第27話―親子―
小学校で起きた事件から数ヵ月が経過していた。
殺害された女性教諭と連れ去られた生徒二人について、ワイドショーや新聞各紙が連日に渡り報道を重ね、世間を騒がせていた。
何故女性教諭が殺害されるに至ったか。
全くもって犯人の動機は知れず、連れ去られた少年二人が近隣の大学付属病院で保護されていたことも謎に包まれていた。
数々の目撃証言により明らかになった“騎士"の存在や、大型の四駆、大排気量のバイク。近隣住民や生徒から多数報告されたそれらの情報により、犯人はすぐにでも捕まるだろうと噂されていたが、依然として容疑者が検挙されることもなく、季節は移ろい、冬の気配が近付きつつあった。
闘いの舞台となった街からは、遠く離れた都内某所。
23区の中でも田舎に位置するその土地は、半世紀近くもの間、日本でも有数の資産家によって所有されていた。
広大な私邸。
豪奢な日本庭園が広がり、桧を惜しげもなく使って建てられた日本建築の豪邸を、静かに囲っていた。
庭園に面した広い縁側の障子は全て開け放たれ、何十畳あるかわからない程広い和室の中には、青空に浮かぶ太陽からの陽光が、穏やかに降り注いでいる。
その中央、やたらに厚い座布団の上で正座する二つの人影が。
一人は三国。
相変わらず七三にメガネ、中肉中背でこれといった特徴もなく、普段と違うのは白衣ではなくスーツを着ていることぐらいだろうか。とても世界有数の複合企業「三国重工」のトップとは思えない。
対するもう一人の男。
白髪をオールバックに撫で付け、正座した姿勢からでも長身であることが伺えた。スラックスにポロシャツ、ベストを羽織った格好は、どこぞの養老院にでもいそうな老人そのものに見え、一重の涼しげな瞳は、老いのせいで重力に逆らえないのか、瞼が薄く閉じられている。
だが、異様に鋭い眼光が、目の前の息子を品定めするかのように見据えていた。
「父さん、各メディアへの報道規制と、警察関係各位への圧力、本当にありがとうございます。父さんのお手を煩わせたくは無かったんですが」
開け放たれた縁側から吹き込む風は冷たいぐらいなのだが、三国の額には汗が玉になって噴き出していた。
「何……致し方無いだろう。自社の社員がひきおこした可能性が高い事件故、もし世間にその事が広まれば、三国の株価が暴落するのは免れないしな。だが、この先も恐らくあれは現れると思って間違いないだろう」
三国の父、三国大二郎は、脇に置いてある高価な湯飲みを両手にすると、淹れたての茶を一口啜った。
「はい。今は成りを潜めていますが、いずれ必ず現れると思われます」
視線を泳がせる三国は、落ち着かない様子で答える。
「“美空事件”の轍は踏むなよ。お前まで失ったら、死んだ母さんにあの世で会わす顔が無い」
「はい。肝に命じております」
両者の表情に、暗い影が落ちた。
三国重工を一代で築き上げた三国大二郎は、政界、財界、公安など、日本の上層組織のあらゆるトップと通じ、資金面から様々な援助、献金を行ってきた。
今回の事件で、木下や三国が現場に残したタイヤ痕や目撃証言の数々を、三国大二郎は息子の依頼を受けて、警察上層部へ圧力をかけ、メディアへの報道規制を強めることによりことごとく封殺していたのだ。
三国重工の経営に関しては、社長の座を息子に譲り隠居生活に入ったと思われているが、実際は会長として影ながらその辣腕を振るっていた。
◆
「ふぅっ」
「どしたの三国さん?」
三国大二郎の邸宅から研究室へ戻った三国は、ネクタイを緩めながら大仰にため息をついた。
机に長い脚を放り投げて、椅子に浅く腰かける木下はとぼけた表情で、手にした週刊誌には売り出し中のグラビアアイドルが、水着姿であられもないポーズを取っているページで開かれていた。
「君は呑気だね」
木下の脇をすり抜けながら雑誌をつまみ上げると、ネクタイと一緒に書類や文具で雑然とした机の上に放り投げた。アヒルのように口を尖らせると、眼鏡を中指で押し上げ、ぶつぶつと小言を呟く。
「なーに、三国ちゃ~ん」
「誰が三国ちゃんですか」
相変わらず屈託のない少年じみた笑顔の木下を一瞥すると、腹を立てるのがアホらしくなり、三国は穏やかな表情で上着をハンガーへ丁寧にかけた。
「あれから勇者君、音信不通だね」
両手を後頭部で組み、椅子の背もたれで仰け反る木下。すっかり肩の傷は癒えている。
「このまま永遠に音信不通でいてくれたらいいんですがね。さすがにうちの父親も、これ以上の圧力をかけ続けるのは難しいですから」
よれよれの白衣に着替えると、研究室の壁面に並ぶ数台の転移装置の前に立った。
「圧力?」
「ええ。まぁ、木下君には関係ない話ですが」
「ふ~ん、で、増山さんのも完成したんでしょ?」
「ええっ、出来ればこんなもの、あの人が着る機会なんて無いといいんですが」
その言葉に、木下は椅子から飛び降り、軽快な足取りで三国の横に並ぶ。
「いや~、趣味の世界だよね~」
増山用にあつらえた強化装甲服は、炭素繊維の模様をギラギラと輝かせ、転移装置の中でその巨体を鎮座させていた。




