第59話―現れたのは―
林立するビルの谷間。その中でも一際高層を誇る一棟の中腹付近で、雷鳴に似た爆音が轟く。
「ぐぅっ」
思わず比嘉は双眼鏡から手を離し、自らの眼前を右腕で覆い呻いた。
爆風と熱風が逆巻きながら、屋上に陣取る公安チームを襲う。
増山の放った拳は、敵の背負うバックパックを貫き、完膚なきまでに破壊した。その攻撃により強烈な爆発が起き、広がる破壊の余波が、周囲を取り巻くビルの表層、その大半を占める窓ガラスを波紋状に砕いていく。
ジェット燃料の誘爆と思しきその爆発は、増山の体をも包みこみ、弾き飛ばした。
「うおぉっ!!」
咄嗟に左腕に装備した盾をかざし、前のめりに体を丸める。電磁装甲が発動し、増山の前面に発生する強力な電撃の盾。
だが、爆発の衝撃を完璧には防ぎきれず、再びビルの壁面に背中から激しく叩きつけられた。
背中と後頭部を強打し、視界が暗転する。
そのまま、なんら抗うこともなく、まっ逆さまに落下していく。流石の増山も、再三に渡る衝撃のダメージに意識が朦朧としていた。
強化装甲服を纏ってはいるが、繰り返される常軌を逸した事象の数々により、肉体に蓄積するダメージ。
脱力したまま大量のガラス片と共に、眼下の路上へ向け自由落下していく。
──増山の意識は更に虚ろになっていた。
(畜生……)
僅か数秒。数分前までは米粒程に見えていた自動車の群れの屋根に、頭部から落ちた。
「増山さん!」
見入っていたモニターの映像が激しく乱れ、研究室で絶叫する小見。
「ちょっと!三国さん、なんとかしてよ!木下君!なにやってんのよ!」
咄嗟に隣にいる三国の首根っこを両手で握り、前後に激しく揺さぶる。
「ぐぎっ!」
舌を出しながら奇声を発する三国は、若干白目を剥いていた。
一方、爆発が収まった市街地上空──。
先ほどまでの暴力的な破壊音や輝きは影を潜め、増山に遅れること数秒後、謎の敵も地上へ落下し、傷ついた五体を足掻くこともなく、アスファルトにその身を盛大に叩きつけている。
その衝撃で、メインストリートとそれを挟む二本の歩道がえぐられ、巨大なクレーターが作り出されていた。
「つっ」
全身を震わせながら、ゆっくりと起き上がる増山。背中に降り積もった瓦礫と大量の土砂。それらがバラバラと音を立て、地面に落ちた。
(右腕が痺れてるが……背中と肩の打撲程度で、骨はどこも折れちゃいねーか)
全身の隅々へ神経を巡らせながら片膝をつき、落下の衝撃を少なからず和らげてくれた自動車の屋根に左手を置いた。グローブ越しに、砂と灰にまみれたザラザラとした鉄板の感触が伝う。
五感は正常に働いていた。
「野郎は?」
静まりかえった周囲を見渡す。
30メートル程離れた位置に、うつぶせに倒れる黒い巨体を発見した。
「やったのか?」
増山の視線の先に見える、灰色に煤けた広い背中。そこから燻りながら立ち上る白煙。
人間では背骨にあたる部位には大穴が穿たれ、先ほどの爆発の激しさを物語っていた。
片手片足は無惨に破壊され、あらぬ方向へ向いている。もはやまともに動けるとは到底思えない。
「!」
刹那、立ち上がった増山がヘルメットの中で表情を硬くした。
ゆっくりと曲がり始める敵の巨大な左腕。増山の“朔”によって砕かれたのとは逆の腕だ。そして、地面へ手のひらを押し付ける。あたかも重病の患者がベッドから起き上がるかのように、全身をガタガタと不気味に振動させながら、一気に仰向けの体勢に身を翻す。
地響きと共に粉塵が巻き上がり、増山の視界が埃で遮られた。
爆発の影響で、灯ったばかりの街灯や店舗の光は落ちている。
粉塵と夜の闇が敵の姿を覆い隠した。
「あの状態でまだ動けんのか……早いとことどめを刺さねーと」
口にした言葉と同時に、心中に嫌な予感が走る。大抵増山の嫌な予感は的中していた。
だが、すぐさま考えることをやめると、気だるい全身に気力でむち打ち、駆け出そうとした。べっこりと凹んだ自動車の屋根から片足を下ろす。
上空からの風が巻き上がった粉塵を散らし、視界が次第に明瞭になっていく。
「?」
ふと増山は、アスファルトへ踏み出した足を止めた。
「なんだ?」
晴れていく粉塵の中に現れた、仰向けの敵の巨体。
その胸部──。
度重なる攻撃に晒された黒い巨体は所々凹凸に形を変形し、頑強な黒塗りの装甲は鱗状にささくれていた。
再び静寂を打ち破り、破裂音が鳴り響くと、敵の胸部を構成するパーツが勢いよく吹き飛ぶ。
湾曲したそのパーツが道路標識に当たり、支柱をべっこりとへし折ると、甲高い金属音を発しながら歩道へ落下した。
刮目する増山の視線の先。
仰向けに倒れた敵の胸部から、何かが音もなく現れた。
「!!」
その場で直立不動になり、増山は言葉を失った。




