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第5話―市街戦―

「三国さん、まさか?……」

 ハンバーガーショップの軒先で、頭を無造作に掻きながらスマホを耳に押しあて、眉を八の字にする木下。

『はい。そのまさかです。そこから500メートル程南東にある商業施設に、強力な磁場の乱れが確認出来ました。至急急行してください!』

「至急って、今店のオーナーとご飯食べてたんだけど」

『人命がかかってるんですよ!』

「はぁ」

 ため息をついてその場でうなだれる。

「了解……。行きます」

 泣きそうな顔のまま再び店内に入り、美嶺が座る席へ向かうが、その足取りは重い。

「み、美嶺さん、あのね」

「また用事?いい加減理由教えてくれない?」

 一見平静を装っている美嶺だったが、背中から滲み出る怒りの気配が、木下の頬を引き攣らせた。

「その、さ、30分で戻ってくるから!待ってて!」

「えっ、ちょっと!」

 二度目の狼狽を見せる美嶺に背中を向けると、再び走り出し店内を後にする。

 学生達が乗り付けて来た大量の自転車、そこに並ぶ隼に跨がり、キーを差し込み捻った。快音を響かせ、エンジンに火が点る。スマホのピンジャックへプラグを捩じ込み、インカムを装着すると、新調したばかりのロイヤルブルーに輝くヘルメットを被った。

「三国さん、行くよ!」

『木下君のスマホのGPSで位置は把握してますから、誘導します』

「お願い」

 手首を返してアクセルを開けると、歩道から猛然と加速する隼。

 食事を済ませた小見は、隣の席で怒りとも悲しみともつかない表情をしている美嶺の方へは一切視線を向けず、そそくさとゴミ箱の前に立ち、トレイの上の紙パックを中へ放りこむ。

 人の不幸は蜜の味と言わんばかりに、内心ほくそ笑んでいた。

 自らも店内を出ると、スクーターに股がり木下と同じ方向へ走り出す。地元テレビ局に勤める知人から、目撃者の住所を聞き出し、噂の都市伝説の概要を取材に行くためだ。



 木下が三国の指示により到着したのはゲームセンターだった。パチンコ店と併設された店舗は広く、平日の昼間だというのに店の軒先の歩道には自転車が何台も置かれている。

 学校をサボった生徒がたむろしているのだろう。

『その建物の中です!』

 インカムから響く三国の声は焦っていた。

 数度に渡る出動の中でも、これ程人の動きがある場所は初めてだったからだ。

 隼から飛び降り、タンデムシート脇に備えつけられたアジャストケースを肩に担ぐと、木下は店内に飛び込んだ。冷房の冷たい風がヘルメットを脱いだ頭をすぐに冷やす。林立するゲーム機から出ている音楽が耳障りな程鼓膜を刺激した。

 店内の一番奥、ダンスゲームの筐体。その画面の中心が次第に黒く渦を巻き、それが徐々に拡大している。周りにいる学生やスーツ姿のサラリーマンは、その異変に未だ気づいていない。

「三国さん、見えたよ。まずいなぁ、人が多い。いつかみたいに一人二人じゃない」

 店内を見渡し、人の数を確認した。

 10人以上はいるだろう。

『そんなに……』

 二人の心配などなんらお構い無しに、更に拡大する黒い空間。

 その中心からゆっくりと突き出た物。

 ──両手持ちの剣(バスタードソード)

 幅の広い刀身に、周囲の景色が映りこんでいく。それは、不気味な程違和感のある光景だった。輝きを放つその剣が全貌を現すと、次に姿を見せたのは、燻し銀の甲冑を身に纏った中世の騎士(ナイト)その物だった。

「またこいつか」

 木下が苦々しく呟く。

 目の前の異形の存在とは、既に幾度か剣を交えていた。

『木下君!敵は?』

「敵なのかどうかもよくわからないけど……また騎士だよ」

 言いながら、アジャストケースの蓋を開け、中に収まる和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)を取り出す。

 次元の穴から全身を現した騎士(ナイト)。身の丈は190センチはあろうか。全身を(くま)無く覆う甲冑のせいか、見るものに強烈な威圧感を与えた。

「うわっ!?」

 一番近くにいたサラリーマン風の男が、何気に視線を向けた先に現れた騎士に度肝を抜かれた。

 まったりと釣ゲームに興じていたが、思わず持っていた釣竿をその場に落とし、へたりこむ。


 ちょうど同時刻。

 小見絵美里はスクーターを飛ばしていた。

「えっ?」

 見通しの良い直線道路に面したゲームセンター。その自動ドアから、わらわらと複数の人間が血相を変えて飛び出す姿を目撃する。

「何?火事?」

 ごく自然な反応を見せた。

 だが、店舗正面に差し掛かった時、その思考が一気に混乱と恐怖に陥ることになる。

「キャーッ!」

 自らの運転するスクーターの先に、ゲームセンターのガラス窓をぶち破り、破片を飛散させながら人間が飛び出してきたのだ。その人間は背中から着地して、センターライン沿いにゴロゴロと転がった。

「な、なんなのよ!」

 慌ててハンドルを切る小見だが間に合わない。前のめりになりながら慌てて急ブレーキを敢行するも、目の前で倒れた男、その頭部数センチ手前で停まった。

「ヒ、ヒモ男!?」

 思わずそう叫んだ小見の目の前で、左手でフロントタイヤを制すような仕草の木下は、片目をつぶりながらゆっくりと立ち上がる。ガラスの破片が髪の毛から零れた。頬を少し切ったのか、赤い線が刻まれている。

「逃げて」

「えっ?」

「早く逃げて」

呆然と立ち尽くす小見に向かい、弱々しく呟く木下。

 その右手に握られた物を見て、小見は我が目を疑った。

「日本刀?」

 それを両手で持ち直した木下が、腰を落としながらゲームセンターの入り口へ向け構えを取る。

 その刹那。

 ゲームセンターの店内から、オレンジ色の輝きが放たれた。

「まずいよ」

 チラりと背後にいる小見の姿を確認する。

「三国さん!早く!」

『今転送しました!』

 すると、木下の全身を黄金色の輝きが包み込んだ。

 首に着けたチョーカーが鳴動しながら強く輝きを増す。

 瞬きの間に木下の体を強化装甲服が覆い始め、コンマ何秒と経たず、178センチの青年の体躯を一回り大きくした。全身に装着されたドライカーボン製のスーツが、鈍色(にびいろ)に輝く。

 目と口を盛大に開けて硬直する小見を、スクーターごと抱え、一気に跳躍した。

 全身の強化装甲服が、木下の筋肉から発せられる微量な電気を感知して膨れ上がり、踏み切ったアスファルトを陥没させながら高々と空中に舞う。

 その眼下に、オレンジ色の直線を描きながら、火焔の光球(ファイヤーボール)が尾を引いて、向かいのビルへ直撃した。

「キャーッ!」

 理解不能な事象の数々に、悲鳴を上げることしか出来ない小見だった。

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