君に差し込む琥珀色
よくある休日の風景。
目が覚めると、あたしのベッドにいつの間にか座っている彼。
セータとジーンズ。
背中を向けて腰掛けて、あたしの頭をくしゃくしゃと撫でている。
なんていうのか、髪を撫でているのではなくて、頭を、あたしの芯をつかまえようとしているような。
でも、そこには無理矢理な力は感じられない。
つかまえて、閉じ込めようとしているのではなくて、
ただただ、あたしの芯を確かめようとしているような。
気持ちがよいから、
眠ったフリを続ける。
パジャマも着てないから、
眠ったフリを続ける。
でも、きっと彼も、
あたしが眠ったフリを続けていることは知っている。
彼はまるで動物のようだ。
あたしのアパートのドアを、その鍵を開け、あたしのところに歩いてくるまでに、これっぽっちも気配を感じさせない。
あたしは子供の頃からひとりで過ごすことが多かったから、ちょっとした物音にでもすぐに反応してしまう。
でも彼は、気がつくと目の前にいたり、いつの間にか背中にいたりする。
とても静かで、いつも少し、笑っているように見える。
「デフォルトの顔が笑って見えるのって、損だよなぁ」といつかの夜、こぼしていたっけ。
オトコとしては、しかめつらしい方が、かっこいい文化なんだよ、オトコ世界では。
そんな風に言って、笑う。
でも、ホントは、自分の顔も表情も、とっても気に入っていることも、知っている。
「いやぁ、俺の言ってることの半分くらいは、嘘だからなぁ」
そんな風に、あまりにも爽やかに、笑う。
彼が、自分自身のすべてを、きっとあたしが彼を愛する以上に愛している。
でも、休日、たまに気がつくと、こうして、いる。
ベッドに、いる。
あたしの髪が寝ぐせでくしゃくしゃになっていようが、
寝起きでマヌケな顔をしていようが、
食べ過ぎてお腹が出ていようが、
まるで気にする風がない。
あたしがトイレに入ると、一緒に入ってくるような。
そんな、ヘンな人。
とっても人間らしいのに。
とっても動物っぽい。
よく食べて、よく眠って。
よく笑って。
いつも遠くを見てる。
どこにいるのか、どこを見てるのか。
たまに分からなくなるよな気がして、はじめの頃は少し怖かった。
芯を確かめたいのは、あたしのほうだよ、と心の中でつぶやいた。
気がつくと姿が見えなくなり、気配がしないこともあって。
それが何日も続くと、その、気配のしないことに神経を張り詰めている自分に、はっとしたり。
だからあえて、そこには気がついていないふりをしたり。
ところが、次の日に気がつくと、もう、ここにいたりする。
彼が帰った後に、手紙が残っていたりする。
遠くにいても、ちゃんとあたしのことを見て、考えて、感じてくれている。
文面から、それがよくわかる。
寂しくて、神経を尖らせて、それを閉じ込めて、感じないようにしていた自分が、恥ずかしくなった。
朝の日差しが、部屋に差し込む。
彼の手にも、あたしのあたまにも。
日の当たった、その部分だけ強く、あたたかい。
彼はいつも、あたしの芯を確かめるような、そっと、やわらかな、ふれ方をする。
それはむしろおずおずと。
優しいというよりも、おどおどと。
こうしてあたまを撫でるときや、体を重ねるときだけではなくて、手をつなぐときも、くちづけする夜も。
彼も、あたしのように、相手の芯が分からなくて不安になるのだろうか。
一度、尋ねたら、
「ワタシね、人間の正確な姿って、見たことないな」
なんていう。
なんでもそう。
今はそのカタチに見えても、実はそうでもないものって、たくさんある。
そんなことをいう。
じゃあ、君も人じゃないの? と尋ねたら、当たり前のことのように、うん、とうなずく。
人であって、人でない、なんて。きょとんとした顔で。当たり前のように。
だから、確かめるつもりはないんだけど、そこにいることをちゃんと感じようとはしてるみたい。
そう言って、笑った。
「コーヒー、いれてくるね」
彼がベッドから立ち上がる。
あたしを確かめていた指たちが、髪の間をぬって、離れる。
あたしの芯を確かめていた、指。
琥珀色の差し込まない領域で、薄暗さに溶けて。
あたしの知らない、あるいはあたしの知らない、彼が、ポットを火にかける。
彼のほうが知っている、芯まで彼に感じられたあたしは、ここで待っている。
琥珀色のぬくみにとじこめられて。
あたたかくて。
やわらかくて。
ここちよくて。
うごけない。