第32話 国語の授業は自己紹介から始めるらしい
1時間目は現国だった。
「昨日の実力テストの結果を返す前に、簡単に自己紹介をしてもらいますね」
40代と思われる、カステラみたいなふんわりした優しい話し方の先生は、笑顔で恐ろしいことを口にした。
実力テストがもう返ってくるだとぉ!って、それはいい。国語は大丈夫だからいいんだけど……。
自己紹介だと?トラウマだよ、トラウマ!
両親には会った。会ったが……和装フェチと洋装フェチってことが分かっただけで、仕事は何なのか分からないままなんです!ぎゃぁ!
「名前と、好きな本を教えてくれるかな?」
え?それでいいの?先生!素敵!
好きな本、好きな本ね!何がいいかなぁ。
えーっと「終わりのないラブ歌」シリーズは、ちょっときつすぎるかな。んじゃ「タクマくんシリーズ」がいいかな。「富士見二丁目吹奏楽団シリーズ」あたりはどうだろう?「僕達の~」の方がいいかなぁ……。腐、腐、腐。
はうっ!だめだわ!
こんなところで、BL小説なんて口にしちゃ……。駄目なのよ!そっちのお友達はできるかもしれないけど、私、私……
璃々亜として普通に高校生活送るんだから!破滅フラグを回避しながらね!
えーっと、普通の高校生が好きな本、えーっと、えーっと、
「じゃぁ、廊下側の前から順にお願いできるかな?」
ぎゃーっ。廊下側の一番前の席から順に自己紹介とか、それって、つまり、私からスタートってことじゃーっ!
先生の鬼!
ぐぐ、仕方がない。
「白川璃々亜と申します。シャーロックホームスシリーズは面白いと思いましたわ」
すちゃっと席に座る。
私だってね、BL小説以外も読むんだよ!大好きな同人作家さんが、ある日ホームス×ワトゾン本出してたから。
教室はシーンとしてる。
ふあっ!しまった!版権系のって、こっちの世界って微妙にタイトルとか変わってるんだった。面白いといいながらタイトルとか間違ってるのは大恥だよね……。
ど、どうしよう……。って、今更だわ。
ぶええっ。恥かしい。
「鈴木芽維です。ありきたりですが、ハリーポットーシリーズがとても好きです」
ほらぁ、芽維たんも、あの有名な魔法児童文学のタイトル、前世で私が知ってるのとちょっと違うの言ってるし。
「橋爪修太です。本はほとんど読まないけど、おすすめはクリスチャンラッセラのイラスト集です」
その人、イルカのイラストとかで有名じゃない?前世で私が知っている人とやっぱり名前が微妙に違うけど。
その後、全然知らない本のタイトルが続く。誰も、漫画原作のノベルスやアニメ化した小説どころか、ラノベっぽいタイトルも言わないなぁ。
「私は、源氏物語が好きです」
思わず振り返って発言元を見る。
源氏物語を読んだの?古文だよ?
「いつか、原文で読みたいと思います」
って続けた。ってことは、訳本で読んだんだ。それとも、あの有名な漫画かな?漫画なのか?
「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺って聞いたころがありますか?僕は正岡子規が好きです。血を吐いて、死ぬかもしれないと思ったときに死期から文字って子規と名乗った話から興味を持ちました。常に死を感じながら後世に影響を残す俳句を読んだところがすごいと思います」
うお、深いな。中学生で正岡子規とか……。
おや?
正岡子規?柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺?
源氏物語のときはなんとも思わなかったけど……。
ちょっと、大丈夫なの?そのまま名前とか作品出しちゃって!
版権、版権、著作権、著作権、商標権、商標権、特許、特許、東京特許きょきゃきょきゅっ……。
ああ、心の中でも、言えないな。東京特許きょきゃきょきゅっ……。いや、それはいい。特許はたぶん関係ない。
ゲーム内では、権利関係引っかかりそうなの、駄洒落みたいな名前になってたよね?
大丈夫なの?
源氏物語は、大丈夫そうだけど、正岡子規は大丈夫?柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺とか、言っちゃって大丈夫なの?
ゲーム内設定されてないけど、大丈夫なの?
「ドラマで見て、原作も読んだら面白かったので「白い巨峰」はおすすめです」
は?
白い巨峰?ばかなっ!巨峰は紫だろう!おかしかないか?
熟す前の巨峰の話か?いや、違う、これも、ゲーム内設定で「白い巨人」とか「白い巨乳」とか別のタイトルのをもじったんだよね?
やっぱり、そのまま出すのはやばいんじゃん。
「私は、猫が大好きなので、夏目漱石の「我輩は猫である」をお勧めします!」
んん?
こらー、だめでしょ、だめ!
夏目漱石とかそのままだしちゃ駄目でしょ!「我輩は犬である」とか言っておかないと、版権?著作権?何権かしらないけど、やばいって!コピーライトとかなんか知らないけど、必要になってくるやつでしょ?
……。
まてよ?
確か、大好きなBL同人誌作家さんが、何かに書いてた。
夏目漱石と正岡子規が同窓生だったとか知ったときには、興奮したー!とかなんとか。
同窓生ってすんごいアレよね、アレ(ぐふっ)。
文学界に名を残す二人が、同窓だったんだよ?お互いに切磋琢磨しながら、ほにゃほにゃほにゃっ!とかなんとか。
いっぱい妄想がラフイラスト付きで書いてあって、「へー、そうなんだ」と思ってちょこっと調べたことがあったなぁ。
うん、正岡子規の写真見た瞬間に「そうだ、私、3次元BL駄目な子だった」と思い出したけどね!
そのときに、同窓生ってマジですか?と思って調べた時に、1880年代に入学ってあったはず。正確な数字は忘れちゃったけど、生まれが、確か1860年代で……。
80歳まで生きたとして、1950年には死んでるだろうから、2000年には死後50年は経ってるはず。つまり、つまりだ……。
確か、著作権は作者死後50年ってのがあったはずだから、もう権利は消滅してるってこと?
だから、源氏物語と同様に、正岡子規も夏目漱石も、ゲーム内だけど問題なく語られてるってこと?
なんて細かい……。
ゲームクリエイターさん、ご苦労さまです。うん、一つの世界を作り上げるのも大変なんだね。
だけど、これではっきりしたよね?
この世界は、前世で権利が発生しているものについては、似ているけれど違うものになっている。
権利がないものに関しては、そのまま同じになっている。
……。どこまで同じ?
東京はある。言葉としての東京はあるのははっきりしてる。
じゃぁ、町並みは?どこまで同じなの?駅は同じ?お店は?
マクドーナルノとかケンオタッキーとかロッテリアンとか似たものが並んでるの?商標登録とかしてない小さな店は?
私の働いていた会社は?
有名じゃない、普通の人たちは?
私は?
私の知っている人たちは?
私の家族、みっきゅん、大好きな同人作家さんたち……。
どこまでそのまま同じで、どこからが別なの?
いつもご覧いただきありがとうございます。
前世日本とのリンクがどこまでなのかっていうのを出す、それだけが今の目標です。・・・・いつ、説明が終わるんだろう。
神様が、置手紙一つで放置したから……全部説明してくれれば早かったのに!




