第6話―火焔の光球―
ゲームセンターの入り口から、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う学生やサラリーマン達。それを眼下に確認しながら30メートル程ジャンプし、道路を挟んだビルの陰に着地した。
軽々とスクーターごと小見を降ろすと、身を屈め、和泉守兼定を片手に再度跳躍しようとする。
「ま、待って!あなたなんなの?」
急激に上昇、下降したせいで、内臓が強烈な浮遊感に襲われ、吐き気を催す小見だったが声を張り上げた。
なんなのと言われて答えようもない木下だが、ヘルメット越しに小見の顔を見上げた。
「……えーっと、クローザー……」
不意に口をついた言葉は、『閉じる者』を意味する。
正体不明の『扉』を閉じる意味合いを込めて、三国が考えたネーミングだった。
「クローザー?」
「そう、クローザー。危ないから遠くに逃げてね」
炭素繊維のヘルメットの中で微笑む木下は、そのまま全身に力を込めて再び跳躍した。
風を巻き上げ小見の髪を揺らし、残像を残しながら驚異的なジャンプ力を見せる。
「待ってよ!」
スクーターに跨がったまま、呆然としながら微動だに出来なかった。
ゲームセンター前の道路を往来する車が、次々に車体を斜めにしながら急停止する。
その中心、センターライン上に現れた、街並みとは場違いなビジュアルの騎士。
更にその後方から連れ添うように出現した者。
──魔法使い。
火炎の光球を撃ち出し、ゲームセンターのガラスを全て破壊していた。
その幾つかが向かいのビルにも直撃し、飛散した炎が街路樹に飛び火して燃え盛っていく。
驚愕の表情を浮かべながら次々に車から降りるドライバー達。
「三国さん、こりゃまずいわ。お祭りみたいになってきたよ。騎士と魔法使いが同時に現れた」
あっけらかんと言い放つ木下の声に、言葉を失う三国。
そんな事はお構い無しに、空中で軌道修正しながら騎士と魔法使いの前面に着地する。
『木下君!強化装甲服の両眼にカメラを仕込んであるので、こちらでも敵の動きは確認出来ます。無理しないで!』
「了解!」
バスタードソードの切っ先をアスファルトすれすれ、斜めに提げた騎士。
その背後には、騎士を盾にするかのごとく、魔法使いが杖を着き直立していた。
木下の変貌した姿を目の当たりにし、二体は一瞬戸惑い動きを止めたが、それも束の間、騎士が猛然とバスタードソードを斜め下から振り上げた。
木下は一瞬でその動きに対応し、和泉守兼定を上段から降り降ろす。
互いの白刃が光彩を放って激突し、火花を散らしてせめぎ合った。
銀色の甲冑と、黒く輝く炭素繊維の強化装甲服が、時代錯誤を絵に描いた様相で対峙している。
先程ゲームセンター内で騎士の放った一撃を防いだ木下だったが、圧倒的な敵の膂力により、軽々と店外へ吹き飛ばされていた。
しかし、強化装甲服を装備しているおかけで、今は超人的な腕力を得ている。
拮抗する力が、互いの動きを止めた。
「三国さん、凄いよこのスーツ!」
全身に漲る力に感嘆の声を上げた。
『そうでしょ!ぶちのめしてやって下さい!』
「うぉぉっ!」
木下が気合いと共に、全身に力を込める。騎士がわなわなと体を震わせ、膝を落とし始めた。
頭部に被った兜の前面、格子状の隙間から覗くぼんやりと輝く赤い両眼の光が、次第に弱まっていく。
「!」
異様な殺気を感じ、木下は咄嗟に飛び退いた。
膝を地面に着いた騎士の背後から電光が煌めく。
「ヤバッ!」
青白い稲妻が、蛇行しながら木下へ向かって空気を伝い襲い来る。騎士の背後の魔法使いが、電撃を放ったのだ。
余りの速さに避けきれず、足元に直撃した。
強力な放電が道路上に黒いシミを幾つも作りながら、アスファルトが溶融する嫌な匂いが煙と共に漂う。
『木下君!安心してください!スーツは絶縁コーティングされてますから、電撃の類いは寄せ付けません!』
インカムから聞こえる三国の声は自信に満ちていた。
「さっすが!」
着地して体勢を整えると、和泉守兼定を両手で握り直し、跳ね起きながら刀身を真横に寝かせ、騎士の喉元目掛け突き出した。
「はぁっ!」
だが、騎士は自らの両手持ちの剣を胸元へ掲げると、和泉守兼定の切っ先を鍔本で受ける。
「こんのぉ!」
次の瞬間、木下が一瞬で回転した。
疾風を巻き起こし、アスファルト上の埃を巻き上げながら、回転から得た力を加え、上段、袈裟懸けに斬撃を打ち下ろす。
鐘を打ち鳴らしたような金属音と共に、刀身が直撃した騎士の兜が斜めに割れた。
「またか!」
木下の予想通り、甲冑の中に人は入っていない。
夜の闇を思わせる、黒く塗り潰された虚無だけが覗いていた。
「!しまっ……」
木下が思わず呻く。
崩れ落ちる騎士の後方から輝くオレンジ色の光。
魔法使いが、眼前の騎士、その背中目掛け火焔の光球を撃ち出していた。
騎士もろとも死角から、木下を爆炎に包む算段だった。