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第4話―小見絵美里―

「編集長、そんな都市伝説、どうやって調べろっていうんですか?」

 小見絵美里は不快感を露にしていた。

 地元新聞社の上司(デスク)のムチャぶりに辟易としている。

「小見ぃ~、些細な記事でもなぁ、ブン屋(新聞記者)はここで稼ぐんだよ、ここでぇ!」

 そう言うと、書類が乱雑に積まれた机に自らの太い脚を無造作に乗せ、右手に持った扇子で大袈裟に叩く。

「分かったらとっとと行け!」

 油でテカった口許を歪めると、吐き捨てるように声を荒げた。

「……はい!」

 禿げ上がった上司の頭を睨み付けると、小見絵美里は眉間に皺を寄せたまま踵を返し、椅子にかけておいたカバンを乱暴に掴むと、ヒールの音をわざと大きめに鳴らして編集室を後にした。

「あったまきた!」

 昨今、地元テレビ局で連日のように取り立たされているワイドショーのネタが、街を騒がしている謎の怪事件だった。なんでも、中世の鎧を纏った騎士が住民を襲い始めたというのだ。

 ついに怪我人まで出始め、警察まで重い腰を上げたという噂だが、当の警察は取材に一切応じず、地元新聞社の報道部に勤める小見絵美里にも、その馬鹿げた取材へ向かうよう、上司から命令が下ったのだ。

「冗談じゃないわよ。なんでそんな取材、私が行かなきゃなんないのよ!」

 報道部を志望して入社した小見だったが、いつのまにかゴシップ記事を任されるようになっていた。

「女だからって舐めてんだわ!」

 と、怒りの収まらないまま、突然、猛烈な空腹感が襲う。

 手首を返し、腕時計を確認すると、時刻は午後1時を回ったところだった。

 23歳、ショートカットがよく似合う快活そうな美人は、ふと廊下の真ん中で足を止め、スレンダーな体型を包むビジネススーツ越しに自らの腹に手を当て、昼食のメニューを考え始める。

 愛くるしいアーモンド型のクリッとした瞳を左右とも真上に向け、頭上にハンバーガーの姿を思い浮かべた。

「まずは腹ごしらえかな」

 新聞社のロビーを出て、階段を何段か飛ばしにジャンプすると、駐輪場に停めてある自らのスクーターに跨る。

 さっきまでの怒りはどこへやら、案外単純な女だった。



 ハンバーガーショップのテーブル席に一人で座ると、トレイの上のダブルチーズバーガーにかぶりつく。

 会社に近いこともあり、一週間に五回は通う偏食ぶりだった。

 ふと、隣のテーブルに座る男女の姿が視界に入る。

 美男美女と言って差し支えのないカップルだったが、どう見ても女が年上で、やたらに強気な態度で振る舞っている点が気になった。

「美嶺さん、この後どーする?」

「んー、服見るから付き合って」

 シェイクのストローを口につけたまま、ゆったりとソファーに背中を預け、両足を優雅に組み、視線を横に外す横柄な態度の美嶺。この女なりの照れ隠しなのだが、見ようによっては高飛車な女に思われるだろう。

「は~い」

 そんなことは気にするでもなく、木下は無邪気に答え、美嶺を見つめる。

「何?なんか不満?」

 木下の真っ直ぐな視線に赤面し、目を泳がせる。

「いえいえ、別に」

 追い立てるかのごとく、美嶺へ向け、おもいっきり愛想笑いを浮かべた。

(ははぁ~、多分女の方は家庭があって、旦那はうんと年上ね。着てる服とか髪形から察するに、店か会社やってるキャリアウーマンってとこかな?きっとあの若い男は……愛人?ヒモ?)

 視線は明後日の方向に反らしながらも、冷静に隣のカップルを分析する小見。

 ヒモと解釈された木下大河は、ポテトをつまみながらぼんやりと窓の外を眺めている。

 左右非対称(アシンメトリー)にした長めの茶髪と耳のピアスが、眉目秀麗な白面を若干チャラく見せていた。

 しかし、女性的な美形は、大抵の女を振り向かせる、なんとも言えない雰囲気(オーラ)を醸し出している。

 ヒモと形容した小見も、ついつい木下の横顔に何度も目をやった。

 憂いを帯びた木下の優しげな瞳が、妙な色気を漂わせて見えた。

(──役者の卵とか?生活感が無いところから察するに、やっぱりヒモね)

 そのヒモが、着ている綿素材のラフなシャツのポケットから、おもむろにスマホを取り出した。

 鳴動が世話しなく店内に響く。

「美嶺さん、ちょっ、ちょっとごめん」

 特段表情を変える様子も無いが、どことなくぎこちない態度で席を立つ木下。

「えっ、ちょっ、何?」

 美嶺の戸惑いを他所に、そそくさと店外へ出て行く。

(あら~、ヒモのくせに、他にも女がいたんだ……まぁ、イケメンだしね~)

 小見が意地の悪い微笑みを浮かべる。

 ふと、隣から視線を感じ、目線を向けた先。

「──うっ」

 美嶺が夜叉と見紛う険しい両眼で、小見を見据えていた。

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