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居ても居なくても

 軽い動作で裏路地に入る少女を見てその光景を見た者達は目を瞬かせ呼び止めようと声を喉奥から引きづるがすんでのところでそれを再度飲み込む。

 下手にスラムの住民と関わって厄介ごとに巻き込まれたくない、そこにいた者達の思いが一つになった瞬間だが表情は1人1人違う。


 苦々しく顔をゆがめている者がいれば好奇心で目を丸くする者、そして少女の正体を知っているジクスの青白い顔。


 (あいつ………いやいい、今更だ今更、あの化物が何をしていようが俺には何にも関係ない)


 そう心の中でつぶやいた瞬間パッとクロウベルがジクスに振り替える、体を少し揺らし後ずさる男性に周囲の人物は邪魔そうに見てすぐに視線を外す。

 少女は薄く笑うと再度振り返り手をあげて軽く左右に振り上げて歩いていく様を見て心臓が跳ね上がって今なお鼓動を落ち着かせるように速足でその場を後にしようと歩き始め、足で歩くリズムよりも心臓の脈を打つリズムが速いのを精一杯気にしないようにもう薄暗い中を歩く。


 クロウベルの最後の笑顔が脳裏にこびりついて離れない、時間がたてば収まると思いながらもいや、そんなものじゃないと冷静に言い返す自分が頭の中に出てくる始末、この瞬間ジクスは生まれて初めて人に対して殺意を覚えた、勿論クロウベルに対してではなく、厄介ごとから逃げ出して自分に押し付けたティムにだが。


 (クソッ! なんだあの顔…あいつ、まるで俺の――いやそんな馬鹿な!!! あるかそんなこと! そんなことが出来たら、本当に………ああクソッ! それもこれもあいつが変に刺激するから悪いんだ!!!)


 超弩級の危険物を刺激しておいてそのまま放置、これほど質の悪い嫌がらせがあるのか、そう心の中で呟いて歩きながら後ろをゆっくりと振り返る、当然のようにクロウベルがそこにいるような気がしてならなかったから。

 案の定そこに姿は見受けられないが何一つ安心できない、次に前を向いたら笑顔で自分を見上げていることだって十分ありうる。


 ティムに文句をつけたいが相手はトップのSランク、比べてジクスは吐いて捨てるほどいる中堅冒険者、とてもではないが怒鳴り付けられる相手ではない、気に入らないからと敵対されたら最後冒険者を廃業するしか無くなる。

 青かった顔を赤くし、それから肌色に戻ったころにはギルドの扉を少し強めに押す、古いからかたてつけが悪いからか、ギギギと木同士が軋む音が立つが中から聞こえる音が大きく目立つことはない。


 丁度夜食の時間帯だからか席が埋まっていてどこか空いていないかジクスは辺りを見回す、幾ら薄く頭にはつけてないとはいえ鎧をつけたまま一般的な飲食店に入れるはずがない、着替えるのが面倒だからとそのまま来たが裏目に出たかと引き返そうとしたときジクスは自分の名前を呼ばれたような気がしてもう一度周りを見回した。


 「ジクスー、ほらこっちこっち」


 その姿を確認するとジクスは気後れして固まるが一言ぐらいは言っても良いだろうとティムの下に向かい目の前の席に腰を下ろした。


 「…なにかご用で?」

 「ははは…まぁうん、気持ちは解るんだけどまずは一杯やろうよ、ここは僕の奢りだ、値段は気にしないでいいからさ、ね?」

 「随分と安い報酬だなぁ、あいつのお守りが一食分か」


 はははと困ったように笑うティムを内心美人は絵になって得だなと思いながらジクスは給仕に一番値の張るドラゴンのステーキにブーレを注文するとティムは軽く口の中で笑い声を反響させ、それが耳に届いたジクスは正面を見据えて怪訝そうな視線を向け、気づいたティムは右手を前に出して左右に振る。


 「あぁごめんごめん、食事は遠慮なく値の張る者を頼んだのにアルコールが一番安いブーレっていうのがさ…赤リリンでも良いんだよ?」

 「はっ、そんな洒落た物より飲みなれてるブーレが良いんだよ、人の飲み方にケチでもつけるってのか?」


 口では喧嘩腰だが内心ジクスはティムが怒りださないか気が気ではなかった、温和な性格で有名なティムだが自分のような遥か格下にいいように言われてもまだ笑っていられる人物かジクスには判断できない。

 それに加えて、ジクスはこの食事の誘いを一種の交渉だとも捉えていた。目的は間違いなく今日の子守り、無い腹は探られたくないしクロウベルを庇う理由もジクスには無い。


 寧ろここで今日の出来事を愚痴った方が余程得をする、しかしジクスにはその気は無かった、理由は二つ、丸投げした癖にミスがないかのこのことやって来て何食わぬ顔で奢るティムが気に入らない。

 確かにその判断はジクスにも理解できた、だがもしティムの立場にいるのが自分ならそんな中途半端な真似はしないとジクスには確信が持てた。


 自分より年下のまだ少女と呼べるティムに男性であるジクスがちゃんと子守りが出来たかと確認されるのは流石に自尊心を傷つけられる。自分より若いのに自分のはるか上を行く存在が山ほどいるのは理解している、しかしどうしてもジクスにはそれを気軽に飲み込めなかった、内心年を取ったなとジクスは自分に向けて悪態を付く。

 二つ目だがこちらは単純、クロウベルの笑顔が脳内から離れないから。


 至極当たり前の答え、どちらに嫌われたらいけないのか。一日クロウベルと付き合って異常性を理解できないなら少なくとも冒険者は辞めた方が良いとジクスには断言できる。だからこそジクスは話していい情報と決して話せない情報を何気ない雑談を交わし給仕からステーキとブーレを受け取りながら整理し始める。


 「今日はどうだった? リティの子守りなんて疲れただろう? 愚痴があったら聞くよ」

 「愚痴があったらだと? まさか無いと思ってんのか? 俺の人生の半分より濃い一日だったよ」

 「ごめんね巻き込んじゃったみたいで、聞いたよダリア達に絡まれたんだって?」

 「ああ、引き留めた時にあいつなんて言ったと思う、『群がっていると邪魔になるだろうから注意がてら挨拶をするだけだ』だとよ」


 そんな事をしたら間違いなく一悶着ある、そしてそれを目的にしているのが2人には解った為ジクスは椅子に深く座りなおして机に肘をつき額を抑え、額を抑えて軽く蹲るジクスを見てティムはまた軽く笑うと気軽に口を開く。


 「それで他には?」

 「んなことしだす奴をギルドに置いとけないからな、まだ依頼を受けたいっていうのを説得して図書館に連れてったよ」

 「図書館…? なんだか意外だ、じっとしてるより体を動かす方が好きな人だと思ってたよ」

 「歴史に興味があるんだとよ、向こうじゃ読む機会が無かったって言ってたな」


 本を読みたいという事を頭の隅に置いてジクスが依頼の話を避けたのにティムは引っかかった。

 こうも聞いていない事をペラペラと口が紙よりも軽くなったのかと思うほど気軽に上下するならばクロウベルの強さを強調するなり化物具合を説明してきてもおかしくはない、明らかに不自然だとティムは目の前でジクスが話している内容を意味があるのかないのか区別して思慮にふける。


 (…これは素直に聞いていいのか、遠回しに匂わせた方が………いや駄目だ、リティと僕で比較されたらリティに決まってるじゃないか、ジクスもそう思ってるからあえて隠してるんだ)

 「随分と雑用をやらされたようだね、僕も色々とやらされたよケルベロスの討伐の時にさ………そうだ、ジクスは何か面倒を被らなかったかい?」


 瞬間ジクスの表情が数秒固まりティムを見つめる、落ち着いたばかりだと言うのに心臓の鼓動が再開する、生唾を隠すのを我慢してジョッキをわしづかみ口元に運んでブーレを流し込む。

 この反応だけで終わり、自分は嘘をついていると認めているようなものだとジクスは認めた。


 目の前のティムはにこやかに笑うがジクスから見てその微笑みはクロウベルが浮かべていた物と重なり恐怖の対象にしか思えない、しかし本来威嚇になるそれが逆にジクスが落ち着きを取り戻すきっかけになった。

 クロウベルと比べてではあるが大したことは無い、ならばそのクロウベルから狙われる可能性を僅かにでもなくすために何もなかったとあくまでも平然としているしか道は無い、ジクスにとしてもクロウベルは今ティムに何か伝えたとしても特に何か行動を起こすことはないだろうと思っている。


 だがティムは別だ、ティムがクロウベルに何かしら不利益な動きをする可能性がある、それが巡り巡って自分に跳ね返ってくることは十分あり得る、それだけは阻止しなければいけないと固く決意してジクスはやれやれと言いたげに首をゆっくりと左右に振るとティムに目を向ける。


 「…参ったな、実は依頼の時にあいつをエスコートしてたんだが………」

 「エスコート、ふふふ…あのリティをエスコートするだなんて君はなんて紳士的なんだ、僕が保証するよジクス、君は冒険者を辞めてもそっちの道で食べていける」

 「抜かしてんじゃねー、俺だって鏡ぐらい見たことあるんだ…そうじゃなくてだな、その時思ったんだよ、俺が素知らぬ振りして間合いを図ったらどうするんだろうってよ」

 「………君は命が惜しくないのか?」


 人を食ったようにいやらしく笑っていたティムが突然真顔になりジクスを見やる、今までのような格下を相手に言葉遊びをしている雰囲気ではなく、本当に頭のおかしな異常者を相手にしているような対応にジクスは眉間を動かせるが今思いなおしても間違いなくその通りなので何も言えずに軽く咳ばらいをすると言葉を続ける。


 「一歩だ、たった一歩で感づきやがった…あの野郎、なりは美少女でも中身は化物だ………で、それを馬鹿正直にお前に言えってか? 言えるかよ、あんな年端も行かない少女にビビったなんて…俺にだってプライドってもんがあるんだ」

 「そんな、誤解だよジクス…僕はただ何か面白い事が無かったか聞きたかっただけで君を陥れようだなんて考えてもなかったのに………」

 「ほぉ…まっ、どうでもいいさ…恥をさらしちまったしもうおせぇよ」

 「ははは…なんだかごめんね? ほらなんだし僕がお酌をしてあげるよ、Sランクを女中扱いできるなんてとても贅沢なことだろう?」


 ぬけぬけと良くも、ジクスはそう思いながら人懐っこいティムを見てそう思い、ティムの評価を要注意人物に引き上げた。

 同じSランクでもダリアとは違い理性的かつ弁が立つ、強いならその強さで驕っていればいい物をと疲れたような笑みを向けながらジクスは思いティムはジクスの評価を単純に上げた。


 ベテランの冒険者の強さは単純な力ではない、そして目の前のジクスからはその点で言えばベテランと言っていい経験を感じ取ることが出来る。

 酒を飲みながら酔わない程度にたしなむよう気を付ける男性に屈託のないさわやかな笑みを浮かべ酌をする少女、外野から変われやら羨ましいやら幾ら払っただのと罵声が上がる中そんなに変わりたいならいくらでも変わってやるとジクスは心の中で怒鳴りつける。

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