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喉元過ぎても熱さ忘れず

 クロウベル・フレイムを知る者にとって彼を表す的確な言葉とは一体何か。

 化物、そう称え、畏怖を籠められることがほとんどでありそれは何ら間違っていない。


 しかしより詳しい者は正確には鎖につながれた化物という認識を抱く、他を圧倒する力。魔族の象徴とさえされている力で最も優れているのにもかかわらずそれを全力で振るう事が許されない立場にいた事がクロウベルを抑圧する原因となっていた。

 王族という大多数が憧れを抱く地位そのものがクロウベルからしたら煩わしい枷に過ぎない、王足り得る為に過ごし、努力をしてきた。


 そんなクロウベルに向かって絶対に言ってはいけない一言がある。


 「アカリ様、馬車の中で従者の方と一緒にいてください」

 「…任せても良いのね?」

 「はい」


 抱えられていた灯里は馬車の荷台の手前で優しく下ろされるとクロウベルの顔を軽く見上げてそう聞き返した。

 傍らで肩を抱いている男性を馬車に向かい柔らかく静かに手で誘導している様から灯里は何かしらの違和感を感じ取る。


 以前のように儚く気弱そうだという印象は同じ、しかしどこか雰囲気が変わった、そしてその変わった物が色濃く浮き上がり始めている。

 クロウベルが静かに背中から大剣を抜き地面に下ろす、その動作が嫌に目につく。


 いや、既に動作一つが気にかかる段階ではないと灯里は荷台から静かに布を捲りクロウベルを観察したまま知らない間に体を硬直させた。

 布を軽く捲ったまま腕を固定させて指の関節一つ動かせない、触れたら消えそうな危うさ持ちながら雰囲気が大きく膨れ上がっていく。


 これが父親が言って聞かせていた存在感という物なのかと思いながら灯里は瞬きすら忘れてクロウベルの背中を眺める。

 未だに静かに魔操銃を勢いよく乱射するかのように発砲するティムから盗賊たちは視線を切って悠然と口角を軽く上げている少女に視線を寄越す。


 視線を一遍に集めてもなおクロウベルは変わらずその場にいるのが自分一人だと言わんばかりに他所に気を配らない。

 ティムが撃ち尽くした魔操銃の弾薬を詰め替える音がよく場にいきわたる、草原の場を囲んでいた怒号に馬の蹄の音は今や完全に止み寂しく鉄の音が鳴り響いた。


 我に返った盗賊の一人がクロウベルに向かい弓を引く、後ろを全く警戒していないティムの魔弾が届かないので方向を変えて近寄ってきた大多数の盗賊は鋭く空を切りながら進む一本の矢を目で追い、途中で見失った。

 何のことは無くクロウベルが切り払っただけ、ただ誰もがそれを認識できなかった。切った動作処か音すら置き去りにして地面に二つに折れた木の棒が落ちて同時に木が折れた乾いた音が盗賊たちの耳に届く。


 馬を走らせ地面を蹴るけたたましい轟音によって遮られて聞こえないはずの音をその場にいる全員が耳にする。

 尚も悠然と体制を変えず立っているクロウベルが両手に下げていた大剣を軽く持ち上げて目の前に掲げると静かに前方を見据えてゆっくりと微笑み、瞬間空気の破裂音が鳴り響く。


 周りの空気を切り裂きながら飛ぶクロウベルが盗賊たちの元に付くまでの歩数は一歩、左足でその場を強く踏みしめて体を止める力に耐えられず地面から茶色い粒と緑色の破片が空に舞い小さな少女の体を人の目から隠す。

 先頭付近にいた盗賊は浮遊感と共に浮かぶ見慣れた下半身を見ながら視界が暗転して二度と目を開くことは無い。


 盗賊たちの視界が戻るころには辺りは禿げ上がり所々赤くなった大地に空から降る所々赤い葉っぱ、その中心に佇み大剣の剣先を向けるクロウベルの姿。

 自分たちの体に付く赤い血痕とは違い綺麗な服装でシミ一つ付いていない姿に体を引き馬の手綱を握る手が汗をかく。


 「逃げる人は追いません、このまま引き下がったらこれ以上何もしないと約束します」

 「なっ………ここまでされて―」

 「お願いします…敵意のない人に剣を向ける趣味はありません」


 リティを装っているがクロウベルの本心でもあった、高揚感から体の抑えが効かなかった為一撃で戦意を削いでしまった事は反省すべき点だとクロウベルは1人自分に今回の評価を付けた。

 先ほどまで爛々と輝かせていた青い瞳からは光が失せ雲一つ無い青空を思わせる澄んだ目を盗賊たちに向ける。


 口をつぐみ体を動かせないでいる周りの野盗からクロウベルは視線を切って大剣を軽くその場で横に振るう。

 赤い雫が飛び辺りの草に付着するのを冷めた表情で見て手の中にある鉄の塊を背負い後ろ姿を向ける。


 無防備にさらされた背後に癖で追い打ちをかけようとする若い青年に年配の男性は手を掲げて止める。

 誘っている訳でもなく本当に気を抜いているがそれは眼中にないだけであり飛び掛かったら最後どうなるかは先ほどの光景を思い浮かべるだけで事足りる。


 何のことは無い、自分たちも大地を彩る色彩の一つになるだけ。


 「引くぞ」


 奥に控えていた男性がそう呟くと手を掲げて合図を出す、辺りに甲高い指笛の音が空高く響き渡るのと同時に辺りから馬が土を蹴る音が木霊する。

 風と共に土煙がクロウベルを優しく包み込むと前方に向かい髪が流されて肩にかかり下にだらしなく落ちていく。


 静かに馬車に向かい歩くクロウベルは足を止めずに優しく両手で掬い上げて後ろに戻す。

 髪に付いた土埃を手で軽く払いながら前方に視線を向けるとティムが魔操銃を腰に戻し天を見上げているのを見て自分と同じ気持ちなのかと期待し歩く速さを速めた。


 馬車の中から布を捲る手を中に戻しながら灯里は青く染まった顔に両手を置いて視界を塞ぐ。

 まるで化物から逃げて物陰に隠れて体を震わせる姿に灯里は内心馬鹿馬鹿しく自分に否定する言葉を投げかけ心を正そうと励む。


 (なによ、あの子は私の護衛なんだから、怖がる必要なんて…無い………無いのよ)


 自分に投げかける言葉が正しいと必死に思い込む姿は痛々しく同じ荷台の中にいる男性が思わず慰めようと手を伸ばすが灯里は手を叩くと男性に対し向き直り敵意を乗せて吐き捨てる。


 「私は犬飼灯里なのよ! 貴方にそんな目を向けられる覚えは無いわ!!!」


 貴族とは庶民の上にいる、貴族が庶民に施しを与えるのは良しとしても逆等は断じて認めるわけにはいかない。

 ヒビが入り崩れかけていた誇りが怒りにより胸の中に戻ると同時に灯里は鼻息をたてながら外に出ていく。


 勢いよく地面に降り立つとクロウベルに向かい鋭い眼光を飛ばし次いでティムに向けて大声で叫ぶ。


 「リティ! ティム!!! 速く行くわよ!!!」

 「ティムさんと少し遊びたいんですけど…駄目ですか?」

 「駄目よ! 大分時間を掛けちゃったんだから今すぐに行かないと!」

 「………解りました、ティムさんまた後で遊びましょう」


 今まで静粛になっていた場の重い空気を一喝で変えると灯里は眉に目を吊り上げてクロウベルに怒りをぶつける。

 未だに体の中の冷めない熱意を感じながらティムの背中に投げかけるとクロウベルは灯里の方向に歩みを変えた。


 背中越しに聞こえた言葉をどうにか聞こえなかった事には出来ない事かと悩みながらティムは静かに口元に咥えていたタバコを地面に落として足で踏んで火元を消す。

 足元から立ち上がっていた煙が消えたのを確認してからあたりを見回す、辺り一面にある焼けた大地よりも目につくのは自身の後ろから真っすぐ伸びた不自然な黒く茶色い土の道。


 道を辿った先には周囲の草が地面事刈り取られた、えぐり取られたという表現が似合う元草原に目を向けて目元に左手を置く。

 辺りから顔を覗かせる文字通りの生首や体の肉片、一撃で繰り出したとは到底思えない現状にティムは内心自分が誰に向かって怒りを感じ、暴れまわったのかを思い出し目元に置いた左手を力なく下にぶら下げた。


 光が消えた瞳を携えてゆらゆらと幽鬼を思わせる足取りで馬車に向かう、一歩ずつ歩む足に力は無く目に見える馬車への入り口が断頭台の入り口にしかティムには見えない。

 馬車に向かう中ティムの頭の中にクロウベルの遊びましょうという言葉が反響した。

 今更ですけどTwitterのアカウント作りました、詳しくは活動報告をどうぞ。

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