第3話―強化装甲服―
「空間転移装置を使うことによって、例え離れた場所に木下君がいても、この強化装甲服、MEPASを瞬時に装着することが可能です」
得意げに腕を組む三国。
「ミーパス?……」
聞きなれない言葉に木下は首を傾げた。
「はい、muscle(筋肉)electric power (電力)armored suit(装甲服)の略称です。ドライカーボン繊維に、筋肉が発する微量な電気を増幅する特殊な金属を編み込むことにより、着用者の力を数十倍に高めることが可能です。その際、防御力も飛躍的に向上するんです」
装置の中に佇むスーツを見つめ、三国の話に聞き入る木下だったが、理解不能の蘊蓄より、頭部から足の指先まで覆うスーツの形状が、夏場の暑さに耐えられるのか、そちらの方が気になった。
モトクロス用のヘルメットを更にタイトにしたような形状をした頭部、そこに浮かび上がる左右共に独立した両眼は若干つり上がり、クリスタルに似た形状と赤い輝きを放っている。張り出した胸部は、鍛え上げられたアスリートを彷彿とさせ、全身がカーボン特有のブラックとグレーの細かい網目模様を鈍く輝かせていた。
「こんな物が必要になるかもしれない命懸けの仕事をすることになるとは……」
強化装甲服を見つめる木下の傍に立ち、ため息まじりの三国。
「元々はこの会社の社員だった人の仕業かもしれないんでしょ?」
「まぁ……そうなんですけどね」
木下の言葉に、アイスコーヒーを啜りながら、三国はバツの悪い表情を作った。
事の発端は一年前。
世界有数の複合企業・三国重工は、天才科学者の呼び声が高い一人の男を米国から招聘し、様々な実験を行っていた。
船舶、旅客機、自動車、家電。
自社が手掛ける様々な分野の技術に応用する、先進のテクノロジーを開拓するためだった。
数ある実験の中でも、取り分け驚異的な成果を上げたのが、物質の空間転移と呼ばれる突拍子も無い物だった。
指定した座標へ物体を瞬時に転送するという、前代未聞の発明を成した科学者は、ある日その技術と共に忽然と姿を消した。
そしてその数ヵ月後、三国重工が拠点を置く街を中心に、次々と起こった怪事件の数々。
異形の怪物達が、人々を襲い始めたのだ。
当初、なんの関わりも無いと思われていた三国重工だったが、怪事件が起きる前後に必ず発生する強力な磁場に気づいたのが三国だった。
三国重工の現社長にも関わらず、常に現場で研究開発に勤しんでいた三国は、失踪した科学者が僅かに残したデータを元に、空間転移の実験研究を重ねていた事で、その予兆にいち早く気づく事になる。
そこで、旧知の間柄の木下へ、磁場が発生する予兆が現れたポイントを伝え、調査を依頼したのだ。
数度に渡る調査の中で、都市伝説としか思えない“怪物騒ぎ”に対し、三国は自らの趣味で集めている刀剣の中から、和泉守兼定....之定を剣道の有段者である木下に与え、護身用とさせた。
その際、地図や設計図を携帯するためのアジャストケースに刀を隠し、『銃砲刀剣類登録証』をも封入した上で、“銃刀法違反”に備えている。
三国の研究施設から、再び駐車場へ出た木下。
どうせ空間転移させるなら、ある程度距離が離れていたほうがいいという三国の提案だった。
全身の「首」と名のつく部位に、三国から手渡されたバンドを装着した木下。喉元にはチョーカーを巻いている。
なんでも、強化装甲服(MEAPS)を転移させる際に必要な、座標を発信するための物らしい。
若干不安そうな表情を浮かべる木下は、体を強ばらせ身構えている。
『さて、準備はいいですか?』
「はぁ……」
装着するインカムから聞こえる三国の声に、浮かない顔の木下。
それに対して、嫌らしい程の不気味な笑みを浮かべる三国が、何やらパソコンに入力し始める。
軽快にキーボードを叩くと、最後にエンターキーを押した。
すると、空間転移装置がゆっくりと鳴動し始めた。
室内に数機並ぶ、長方形の巨大な発電機がフル稼働し、装置に電力を供給し始める。ビルの電力だけでは不足なのだろう。
次第に高まる高周波。三国の眼鏡が小刻みに震え、それを両手で押さえつける。
目映い光が部屋中に満ち、吸い込まれるように装置に集約されていった。
突然、何かがコンクリートの壁に激突する、とてつもない爆音が響き渡る。
三国が顔面を蒼白にし、慌てて研究施設を飛び出した。
「木下君!大丈夫ですか!」
駐車場には、キョトンとした表情を浮かべる木下の姿が。
特段体に異常は無さそうだ。
ふと、木下の視線の先を辿る三国。
コンクリートの壁面。強化装甲服の両腕が頭上に円を描く形を成し、両脚はガニ股に広げられ、足の裏を左右共ぴったりと合わせている。
真正面から見ると、数字の8と見紛う格好で、コンクリートに深々と埋め込まれていた。
どうやら空間転移が失敗し、壁の中へ実体化したようだ。
コンクリートの壁面からガラガラと音を立て、大小の破片が崩れ落ち、木下と三国の足元へ転がっていく。
「プッ」
強化装甲服の変わり果てた姿に、思わず木下が吹き出した。
「し、失敗しちゃった」
目を見開き、震えながら呟く三国の表情には、言い様の無い悲壮感が漂っていた。