恐怖のファンシーショップ1
黒髪に童顔の少年を先頭にカランっという音と共に二人の少年が入ってきた。
店主が椅子から立ち上がろうと腰を浮かしたのを金髪の少年が手で制する。
これはこの店ではよくあることなので、店主は頭を下げて椅子に座り直す。
「なんで俺までここに……」
黒髪の少年が嘆くような口調と共に金髪の少年に恨めしげな目を向ける。
「うむ、それはお前の感覚に任せると妹が喜ぶからだ」
店主は思春期を迎えた少年にはこういう可愛らしい店はつらいだろうなと同情するが、金髪の少年は気にした様子もなく店を見渡す。
「さあ妹に最高に可愛いぬいぐるみを選ぶのだ」 金髪の少年の宣言に黒髪の少年はがっくりと肩を落とす。
「可愛いのなんてないやんけ……」
黒髪の少年は近くにあったぬいぐるみを手にとりつつ呟く。
そのぬいぐるみはゴブリンであった。
ゴブリンのぬいぐるみは醜悪な笑みを浮かべ、目は濁り、口の端からは涎まで表現されている。
ちなみにこれは親が子によく送るぬいぐるみである。
女の子のベッドには必ずあるようなぬいぐるみである。
「それなら妹は沢山持ってるからな~」
金髪の少年の言葉に黒髪の少年は頬をひきつらせる。
一度だけ入った妹の遊び部屋という名のモンスターハウス。
この世界を理解する前なら、黒髪の少年はどっきりだと判断しただろう。
「そうですね……しかし、こういうお店の商品で持っていないのありましたか?」
「! そういえばないかも知れぬ」
黒髪の少年は金髪の少年に言葉を返しながら、なんでこんな世界なんだろうと若干落ち込む。
一般的な両親がいる普通の家庭を日本という平和な国で暮らしていた黒髪の少年は、飲酒運転による事故に巻き込まれて命を落とした。
そして、気付いたらエトワール国という国の代々王族の近衛を輩出する貴族に生まれた。
元々遺伝子がハイスペックなのか、転生した影響なのか……本人にも分からないが、黒髪の少年には才能があった。
それはこの世界が前世とは違い、魔法や魔物があることではなく、命の価値が軽いことでもなく、一部以外が前世と美醜逆転なことだった。 瞬く間に第三王子の守護役になり、第三王子である金髪の少年と仲の良い関係になった。
順風満帆に見える黒髪の少年だが、前世を持つ故にどうしても馴染めない事柄があった。
それは美的感覚の違いであった。
人物や動物もしくは、それを模した物に対しての美的感覚が前世と現世では、真逆であった。
人であれば、整った顔立ちは気持ち悪いとなり、逆に顔立ちが悪かったりすると綺麗やかわいいとなる。
それは黒髪の少年にとってはツラい日々の始まりだった。
幼児時代にプレゼントと寝ている間に等身大オーク人形に添い寝させられたり、枕をゴブリンに似せた枕に変えられたり、ゴブリンやオークを好かないことに疑問を覚えた両親にお祓いに教会に連れていかれたり……。
黒髪の少年は精神修行に似た日々を送り、まるでストレスを発散するかのように武術にのめり込んだ。
それ故に黒髪の少年は同年代では並ぶ者なしと言われ、老兵逹の才能よりも技術という生き残る術を叩きこまれて可愛がられている。
そんな彼に金髪の少年であるウィルジス王子は才能を見出だした。
それは、剣や武術などといった才能ではなく、黒髪の少年が嫌う物は万人に受け入れられ、万人が嫌う物を黒髪の少年が受け入れるという特殊な外交向けの才能であった。
その才能を伸ばすついでに妹が欲しがりそうなものを探すのが、ウィルジス王子の日課である。
妹の誕生日が近いので、ウィルジス王子は黒髪の少年を連れて、ファンシーショップに来たのだが、なかなかいいのがない。
「お客様、あちらの扉の向こうの商品はどうでしょうか?」
いつの間にか近付いていた店主にウィルジス王子と黒髪の少年はびくっと体を強張らせる。
店主は実は国に仕えていた凄腕の暗殺者だったのだが、ぬいぐるみが好きで暗殺者家業止めた猛者である。
ウィルジス王子がこの店に少ない護衛で入れるのも彼の存在が大きかったりする。
「あんた何者だよ……」
ウィルジス王子と店主の間に体を滑り込ませながら、黒髪の少年は問う。
剣の柄に手を付けることはしないが、いつでも動けるように体は臨戦状態に持っていっている。
警戒心を向ける黒髪の少年に威嚇するような笑顔を浮かべながら、ただの店主であると告げる。
黒髪の少年の警戒心が敵意に変わりそうになったところで、ウィルジス王子が黒髪の少年を止めて、店主の事情を説明する。
曰く、昼間の荒野であろうが、誰にも見られず暗殺を行える。
曰く、護衛に囲まれた敵国の将軍を暗殺した。
曰く、暗殺現場には必ずぬいぐるみが置かれている。
曰く、ぬいぐるみを渡すと命だけは助けてくれる。
曰く、暗殺者時代でもぬいぐるみを自作して市場で売っていた。
曰く、きぐるみを着て暗殺に及んでいた。
黒髪の少年はひきつった笑みを浮かべ思う。
このおっさん持って帰った方が姫様喜ぶのではなかろうかと……。
しかし、彼は知らないファンシーショップの名は伊達ではないと。
続く