第7話―伝説になった男―
魔法使いの放った火焔の光球が至近距離で炸裂した。
崩れさった騎士の甲冑を吹き飛ばしながら、その破片もろとも轟音を伴って木下を襲う。避けることは叶わず、強化装甲服の上半身に直撃し、破片が周囲へ散らばっていく。
『木下君!』
その様子をヘルメットの両眼に仕込まれたカメラからの映像で確認していた三国が、悲鳴に近い声で叫んだ。
モニターの映像が紅蓮の炎に包まれ、激しいノイズに覆われた。
杖を掲げた魔法使いが、燃え盛る炎を確認する仕草を見せ、全身に漂う緊張感を解いていく。
「!」
次の瞬間、突如として体を硬直させた。全身を不気味に痙攣させ、手から滑り落ちる節くれだった木製の杖。
立ち昇る炎の中から、銀色に輝く刀身が一瞬の内に突き出し、魔法使いの胸部を貫いたのだ。
灼熱の劫火から、火の粉を散らしながら現れた強化装甲服。両手持ちした和泉守兼定を、十文字に走らせる。
後方に身を退け反らせ、四分割されたローブが炎に煽られ宙に舞った。
騎士の甲冑共々、異形の存在二つはゆっくりと霧散し、その姿を消す。それに連動して、ゲームセンター内に巨大な口を開けていた扉も、次第に渦を巻きながら小さくなっていった。
「すごっ……」
ビルの陰から一部始終を目撃した小見は、唖然とした表情のまま固まっている。
燃え盛る街路樹と、広範囲に焦げて陥没したアスファルトや割れたガラスの破片が、目の前で起きたことが夢では無い事を物語っていた。
ゆっくりと歩道に向かう木下。右手に握られた和泉守兼定をアジャストケース内の鞘に収めると、隼に跨がった。
『木下君大丈夫ですか?』
「うん。この強化装甲服のおかげで、電撃や炎を喰らってもなんとも無かったよ。生身のままだったらとっくに死んだか病院行きだったかも。とりあえず、ハンバーガーショップに戻る途中でこのスーツ、脱がせてもらっていいかな?」
大抵の事には動じないこの青年も、興奮覚めやらんといった様子だった。
『了解しました。木下君、ご苦労様』
研究室の三国は満面の笑みを浮かべると、強化装甲服の転送準備にかかった。
「ま、待って!」
走り出した隼の後を慌ててスクーターで追いかける小見。
「えっ!?」
思わず我が目を疑う。
木下の体が光に包まれ、まるで網目をほどくように、全身を覆うスーツが上空へ向かって吸い込まれて行く。
「!」
そして、小見はさらに刮目する事になる。
「おわっ!」
奇声を発する木下。
『ど、どうした!木下君!』
突然木下が発した言葉に、空間転移装置を作動させ、強化装甲服を回収しようとする三国も動揺を隠せない。
「ふ、服まで行っちゃったよ!」
『なにーっ!』
隼に跨がったまま、一糸纏わぬ姿になっていた。
完全なるフル〇ンである。
とてつもなく開放的な姿で、颯爽とバイクを走らせる木下。
「あ、あいつ何やってんの?」
頬を赤らめながらも、小見はシートに跨がる形の良いケツに釘付けになった。
商店街を歩くババアも、神仏の類いを見るような眼差しで、両手を合わせながらその姿を瞳に焼き付けている。
木下は1日にして、色んな意味で“伝説”となった。
◆
「本当に申し訳ありませんでした」
ハンバーガーショップ店内。木下が土下座していた。
席に座ったままそっぽを向く美嶺の眉間に、深々と刻まれる皺。
木下が突然店を出てから、50分が経過している。
フルチ○騒動のせいで、木下の服を再転移するなど無駄な時間をかけた事も要因になっていた。
3杯目のコーヒーを啜りながら、20回は腕時計を確認しただろう。
美嶺の『説明しろ』の言葉に、口を濁し土下座し続ける木下。
よもや、『変身して、騎士と魔法使いと戦ってから、フル〇ンでバイクに跨がり戻ってきました』なんて事実を真顔で話したとしても、(木下の奴、おかしな薬に手を出したのかな?)と思われ、その手の更正施設へ連行されるのは目に見えていた。さもなくば、程度の低い虚言癖があると呆れられるだろう。
「……あのさ、彼女いるんならそれでいいから、正直に言いなよ」
怒りを通り越して悲嘆に暮れる、憂いを帯びた表情の美嶺。
「いえ、彼女なんていません」
事実だった。
頭を上げると、木下は真剣な眼差しで美嶺を見つめる。
輝きを放つ曇り無き眼は、幼児のごとく澄んでいた。その視線に、美嶺は思わず心拍数を上げてしまう。
そうやって、この女は今まで何人かのイケメンダメ男に騙されてきた。
「分かったわ……買い物行くからついてきて」
馬鹿馬鹿しいといった様子でため息をつくと、席を立つ美嶺。
「はい!」
破顔すると、仔犬が尻尾を振るように、意気揚々と立ち上がる木下だった。