれたのだ。いいか、うちの味をしっかりと出すんだぞ」
「「はい」」
父は、板前を連れて厨房へと姿を消した。
ご覧いただきありがとうございます。
吾輩は料亭娘である。名前はまだない。




