第25話―同時攻撃―
遠くから微かに聞こえていたサイレンの音が次第に近くなり、近隣の街並みに反響しながら小学校の屋上にもハッキリと届き始めた。その音階とはまったく異質な旋律を奏でながら、勇者の詠唱は続く。
突如として始まった激闘は中断され、不気味な程美しい金髪の少年の声が、悪夢に似た事象の数々を木下と増山の心からほんの一瞬忘れさせた。
だが、爆炎により屋上のコンクリートは無惨に破壊され、燻りながらそこかしこに立ち昇る黒と灰色の煙が、未だ悪夢の継続していることを二人に告げていた。
「野郎、またおかしな魔術でも使うつもりか……大河、先手必勝だ!奴が歌にかまけてる間に終わらせるぞ!」
先ほど自身を襲った理解不能の氷結魔法。再び喰らえばひとたまりもないと、増山は一気に駆け出した。
「はい!」
右腕の痛みを押し殺しつつ、木下も追従する。増山の言う通り、わざわざ詠唱の効力が発揮されるまで手をこまねいて見ている道理も無い。
駆け出した二人の見据える先で、剣を顔面の前に立て、無防備に立ち尽くす勇者。木下が装備した"エマ"による攻防一致の電撃で、全身に見てとれる明らかなダメージ。
「なんだ……ありゃ?」
勇者へ向かい、斜めに地を蹴る増山の足が止まった。
木下も、勇者を刮目しながら表情を強張らす。
勇者の全身。
電撃による皮膚の火傷が、瞬く間に回復し始めていた。赤黒い傷口が光りに包まれ、元通りの色の白い肌へと癒す。
"回復魔法"。
「なんでもありかよ」
憤りを通り越し、呆れた音を出す増山。
「これじゃ勝ち目ないよ……」
さすがの木下も、声に疲労感が漂う。
詠唱がピタリと止み、いよいよサイレンの騒がしい音が周囲に満ちていった。
「大河、あれがなんなのかは分からんが、少なくとも子供や俺達を殺そうとしたことは確かだ。さっき倒した奴ら同様、きっちり元の世界に還してやろうぜ」
増山は目の前で両手を組み、ボキボキと小気味よい音を鳴らすと、左手に右拳を叩きつけた。
(しかし……あんな化け物、倒せるのか?)
言葉とは裏腹に、胸中で弱音を吐く。
ギリシャ彫刻を彷彿とさせる増山の精悍な顔つき、その頬が引きつっていた。傷すらも癒す驚異の魔法を見せつけられては、剛胆な増山ですら及び腰になるのも無理は無い。
「増山さん、無理しないで下さいね。あいつは他の奴らとは違いますよ」
中段に構えた和泉守兼定の切っ先を勇者へ向けると、両足を猫科の猛獣に似たしなやかな動きで開脚し、体を沈めた。
烈火のごとき気迫が宿る両眼。
(右腕がこの状態じゃ、正確に刀を振るえるのは良くてあと二回、いや、一回か……増山さんは生身だから無理させられない。僕が決める!)
声には出さず、口を真一文字にすると、両手で和泉守兼定の柄を握りしめた。
「うおおっ!」
増山が声を張り上げ再び駆け出す。
勇者の傷は完全に癒え、悠然と直立していた。だが、もはや幾度か見せた少年の笑顔は影を潜め、つり上がった左右の瞳には、冷え冷えとした殺意が揺らめく。右足を引くと、両腕を真横に伸ばし、幅広の剣を構える。迫り来る増山の巨体を、真横から薙ぎ払おうかという動きだ。
「らぁっ!」
勇者の攻撃範囲へ、増山はなんら臆することなく飛び込む。待っていましたとばかりに、勇者は剣を真横に振り抜いた。
速い。
だが、その斬撃を頭上スレスレに躱しながら、地面に体を横にして勢いにまかせスライディングする。
狙いは勇者の両足。
一気に蹴り飛ばそうとした。しかし、造作もなくその蹴りを躱すと、剣を振り抜いた姿勢のまま空中へ飛び退く。
「ちぃっ!」
勇者の俊敏さに、思わず増山は顔をしかめた。
「はぁっ!」
虚空へ身を踊らせた勇者へ向け迫る黒い影。増山の遥か後方から、強化装甲服の力を全開にし、一足飛びで跳躍した木下だ。
勇者の頭上目掛け、痛みで痺れる右腕をものともせず、渾身の力を込めて上段から刀身を撃ち込む。滞空している勇者は、咄嗟に円形の盾を掲げ、その斬撃を防ごうとする。しかし──。
「ぐふっ」
激しい打突音と共に、勇者の金髪がバラバラと揺れ、黄金色の甲冑越しに身を捩らせた。
スライディングからの蹴りを躱された増山が、仰向けの姿勢から勢いよく逆立ちすると、両腕の力だけで跳躍しながら、完全に死角となった勇者の背中目掛け再度蹴りを放ったのだ。
曲芸じみた動きは、サッカーのオーバーヘッドキックそのものに見えた。
予想外の攻撃により、勇者が防御のために頭上に構えた腕が下がり、掲げた盾の位置が自らの思惑より僅かにズレる。円形の盾の縁をなぞりながら火花を散らし、和泉守兼定の白刃が銀色の残像を煌めかせた。
勇者のこめかみへ、一片の慈悲も無く、之定の刀身が斜めに食い込み突き刺さる。
少年の瞳が大きく見開き、怒りとも悲しみともつかない色が浮かぶ。
三者が絡み合いながら、ゆっくりと屋上の地面へと落ちていく。勇者の頭部には、鋭利な刃が数センチ程突き立てられたまま。
だが、頭蓋を突き破り、脳へ到達するには十分な攻撃だった。
青空を背景に、赤い血飛沫が霧になり舞い上がっていく。そのまま、止まっていた時が動きだしたかのように、増山から順に地面へ落ちた。
遅れて落下する勇者と木下だったが、その間際、勇者が剣を掲げ、木下の顔面目掛け振り抜いた。
「大河!」
地面に仰向けの状態でその様を見据える増山だったが、再度勇者へ攻撃する余力は無い。空中で姿勢を崩した木下へ、顔面を血まみれにした勇者の攻撃が炸裂する。
木下と勇者、互いの視線が空中で交錯した。憤怒の表情を浮かべた金髪の少年は、なんのためらいもなく木下の首を刎ねようしている。
対する木下。
最後の一撃を放った右腕に、もはや余力は無い。そして、歪んだ刀では、勇者の撃ち込みをまともに受けることは出来ないだろう。
しかし、青い瞳に映る木下は、何故か不敵な笑みを見せていた。その表情に気付いた瞬間、勇者は刮目する。
「あうっ!」
勇者の全身が激しく痙攣し、四肢を不気味に踊らす。強力な電撃により、再び空中へ弾き飛ばされた。
落下寸前、勇者が叩きつけた幅広の剣は、木下が目前に構えた盾"電磁装甲"により防がれたのだ。




