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呪いのアイテムコレクターと災いの剣

警告タグは一応です。気楽に読んでください。

 ノシオプ村。

 地理としては辺境の地、としか言いようがない。

 四方に街や村は無く、通りかかる人も少ない。行商人がたまに来る程度。

 水は近くの川から組み上げるようだ。しかし、近くと行っても一番近いというだけで、かなりの距離があるらしい。

 雨が降りにくい地域らしく、毎日が水の足りない日々らしい。

 これらの情報からこの村に持つ印象は“乾いた村”だ。

 そんな村だが、少しだけ変わったところがある。

 まず一つに、村の中央に乾いた井戸があること。

 その井戸に毎日水を与える少女がいるということ。

 そして、井戸にまつわる伝承があるということ。


 井戸の中には災いの剣が眠っている。触れるべからず。




 OOO




「おい、あいつまたやってるぜ」

「気味の悪い。あんな事してなんの意味があるんだ」


 いつものようにお祈りを捧げ、手元のコップの中にある水一汲みを井戸の中へと入れる。

 この村において水は大切だ。ただでさえ立地が悪く、毎日が水の足りない日々。

 そのため、不吉な伝承の残る井戸に毎日貴重な水を入れる__他の村人からすれば捨てる__私は、村の中では嫌われ者であった。


「テティスよ」


 そう呼ばれ振り返る。

 テティス。テティス・ノーヘイト。

 それが私の名前だ。


「なんですか村長」


 振り返った先には結構な年をいっているであろう老人。この村の村長だ。

 村の人間が私に話しかけることは珍しく、村長ともなれば尚更だ。だから、なんとなく話の内容は予想出来た。


「水、でしょうか?」

「うむ。すまんのう。また減らさしてくれ」


 その言葉には確認すら無かった。

 私の母は数年前に既に逝った。つまり、私は現在一人暮らしだ。

 それを理由にここ最近は徐々に水を減らされつつある。

 水の量が減ったのではない。むしろ逆だ。若手が成長して来たから大人について行き水を運ぶ人間は増えている。

 だが、私には断ることなど出来ない。

 この水だってお情けで貰ってるようなものだ。もし逆らって大幅に減らされたら流石に死んでしまう。


「……はい」

「ありがとうのう」


 村長は申し訳そうにするでもなく、ただ、笑っていた。


 OOO


「はぁ……」


 時々、どうして私はここにいるのだろうと思う。

 日々水を井戸に入れ、そのせいで嫌われ、水を減らされ、誰にも望まれない人生を送っている。

 今の私を動かすものはノーヘイトが代々受け継いだ“水汲み”と、水汲みをするに至った経緯、そして母たちの思いだ。

 もはや一部の人間しか知らないこの村の“罪”。私は幼い頃から何度もその話を聞き、だからこそ数少ない村を出るチャンス、行商人について行くなどのそれらをふいにし、この村に残り続けた。

 もしこの感情を言葉に表すとしたら、意地、だと思う。

 私で何代目かの水汲み。私より前の代にも水汲みを続けるためにここに残り、自分の人生を自らの意思でこの村に縛り付けた者がいる。その者たちのことを思うと、自分だけが逃げるわけにはいかない、という気にもなるし、何よりここまで続けて何も報われないのは悲しすぎる。

 だからこの生活に別に不満は無い。

 しかし、村での待遇を思うとつい思ってしまうのだ。

 私はどうしてここにいるのだろう、と。


「さて、と。これからどうしよ……う?」


 この村は極端に娯楽が少ない。

 村人とのコミュニケーションも取れない私は一日の殆どを寝て過ごす。

 だが、それだけで満足できるほどこの年で枯れちゃいない。やはり触れ合いたい、遊びたい、という欲求は大きい。

 そんな時、殆ど日課になっている__日課というほど特別でも無いが__外の景色を眺めていると、少し遠くの方で“何か”が倒れていた。

 …………人?


「……!」


 そう気付いた時、私はそこから走り出していた。


「大丈夫ですか! 大丈夫ですか!」


 予想通り、倒れていたのは人だった。

 私と同世代ぐらいの少年で、黒で統一された服装だった。さらに特段寒いわけでもない日にマントを付けているのには違和感を覚える。旅人だろうか?


「……み」

「意識があるんですね!」


 返答があったことに喜び、相手の言葉に耳を傾ける。


「…………水…………」

「……」


 それは今現在、村でも問題視されているものだった。


 OOO


「いやー助かったお嬢さん。あんたは命の恩人だ」

「あなたは私を崖っぷちに追い込みましたけどね」


 大事な水が……。


「危うく死にかけたぜ全く」

「旅人なら水ぐらい持ってください」


 危機管理がなっていない。


「旅人……? ……ああ、そうか。俺は旅人じゃねえぜ」

「違うんですか?」

「この村にゃある目的でな」


 村に? しかも途中じゃなくここに?

 ……変人か。


「何考えてる……聞かなくてもわかりそうだが」

「言っておきますけど、この村にあなたの望むような者はありませんよ。というか、ここが目的地なら水ぐらい持ってきてください」


 ちらっと少年の荷物を見るが、小さなボロボロのポーチ一つだけで他に何も持っていない。あれではボトル一本入るかも怪しい。

 本当に何しに来たんだろうか。


「“災いの剣”」

「っ!?」


 それは村の罪の象徴にして、その存在を知る者は村の中でも殆どいないものだ。殆どの村人が噂の産物だと考えている。

 こんな辺境の村の伝承など外に出回る筈が無いと思っていたのに……。

 少年を見ると、少年は不敵な笑みを浮かべこちらを見ていた。


「どうやらあるみたいだな」

「……私は直接目で見たことは無いけどね」

「まあそこは自分で調べるよ。なあ、世話ついでにどっか宿とか知らない?」


 どうやら帰るつもりは無いらしい。

 しかしこの少年は災いの剣を手に入れようとしているのだろうか。どうやって? そもそも不可能では? というか何の目的で?

 知りたいことはたくさんある。が、なんとなく教えて教えてって言うのには抵抗があるし失礼な気もして出かかっていた言葉をしまい、代わりに質問への答えを教えた。


「無い」

「……なんと?」

「この村に宿は無いわ。人も殆ど来ないし、そもそも家を建てるだけの木材やそれを仕入れるだけのお金、何より職人がいないもの。稀に通りかかる行商人に生活必需品だけを手に入れて後は農業でも営むだけ。長い時間の流れに身を任せ、緩やかな消滅を待つのみよ」


 私がそう言うと、流石に予想外だったのか口を開けて固まっていた。


「なんでそんな驚くのよ。こんな辺鄙(へんぴ)な村に来るなんて物好きなら事前調査ぐらいしてんじゃないの?」

「……あ? ああ、したにはしたんだけど村の方まで手が回らなかったっつーか、災いの剣のみに集中し過ぎてたっつーか……あー、いや、マジかー」

「そこまで困られると私もあなたの扱いに困るのだけれど」


 この村は旅人が来るのをあまり好まない。貴重な水が持って行かれるかもしれないからだ。

 それは私も例外ではない。水不足は流石にやばい。料理にも使ったりするし生活のいたるところで使う以上下手に減らせない。

 この人の扱いはどうするべきか。


「んー、水ってここはどうしてんだ?」

「朝に汲みにいくのよ。と言っても、毎日ってわけじゃない。この村はさっきも言ったとおり緩やかな消滅を待つ村だから、みんな生き残るために必死に畑や田んぼを耕してるわ」

「ふーん。まあいいけど。じゃあ水の場所だけ教えてくんね?」

「言っとくけど遠いわよ? それにここに来たのは初めてなのよね。ここの地理が無い人がどうやって」

「それはこいつを見てからにしてもらおうか」


 少年は不敵に笑うと、ボロボロのポーチに手を突っ込むと大きな紙を取り出した。


「……地図?」


 それには細かな地形や方位、尺度などが描かれて一目で地図と分かった。

 それがどうしたのか。そう思って地図を見ていると、目を疑った。

 これは、この土地の地図だ。

 もしや首都にはこんな土地の地図を描くような趣味人でもいるのだろうか。いや、仕事? でもいつ。この村に地図を描くために滞在したような人の覚えは無い。

 過去の? その割りには神が新し過ぎる。いや、紙なら新しくすればいいが、この地図には地元の人にしかわからないようなスポットも幾つか描かれている。

 どういうこと?


「これは俺が描いた」

「……は?」


 目の前の少年が?


「嘘でしょう? あなたは今日来たのが初めてなのに、こんな村に住む地元民しかわからないようなとこも描かれてる地図を……」

「気が向いたらタネを教えてやるよ。そもそも俺が水無いのも、この地図にゃ水が手に入りそうな場所がねーから、どうにかして水を手に入れてるだろうからそれにあやかろうと思っただけだ」

「なんて図々しい……」

「宿は……まあ外でも大丈夫か」

「テントでも持ってるの?」


 普通に考えればこの少年がどこの街から来ようとも、馬車を使っても二日三日かかるのだ。長距離移動するならテントは必要なはず。

 そう思ったのだが、


「んにゃ。無い」

「……は?」

「別に大丈夫だしなー。雨風に当てられようとどうとでも出来るし」


 少年は何でもない風に言う。

 今までもそういうことがあったのか、その言葉には説得力を感じた。

 だが、そういう問題では無い。


「ば、バカですか!」

「うわ! 急になんだよ」

「テントも何もなく野宿とかバカですかって言ってるんです!」

「なに急に感情的なってんだよ……。しょうがないだろ泊まる場所ねーなら」

「じゃあここに泊まればいいです」

「…………お前、自分がなに言ってるかわかってる?」

「どうせあなたは災いの剣を手に入れるまでしかいないのでしょう? なら別にいいですよ」

「あのなぁ……簡単に異性を招き入れんなよ。俺は大丈夫だっつーの」

「あなたが大丈夫か大丈夫じゃないかは問題じゃないです。人間としての在り方の問題です。水の場所は教えます。とにかく、テントも何も無いような少年を外に置いとくことはできません」

「同じぐらいだろうに」

「だからこそです」

「……わかったよ」


 少年は諦めたように言うと、頭をガリガリしながらため息をついた。


「こんな奴いるなんてなー……地図見てもわかんないしなんなこと。お嬢さん。名前は?」


 ここまで話していて、自分たちがなに一つ自己紹介してないことを思い出した。


「テティス・ノーヘイト」

「テティス、ね。覚えたよ。俺の名はカインだ。お言葉に甘えて世話になる。


 OOO


 その日、水の場所を教えるもカインは何一つ水を入れておく物が無さそうだったため、ビンでも渡そうかと思ったが断られた。

 いや、手段があるならいいのだが、どうも水を補給できる物があるようには見えない。

 帰って来てからも結局手ぶらだった。

 まあ干渉し過ぎるのもよくないかと思ったから何も言わなかったけど、やはりカインはどこか変だ。そしてそれ以上に不思議だった。


「ねえカイン。あなたは災いの剣をどうする気なの?」


 ずっと疑問だったことだ。

 そもそも存在してるかも怪しい物を探しに来るなんてどうかしてるとしか思えない。


「貰って行く」

「……まあ村としては願ったり叶ったりかもしれな……あ、いや。村長が許さないか」


 村長は村の罪を知る少ない人間の一人。

 そんな人が、災いの剣の持ち出しを許すわけがない。


「わざわざ災いをそのままにしてほしいとか、物好きな連中だな」

「それ。あなたには一番言われたくないと思う」

「失礼な。俺はちゃんとした理由、目的があって行動してるというのに」

「どんな目的よ……」

「気が向いたら教えるかもな」

「またそれ? それ、絶対教える気が無い人が言うセリフよ」

「俺は気分屋なんだよ」

「そう……」


 言及はそこで終わる。

 相手に言う気が無いならしょうがない。どうせカインとは少しの間の付き合いなのだから。


「外、暗くなってきたわね」

「ああ、マジか。やっぱ一回水汲みに行くのに数時間はキッツイなー」

「ご飯作るわね」

「俺はいいよ。非常食あるから」

「あらそう。良かった」


 これで自分の分だけの食料の消費で済む。


「おい」

「え、なに?」

「いや、「え、なに?」じゃねえよ。家には泊めといて飯はやらんてなにその中途半端な優しさ」

「非常食あるんじゃないの?」

「いやあるけどさ……」


 家には泊めてあげられてもどこまでの面倒は見られない。

 うちの食糧問題も悟ってほしい。


「じゃあいらないさね」

「……おう」


 なぜか釈然としない表情で返事をする少年。

 何がいけなかっただろう?

 その後は風呂に入って寝たのだが、風呂上がりでついつい一人暮らしの癖で下着のみで出てしまったのだが、その時カインは思いっきり真っ赤になって慌てて面白かった。

 そして羞恥を感じなかった私は女として終わっているのかもしれないと思った。


 OOO


 朝起きると近くにはカインが眠っていた。

 自分で泊まらせたとはいえ、奇妙な感覚だ。自分の家に自分以外の誰かがいるのは。


「…… んーっしょ」


 伸びをして眠気を散らす。

 さあ、一日の始まりだ。

 いつも通り水汲みをやっておこう。

 コップ一杯の水を汲み、そのまま外へと出た。

 扉の向こうにはすでに村人の目線がある。畑仕事に農作業があるため村人の朝は早い。

 ひんやりとした朝の空気に粘りつくような悪意。何年浴びせられようと、これだけは慣れない。


「やあテティス。今日も飽きずに水汲みかい?」

「俺たちが苦労して汲んできた水をご苦労なこった」

「ええ、ごめんなさい。いつも感謝してるわ」


 これぐらいの嫌味、受け流せなきゃとっくの昔に引きこもっている。

 ノーヘイト家の人間は代々図太い神経をこうやって作っている。


「感謝してるんなら捨てないで欲しいよなー」

「なー」


 そして二人は笑いながら遠ざかって行った。


「……はぁ」

「何やってんの?」

「ひゃう!?」

「……」

「な、なんだカインか……なに笑ってんの?」

「……い、いやだって……ひゃうって、ひゃうってお前……ぷっ」

「……」


 心を無にしていつも通りの祈りをする。

 黙祷を捧げ、コップの中の水を井戸へ。


「……」

「なに?」


 どうせこいつも、おかしな行為だと言うのだろう。

 いつものことだ。

 期待するのはもうやめた。

 だが、彼の取った行動は全く違った。


「そうか。お前が水汲みか。だから剣は……」

「?」


 何のことだがさっぱりだ。

 聞こうとすると、その前に彼はポーチから年代物のお酒と見られる瓶を取り出し……ん?

 今軽く物理法則無視してなかった? 酒瓶ってポーチに入るもんだっけ?

 そんなことを考えていると、彼は瓶のコルクを抜き、躊躇なく酒を井戸の中に注いだ。


「な、何を!?」

「うん? アクエリアスの好きな酒を持ってきて注いでやってるだけだ。おかしかないだろ」


 おかしいよ! と声を大にして叫びたかったが、それ以上に気になってしまう単語があった。


「あ、“アクエリアス”……? なんで、あなたが」

「言ったろ。事前調査はしたって」


 アクエリアスとは災いの剣の持ち主の名前だった。

 しかし、例え知っててもここの剣の持ち主がなぜそうだと言い切れるのか。

 この村の罪は外には出ていないはずなのだ。

 事情を知ることなどできないはず。

 なのに、なぜ。


「……あなた。何者なの?」


 そう言うと、彼は困ったように頭をかき、そして「まあいいや」と言いながらこちらを向く。


「そんじゃもう一回自己紹介だ。俺の名はカイン。通りすがりの呪いのアイテムコレクターだ。よろしく」

「…………………………は?」


 OOO


 呪いには2種類あるらしい。

 一つは理性的な呪い。

 いわゆる魔法なのだが、その内容があまりにも非人道であるがゆえに禁忌にされてしまったものを呪いというらしい。

 主なものと言えば、眠りから覚めぬ呪いや、徐々に命を削られて行く呪いなどだ。

 しかしこの呪いは解呪方法があり、しかも解呪すると反動で術者に呪いの内容が跳ね返されてしまうのだとか。

 人を呪わば穴二つ。

 そういうことらしい。

 もう一つは感情的な呪い。

 これは強い負の感情がものに移った時に、性能さえも変質させてしまうことらしい。

 何よりも、その性能の変質は感情の内容によって変わるということだ。

 人を殺したいという感情が乗り移った剣なら、持つだけで殺人衝動が湧き上がる。

 最愛の人が死んだ事による悲しみが乗り移った服なら、それを着ただけで同じだけの悲しみが襲い狂ってしまう。

 さらにポイントとなるのが、強い負の感情というのが正の感情からも時として発生するらしい。

 過ぎた正義で些細なことでも許せなくなる。

 過ぎた愛情で自分以外を見る相手に怒りが湧く。

 過ぎた優しさでどんなことも躊躇なくしてしまう。

 人の感情は裏と表で紙一重。

 どんな感情が呪いになるのか、それは誰にもわからない。だからこそ呪いになってしまうのだとか。

 ……という説明を聞いた。


「そんで、俺が主に集めてるのが感情的な呪いの方。呪いによって歪んだアイテムっつーわけだ」

「……いやいやいや。危険過ぎるでしょう。えっと、つまりこの村に眠ってる災いの剣が呪いのアイテムっていうわけよね」

「多分な」

「多分って……」

「通常呪いってのはあるだけで周りに影響を及ぼすからな。俺の勘だと当時アクエリアスが使ってた剣は“聖水の剣”。魔力を水に変換する剣だ。それが変質したっつーなら、解毒出来ない毒水を生み出すとかそんな感じだ。……多分」

「いや、だから多分てあなた」


 確証は無いんですか。


「いやーさー。この村をざっと調べたけど」

「いやちょっと待ちなさい。いつ調べたのよ」

「深夜。皆が寝静まってからだな」

「……そう」

「話続けるぜ。調べた結果、この村からは特に異常を感じられなかった。つまり呪いが作用してない」


 作用してない?

 そんなはずは無い。

 何故なら、この村はそれだけのことをしてしまっている。

 いや、呪いの基準がわからないから絶対とは言えないか。

 ……んー?


「まあそこらへんの見当もついてんだけどな」

「そうなの?」

「企業秘密だ」

「ちぇ」


 流石に何でもかんでもは教えてくれないか。


「……でも、大丈夫なの?」

「何がだ」

「呪いよ。だって、呪われるんでしょ? なんでわざわざそんな危険なものを……」


 アイテムコレクターならもっと普通のアイテムがあるでしょうに……。


「そりゃお前、俺にゃ呪いが効かねえからだよ」

「はいはい……はい?」


 なんて?


「効かねえんだよ。呪い」

「……いやいや。流石に嘘でしょう」

「嘘って言われても、俺、すでに身につけてるしなあ……」

「は!? み、身につけ……!?」


 私は全力でカインから距離をとった。


「俺がつけてりゃ無効化されるから大丈夫だよ」

「さっきの説明聞いて大丈夫って思えるわけないでしょ!」


 どれだ!

 どれが呪いのアイテムだ!


「まあまあ大丈夫だって」

「それがその呪いのアイテムなのよ!」

「ん? このポーチとマント」


 ……。

 拍子抜け、というか、なんだろう。

 逆に、「あー、だから寒くも無いのにマントをつけて、そしてボロボロのポーチを使ってるんだー」って感じで疑問が氷解する勢いだ。


「どんな効果なの?」

「そうだな。とりあえずこの“パンドラポーチ”なんだが、これかなり便利でな。なんと! 容量無限! 重量も無くしてくれて、どんな大きい物でも重たい物でも持ち運びが楽になる優れもんだ!」

「す、すごっ」


 なんだその夢のポーチ。

 私も欲しい。


「……とても便利ね」

「しかし、これはとんだ曰く付きでな……」


 そしてカインは語り始めた。

 このポーチの持ち主は何の変哲もない女性だったらしい。

 山無く谷無く平々凡々な人生を送っていた。

 女性は恋がしたかった。しかし相手がいない。自分から動きもない。

 積極的に動くでも無く、あくまで受け身のていで日々を過ごしていた。

 そんな女性に運命の転機が訪れる。

 こんな自分に目を向けてくれる相手がいたのだ。

 大いに喜んだ。それからというもの、毎日がとても輝いて見えた。

 付き合い始めてから初の自分の誕生日。

 プレゼントはオシャレなポーチだ。

 大事にしようと女性は決めた。彼と出かける時は絶対にそのポーチをつけた。

 しかし、幸せは続かず、彼は他の女に乗り換えた。

 女性としては、こんな自分に目を向けてくれたこと自体が奇跡。なら、受け入れるしかない。

 そう心に決め込み、唯一の優しい思い出であるポーチだけを大切にしていく。

  だが、一度人生の絶頂とも言える時期を味わってしまった女性の心は、日々が過ぎて行くうちに少しずつ、少しずつ狂って行く。

 女性自身が気づかぬうちに、その狂いは戻れぬとこまできていた。

 ポーチをつけていると、彼が近くにいるようだった。

 最初はそれだけで良かった。

 しかし、彼がいない。

 その事実は女性を物足りなくさせ、ついに堕とした。

 彼がいないのなら、彼を常に持ち運べばいい。彼を常に近くに置いておけばいい。

 そうして生まれたのが容量無限のパンドラポーチ。

 女性が愛した彼の遺体は、時代が過ぎた今でもポーチの中にあるらしい。

 しかし、それを取り出すことは一生出来ない。


「……と、言うわけ」

「……えー、これどう反応すればいいの?」


 素直に怖い。

 純粋に怖くて逆に反応に困る。


「そんで、これの呪いは“想い人を狂おしいほどに__いや、狂いながら愛し、そして心のバランスが壊れてしまう。そうなった者たちの末路と言えば、想い人をパンドラポーチの中に入れ忽然(こつぜん)と姿を消すんだ。つまり、このポーチの中にゃ大量の死体が」

「もういい!」

「……マントの方は」

「長い?」

「同じくらい」

「なら、いい」


 とりあえず呪いが凄くやばいのは理解した。


「……あなた、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だって」

「そうかもしれないけど、たった一度しかない人生、そんなよくわからない物の為に生きていいの?」

「何言ってんだ。よくわからないからこそだろ?」

「よく、わからないから?」


 私にはカインが言ったことの意味がわからなかった。

 未知の物は怖く、私なら近づこうとさえ思わないからだ。

 しかし、カインは語る。


「だってよ。なんかワクワクしないか?

 この世界の現象は殆どが解明されちまった。今や、本気で調べればわからないことなんてまず無いだろうよ。

 だけどよ、そんな中でまだ解明されずに残ってる物があるんってんだから“知りたい”と思うのは普通じゃないか?

 元々人間ってのはそういう生き物なんだよ。他の生物には無い高度な知能を持ち、本能だけでなく理性があり、柔軟な思考を持っているんだ。力があれば使いたいと思うのと同じで、知能があるから考えたいと思うのは普通で、わからないことをわかろうとするのもまた普通なんだ。

 俺は知りたいんだよ。なんで俺には呪いが効かないのか。どうして呪いなんてものが生まれちまったのか。

 人一人の人生なんてたかが知れてるなんて最初から諦めて、この問題の解明を他の誰かに引き継ごうだなんて絶対に嫌だ。

 俺はお前の言うよくわからないものを、この短い一生で自分の力で突き詰めていきたいんだ」

「……」


 カインの話につい聞き入ってしまった。

 私はそんなこと、考えたこともなかったか。

 カインは照れたように笑っていた。


「あー、気にしないでくれ。俺、まあ笑われるかもだけど結構本気なんだ」

「……笑わないよ」


 凄い、と思った。

 自分なんか、ただずっとここで暮らすと思っていたたから。


「笑わない」


 羨ましいとさえ思った。


「凄いね。カインは」

「お前だってまだわからねえぜ」


 カインはニヤッと笑う。

 よく笑うやつだ。


「なんだって、剣は俺が貰っていくからな。お前もお役御免だ。そうなれば後は自由。知ってるか? 一歩外に出ればこんな村が砂粒に見えるくらい大きいものが外にはぞろぞろあるんだ。こんなとこで燻ってる暇なんてねーぞ」


 カインはまるで、今まで自分が体験したことを思い出すように、私が知らない世界を見るように、話した。


「お前はまだ何も知らないんだ。世界にはたくさんの物が溢れてる。諦めて、ここでいいや、なんて思うにはお前はまだ世界を知らな過ぎる。もっともっと足掻いて、いろんな物を見て行けば、きっとお前が望む物だって手に入るんだ! ……多分!」

「また多分……断言しなさいよ」


 苦笑しか出ない。

 だけど、そんな夢もいいのかもしれない。


「そっかぁ……私も見てみたいな」

「見れるさ。きっと」

「今度はきっと。断言できないの?」

「思わせぶりなのは癖なんだ」

「変なの」


 また笑顔になれた。

 こんなに笑えたのは久しぶりな気がする。

 もし、もしもだけど。

 彼の隣でこの広い世界を周れたら、きっと面白いだろう。

 心の底から、そう思えた。


 OOO


「お、おい。村にやってきた奴いるだろ?」

「ああ、テティスのとこに泊まってる奴だろ? そいつがどうした」

「いやさあ、どうやらそいつは災いの剣目当てに来たんだってよ」

「災いの剣、ね。そんなのホントにあんのかよ」

「いや、よくわかんねーけど多分あるぜ。なんせ、テティスとの会話聞いちまったからな」

「どんな?」

「災いの剣は水を生み出すんだってよ」

「っ! それホントか!」

「しっ! 声でかい」

「あ、悪い。……いや、しかし。それが本当ならなんで災いの剣とか呼ばれてんだ?」

「さあな。喜んでそれどころじゃなかった。……だけどよ、もし、もしもだぜ? 俺たちでその剣を抜いて、災いでもなんでもねーことがわかったら」

「凄えな……あ、いやしかし、本当に大丈夫なのか?」

「まあ、呪いとか言ってたけど」

「やべえじゃねーか!」

「でも大丈夫だって。呪いつったってこの村、別に酷い目にあったことねーぜ?」

「……たしかに」

「じゃあ、明日の朝に」

「……わかったよ」

「よっしゃ! これで朝の水補給ともおさらばだ!」

「そうだな。これで村が救えるなら万々歳だ」


 OOO


 事件は唐突だった。

 鼻が曲がるほどの腐臭。

 変色する土。

 そして、耳が割れそうになる程の悲鳴が朝一番で村に響き渡る。


「な、なに!?」

「っ、まさか」


 心当たりがあるのか、カインはすぐに村の中央__井戸へと走る。

 慌てて私も追いかけた。その途中で、カインが井戸の方向に走ると言うことは、誰かが災いの剣を引き抜いたのでは無いか、という思考に至った。


「カイン! まさか剣が!」

「……人の感情はすぐに変わる」


 こんな時になに! と叫びたくなるが、ぐっと堪える。

 こんな時だからこそ、カインは何かを伝えようとしているのかもしれない。


「どんなに面白くてもずっと同じ物を見ていれば飽きる。最初の感情が大きければ大きいほど、燃え尽きるのは早い。

 この村もそうだ。村の罪を隠し、罪悪感を忘れ、のうのうと生きている。だけど、それだけならいい。

 だが、この村はついに恐れさえも忘れた。だから恐れを知らず災いに触れた。

 もし変わらない感情があるなら、それはきっと呪いなのだろう。呪いは形を残し永遠の時に残る。

 この村の連中はもう一度思い知らなきゃならないんだ。それが呪いと生きる俺の使命だ」

「カイン……」


 なんとなく、わかった。

 一人の旅人を死に追いやり、その罪を隠匿し、そして今、愚かにも罪を忘れ剣への恐怖を無くしてしまったこの村を彼は、


 __見捨てるつもりなのだ。


「お前も考えとけよ」

「……っ」


 この村にはなんの愛情も無い。

 きっとカインは頼めば私を外に連れて行ってくれる。

 でも、それでいいの?

 心の奥にある“何か”が引っかかる。

 こんな村、お母さんたちが生きた証の剣が無ければ、すぐにでも捨てさっていたのに、今ではなぜか複雑な気持ちが強くある。


「見えたぞ!」

「あ!」


 私の結論を待たず、村の中央へとついた。

 そこには、一面血の色で染まった大地と、全身が赤く染まった人間。

 そして、その人間が手に持つ赤い水を噴水のように撒く剣があった。


 OOO


「バカ野郎が!」


 私は本能的に赤い水は危険だと判断し、体に急ブレーキがかかる。

 しかしカインはその逆で、さらに加速した。


「カイン!」


 その水はやばい、と言おうとした。

 しかしカインの目が「大丈夫だ」と言ってる……気がした。

 カインが赤い水を浴びる。


「っ!」

「ぅ……ぁああああああ!」


 浴びた瞬間、悲鳴をあげそうになったけど、カインの雄叫びを聞いて目を凝らす。

 カインは剣まで辿り着いていた。

 よかった!


「このバカ野郎! 剣を離せ!」

「……り、だ。はな……ない」

「……ああもう! 荒っぽく行くぞ! “絶対正義の証”!」


 カインが叫ぶと、カインが着ていたマントから魔力が溢れ、カインを包み込んで行く。


「うっらぁああああ!」

『は!?』


 これには私のみならず、村人全員が声をあげた。

 カインが“刀身”を掴んで“剣を持った人間ごと”持ち上げた!

 というか思いっきり赤い水浴びてるけどいいの!?


「ぶん回す……ってしてえけど水が飛び散るな。少し痛えぞ!」


 そして、カインは刀身を掴んだまま、振り落とした。

 __地面にめり込んだ。


「がぁっ!?」


 あー……痛そう。

 体から痛みのせいで力が抜けたのか、ゆっくりと剣から手が離される。

 というか、今の一撃で体のところどころの骨、折れたよね?

 って、そんなことはどうでもいいんだ!


「カイン! 水が!」

「お前らは触れるなよ。今止める」


 村人は全員赤い水から距離を取る。

 少しして、ようやく赤い水は収まった。


 OOO


「お願いします聖人様! どうか、どうかお慈悲を!」

「村を救ってください!」

「毒に犯された者もいるのです!」

「助けてください! お願いします!」

「……」


 現在、村では私が見てきた中で最も大きな騒ぎが起きていた。

 カインを中心に人だかりができ、逃がすまいととにかく全員でお願いしているのだ。

 私は少し離れた場所でそれを見ていた。

 ……というか、誰も呪いにかかった二人の心配しないんですね。


「……村長。聞きたいことがある」

「なんでしょうか! 私に答えれることならなんでも」

「お前は“この村の罪”を知っている方?」

「っ!」


 村長がこちらを思い切り睨んだ。

 いやいやいや、私教えてませんから。


「教えろ村長」


 カインがドスを効かせた声で脅していた。

 それに怯んだのか、村人たちから村長に追求の手が伸びる。


「村長! どうなんだ!」

「なんなんだ村の罪って!」

「村長! 村がかかってるんだ」

「うぐぐ……」


 ……あっちはカインに任せてていいかも。

 私は私の仕事をしよう。

 別に誰かに任せれたり命令されたりされたわけじゃないけれど。

 私は家から水をもってっきて、倒れてる二人のところまで持っていく。


「大丈夫ですか」

「……て、テティス、か。……はは、お前に……助けられるとはな」

「バ、カなこと……した…………もんだ」

「静かにしててください」


 私は一人ずつ相手の体を起こし水を飲まして行く。

 水を飲ましたおかげか、少し落ち着いてきたようだ。

 ……しかし、衰弱してる。カインの予想が正しいならこれは赤い水のせいで、そして解毒方法が無い。

 ……私はカインが剣を持って行けば自由の身だ。

 元々この村、村人含めて愛着も愛想も無い。

 だけど、助けたいと思った。


「……どうして、俺たちを助ける」

「今まで、酷い目に合わしてきたのに」

「……そうね」


 感情では、見捨ててしまえ、と思う。別に私は聖人じゃないのだ。

 自分でもわからない。

 ただ、助けなきゃと思ったのだ。

 もしかしたら、惨めに感じたのかもしれない。

 あの時、カインがこの場を抑えた時、村人がこの二人に送った目線は心配でも同情でもなく、バカな事をやった者への蔑む目だ。

 今まで一緒に暮らしてきた者たちからその目を向けられた時点で彼らの立場は私と同じか、それ以下になった。

 だから、それを惨めに思ったのかもしれない。


「かわいそう、だったから」

「……お前にそう言われたら、終わりだな」

「違いねえ。……ごふっ! げほ、へほ」

「大丈夫ですか!」


 二人が突然咳を始め、口からは血が溢れる。

 毒……この二人は最も近い位置で赤い水を大量に浴びたのだ。もしかしたら、もうあまり時間が無いのかもしれない。

 ……。


「行かなきゃ」

「……おか、しな奴だ。俺たちを助ける気か?」

「……そうね」


 私はカインを家に迎えた時のことを思い出していた。

 あの時も、家に水の余裕も無ければ見ず知らず、しかも異性で年も近い人を招き入れるというバカな事をした。

 その時、私はこう言ったはず。


「これは、人間としての在り方の問題よ」


 OOO


 人だかりはヒートアップしていた。

 ……だいたい想像はつくけどね。

 あの時のカインのセリフを聞けば、見捨てる事は容易に想像できる。

 だけど、私はそれを曲げてもらうためにここにいる。


「悪いが俺はこの村を救う気にはなれない。じゃあな」

「聖人様!」


 カインの荷物は全部ポーチの中だし、もうこのまま帰れちゃうんだよね。

 帰られる前に、人だかりの中を進み、抜けたところで声を上げた。


「カイン!」

「……テティス。お前もふざけた事を()かすきか?」

「まあ、そうね」


 昨日までの優しさは無く、即座に敵認識したのか目を細めこちらに敵意を向けてきた。

 流石に傷つくなー。


「お前はこの村に、もう愛着なんぞ無いと思ってたがな」

「自分でもそうだし、今でもそうだよ」

「ほう、じゃあなんでだ?」


 ……。


「自分でもわかんない」

「……帰る」

「ああ! 今の無し無し!」


 危ないところだった。


「お前、自分の気持ちもわからないのに来たのかよ」


 呆れられてしまった。

 しょうがないじゃない。というか、理性の生き物であり人間が深く考えないで出した答えなんて、本心じゃ無いことの方が殆どじゃないか。


「皆! 本心をなんとかしてひねくり出すから時間稼いで!」

『なんじゃそりゃ!』


 村人総出のツッコミである。

 酷い。こちらは真面目なのに。


「……おいおい。本気か? 今までお前を迫害してた奴らと協力すんのかよ」

「事態が事態だからね。しょうがないね」


 自分の中にある、心の奥の引っかかり。

 これがわからないとスッキリしない。

 そして、これが何なのか見極めるにはこれが最後のチャンスなのだ。

 このまま終わらせるわけにはいかない。


「テティス。お前だって知ってんだろ。この村の罪を」

「……そうね。母から教えてもらったわ。知ってたからこそ、私は水汲みをし続けたのよ」

「なら、もういいだろ。お前が執着してた剣は貰っていく。お前はもう自由だろ。こんな村にいる理由もねえ。助ける理由もねえ」

「……そうね」

「テティス!」


 突然後ろから叫ばれる。

 え、なに?


「き、キサマ! 何を説得されとる! 説得せんか!」

「いやだって別にこの村がどうなろうが私にはどうでもいいですもん」


 カインの言い分が正しいよ? うん。


「それに、こんな村滅べばいいんですよ」

「なにを」

「自らの欲の為に各地を助けて回っていた当時、それこそ本当に聖人と呼ばれた人を殺め、それを隠蔽したこの村に、なんの価値があるんですか?」


 母から伝え聞いていた。

 今も昔も水不足に悩まされていたノシオプ村に現れたアクエリアスという人物。彼が持っていた剣は水を生み出す効果があった。

 もちろん喉から手が出るほど欲しい。

 じゃあどうするか?

 村にいてくれるよう頼んだ。

 村の娘もやるといった。

 しかし彼は旅に生きる者。そうでなくとも魅力の無いこの村に住み着くはずもない。

 だから、殺して奪い取った。

 隠すように剣を乾いた井戸に隠した。

 死体もまた離れた場所に埋めた。

 それからしばらくの間は剣も正常に機能し、村も助かった、

 しかし、災いはすぐに起こった。

 水は毒水となり、畑や田んぼも枯れて行く。

 すぐに剣を深く、深く埋めた。

 そして村人たちは災いの剣という伝承を作った。

 災いは少しして収まったらしいが、同時期に水汲みが始まり、村人も剣には触れないようにした。

 これが、この村の罪。


「なら、ならばなぜ主はこの村を助けようとする!?」


 村長が私を見る目は、完全に理解できないものを見る、理解できなくて恐怖している目だった。


「テティス」

「……なに。カイン」

「俺は待つのは好きじゃない。だから、残念ながら最後の問いだ。お前の答えはなんだ。なぜこの村を、そいつらを助けようとする」


 カインの目は敵意に溢れたまんまだ。

 村長は恐怖の目だ。

 村人たちも異物を見るような目だ。

 この状況において、私は完全に孤立している。

 じゃあ、それでもなお私が助けたいと思う理由はなんだろう。


「テティス。お前が本気で助けたいと思ってるなら、答えはもう出てる。あとは、気付くか思い出すか、だ」


 今のは、カイン?

 私の中に、もう答えが出てる?

 頭の奥で共鳴するように何かが疼き始める。

 私がこの村を、村人たちを助けたいのはあくまでも私個人のもの。恩とかそういうのじゃない、もっと独りよがりなものだ。何故なら、村人たちから引かれてるこの状況でも私の思いは揺るがないから。

 じゃあ、答えは実はもっと簡単な、ところにあるはずだ。

 灯台下暗し。

 私は何故この村に残っている?

 私はなぜ水を井戸に、剣に与え続けていた?

 私は何を望んでいた?


「答えは、出たか」

「……はい」


 ……きっとこれが、答えなんだ。


「私の答えは、意地、です」

「意地?」

「はい」

「こ、こらテティス! もっとマシな答えは」

「テメエは黙ってろ」

「ひぃっ!?」


 うわ、村長弱。

 そしてカイン怖。

 でも、ここで引くわけにはいかない。


「……私の家系、ノーヘイトの家系は代々水を汲み続けてきました。

 自分のやってしまったことへの罪悪感からの罪滅ぼし。そしてただの自己満足。

 意味がないとわかっていても、私の母を含めた先祖たちは皆、その頭で考え、自身の意思でこの村に残り、水汲みを続けてきました。その人たちがその剣に捧げた人生は、全て含めればそれなりの年数になるはずです。

 いつか、本当の意味で許されるその時がくることを心から信じ、懺悔し、この村に自らの生を縛り付けた先代たち……その思いがこんな終わり方なんて、悔しいじゃないですか。

 自業自得だと言われても、村の罪とは全く関係ないはずの世代の人たちだって水汲みをしているのです。

 その人たちの行いでさえ否定されるなんて、悲しいじゃないですか。

 だったら、せめて一回くらい、無駄じゃ無かったと思えるような何かがあってもいいじゃないですか」


 私のおお母さんは優しかった。

 村人たちに辛く接され続けても、めげず、曲がらず、折られず、ひたすらに真っ直ぐに生き続けた。

 そんな人の生まで、否定されたくない。


「その剣がこの村を恨むと言うなら、私の身一つぐらいなら渡せます。たった一度でいい。この村を、村人たちを救い、無駄ではなかったんだと先代たちに伝えたいんです。カイン。お願いします」


 私は頭を下げる。

 見えはしないけど、カインが近づいてくるのはわかった。


「お前の身一つぐらいなら渡せる? 言葉の意味、わかってんのか」

「もちろん」

「……本気、か」

「もちろん」

「……そうか」


 するとカインは、災いの剣を私に見せる。


「テティス」

「はい」

「お前がやれ」

「はい?」

「変わらない感情があるとすればそれは呪いだけつったろ。この剣には、感情がある。変わらない感情を変えれるとしたら、それこそ呪い自身。だから、お前の思いをその剣に伝えてみろ」

「え、触っても大丈夫なんですか?」

「“お前なら”大丈夫だ」


 そう言ってカインは剣を投げてきて、私は咄嗟に剣を受け取ってしまった。


「っ!」


 まずい、と思って体を強張らせる。

 ……。

 しかし、何も起こらない。


「テティス。大丈夫だ」


 カインは私に優しくそう言ってくれた。

 そして、剣も不思議と怖く感じなくなった。


「……うん」


 そう、私は伝えるだけ。

 私の本心(おもい)を。

 さっき伝えたことを。

 すると、不思議な変化が起こった。

 剣が、輝き始めた。


「か、カイン? 大丈夫なの?」

「……多分」

「多分ってなに!? ねえ!」

「テティス」


 若干泣きの入った声で猛然よ抗議を始める。

 さっきから輝きが強くなってるんだけど!?

 カイン、早くどうにかして!


「多分大丈夫」

「だから多分ってなに!」


 抗議叶わず。

 輝きが最高潮に達したかと思ったその瞬間。

 爆発するかのように光がノシオプ村を包んだ。


 OOO


 後日談。

 と言っても、結末は案外あっさりとしたもので、あの光に包まれたあと、村から毒は全て消え去った。

 村人たとは大変喜び、私も、まあ嬉しかった。きっとあの世の先祖たちも喜んでることだろう。

 それじゃあ村を上げてのお祝いだ、となったのだが、主役であるカイン。そして“私”もそのお祝いにはいなかった。


「カインー。疲れたー」

「着いてくるって言ったのお前だろうが。どうせ数日間は野宿なんだから進めるうちに進むぞ。幸い魔物もいねえし」

「うえ〜……」


  私は今、剣の回収が済んだカインに連れられ、ノシオプ村を出ていた。

 問題は荷物だったが、最低限の着替えに母との思い出の品だけで済み、意外と少なくまとまった。

 恐ろしい掌返しに軽く頭痛すら湧いた私は、速攻で荷物をまとめて村人に気づかれないよう裏道を使ってさっさとカインと出発したのだ。

 出発してすぐは、視界がいっぱいに広がり無限に広がる大地をどこまでだって歩いていける、と思ったのだが、長年の引きこもり生活が祟り体力はすぐに底をついた。


「疲れたよー」

「きりきり歩け」

「なんで馬車じゃないのよ」

「金が掛かるじゃん。呪いのアイテムって触れさえしなければ結構骨董的価値は高くてなー……」


 呪いのアイテム集めのおかげで金は無い、と。

 災いの剣も価値あったりするのかな。

 まあ、剣はもうカインの物だし、カイン以外には扱えないから意味は無いんだけど。

 ……そういえば。


「ねえカイン。聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ」

「結局、災いの剣はなんで村を滅ぼさなかったの?」


 剣は本当に最初の頃は、正真正銘災いそのものだった。お母さんから聞いた話ではそうだ。

 しかし、村は残り、災いの剣もその存在が危ぶまれるところまでいった。

 カインは何か知ってそうだけど、どうだろう。


「ああ、それか。多分、お前ら……ノーヘイトの家系のせいだろ」

「私たち?」

「呪いは変わらぬ感情。呪いを変えれるとしたらそれも呪いだけ。初代から続けられた水汲みという行為が呪いを抑えてたんだろ」

「そ、そんなことで?」

「そんなこと、で済ませれるほど簡単なことじゃ無え。本心から懺悔と償いの感情を持ち続けることで可能なんだ。お前で何代目かは知らないが、代が変わってもここまで変わらずその感情を持ち続けた。それこそ呪いのようにな」


 呪縛みたいだな、とカインは言っていた。

 が、あながち外れでも無い。なぜなら、事実私は自分を自分の意思でノシオプ村に縛り付けていたのだから。

 じゃあ、それってつまり。


「お母さんたちのやったことが無駄では無いことは、最初から証明されていた?」

「そういうことになるな」


 脱力。

 証明するためにカインに頼んだのに、これなら見捨てた方が良かった!


「ま、いいじゃねえか。これでお前の物語の第一章は終わったんだ。これからは第二章の始まり。昔のことをいつまでも引きずってたら体力持たねえぞ」

「そうは言うけどねえ……」


 体力は持たないどころかすでに無い。


「なら、楽しいこと考えようぜ」

「楽しいこと?」

「おう。お前は街についたら何がしたい?」


 何が、ねー。

 いろいろある。

 魔法があるなら見てみたいし、街の中をたくさん見て歩くのもいい。友達も作ってみたいし、ギルドっていうとこにも行ってみたい。

 やりたいことがたくさんある。

 でも、そうだなー。強いて言うなら


「恋をしたい」

「はぁ?」

「恋よ恋。恋愛。村でずっと住んでたから、そういうのもしーたーいーのー」

「……ご勝手に」


 まあ、実はすでに気になってる人が目の前にいるんだけどね。

 でも、たしかに未来のことを想像するのは楽しい。


「はぁー。これから先、どういうことがあるんだろう」

「案外どん底人生だったりな」

「その時は泥でも食って生きてやるわよ」


 なんて、冗談でも言いながら笑いかける。

 カインもまた、苦笑気味に笑ったのだった。


 変わらない感情があるとすれば、それはきっと呪いだ。

 だとしたら、私も呪いにかかったのだ。

 なぜなら、私の胸の中に溢れる暖かい感情は、絶対に変わることは無いと確信できるから。

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