第21話―強者の一撃―
「どっから出て来たんだよ?あの格好……武闘家か?」
額に伝う雫を人差し指で拭うと、虚空に浮かんだ黒い渦を見上げ、地に降り立った得体の知れない存在へ視線を移す増山。
数分前から目の前で起こっている常軌を逸した出来事に、恐怖を通り越し苦笑いを浮かべた。
ゆっくりと近づく仮面の男。奇っ怪な白い面についた小さな耳と尖った鼻。狐を模したそのデザインは、一見すると愛嬌を持ち合わせて見えた。
「騎士に魔法使いの次は武闘家?」
木下が呆れた音を出した。
乱れた呼吸を整えると、増山は自らもゆっくりと歩みを進める。視線は武闘家を捉えたままだ。
遠くに聞こえるサイレンの音が、次第に大きくなっていく。
校内で女性教諭の首が落とされたことを、木下も増山も知らない。先ほどまでの激しい戦い以前に、凄惨な殺人が行われたことにより、校内はパニックに陥っていた。
「大河、こいつら人間じゃないんだろ?」
「うん。なんなのかは分からないけど、人間じゃないことは確かだよ」
まだ熱を帯びた強化装甲服越しに、木下も武闘家を見つめる。だが、その後方で佇む“勇者"の放つ苛烈な視線が、木下をその場に釘付けにした。
一瞬たりとも気を抜こうものなら、瞬く間に攻撃を仕掛けられるだろうと、木下は和泉守兼定を勇者へ向け構える。勇者の握る幅広の剣からは、“付加魔力武装"による蒼白い炎が、美しくも不気味に燃え盛っていた。
互いに緊張の糸を緩めることができない木下と増山。そんな二人にはお構い無しに、両腕を後ろに回したまま、音もなく歩みよる“武闘家"。木下には目もくれない様子で、増山の間合いに踏み込む。その瞬間、増山は落とした膝から地面を蹴り出すと、仮面の側頭部目掛け右廻し蹴りを放った。
電光石火の攻撃。
周囲を漂う黒煙を引き裂き、叩きこまれたかに見えた。
しかし、その蹴りに対し、左手を無造作に掲げると、増山の脚を撫でつけるように事も無げに捌いてみせた。
「っ……!?」
渾身の蹴りをあっさりと防がれた増山は、崩した体勢から再び両足を地に着き、魔法使いを瞬殺した時同様の二段突きを放つ。
「おらっ!」
心臓と左脇腹。
その二点目掛け正確に打ち出された拳。それに対し、武闘家は脱力した様子で、後ろに回したままの右腕をゆらりと前面に構えた。
右の手のひらは地面と垂直に、左手は水平に。
「なにっ!?」
増山の放った拳、腕を絡めとりながら、同時に左右外方向へ突きの軌道を反らす。
次の瞬間。
揃えていた両足から右足を斜め下に踏み出し、武闘家が“縦拳"を打ち出した。
上半身に予備動作のまったく無い、ノーモーションからの攻撃。
「ぐっ!」
一瞬両腕を殺され、ガードもままならないままに、その拳の殴打を無防備に鳩尾に喰らい、増山は悶絶する。
木下の目からは、その攻撃がスローな動きにすら見えた。だが、鈍い音と共に、増山の巨躯が易々と5メートル程後方に吹き飛ぶ。
なんの抵抗も出来ないまま、あっけなくあしらわれた。
◆
一方その頃、マローダーで校外へ逃げた三国達は、意識を失っている子供二人の容態を診てもらうために、大学付属病院へ到着していた。
病院へ向かう車中から、予め急患であることを電話で伝えてあり、出迎えた医師達の手で院内へ迅速に運びこまれた。その際、三国と小見の素性は隠しておくようにと、三国が予てより懇意にしている医師へ依頼した。
そんな事が出来るのも、この大学付属病院の実質的なオーナーが、三国重工だからである。
幾らもしないうちに、警察やマスコミが騒ぎ出すのは明白だった。
木下と増山の安否を確認するために、三国は病院の駐車場に停車したマローダーの車内で、再び木下と連絡をとろうとしていた。
木下が魔法使いの放った火焔の光球の直撃を受けてから、通信が途絶えている。
「あの、一体どうなってるのか説明してもらえませんか?」
後部座席から運転席へ身を乗り出し、沈黙を破って三国に問いかけたのは美嶺だった。
三国と小見が子供達を救い、学校の敷地内から脱出する最中、校庭の入り口で一人立ち尽くす美嶺を見つけ、小見が乗車させるよう三国に願い出たのだ。
これ以上の厄介事を抱え込みたくないと、一瞬躊躇した三国だったが、魑魅魍魎が跳梁跋扈する危険な場所に放置してはおけないと、小見の申し出をすぐに受諾し、乗車させた。
木下が悪夢のような戦いの渦中へ身を投じる様を、半ば茫然自失となって傍観していた美嶺だったが、小見の大声の呼びかけで我に還り、慌ててマローダーに乗り込んだ。
よもや小見も、自らが“ヒモ"と呼んだ木下と、マク〇ナルドで一緒にいた女が、後部座席の隣に座る美嶺だったことなど知る由もない。
今この瞬間も戦いの舞台になっている小学校。そこに席を置く教師か何かだと思っていた。
「……すみませんが、今は説明する時間が無くて、小見さん、えーっと、彼女に説明してあげてください」
「はい?」
木下との通話を再開するために、車載PCを操作していた三国だったが、半ばヤケクソ気味に小見へ話を振る。
後部座席の女二人は、互いに目を丸くして顔を見合せた。
◆
「ぐっ、今のは……」
たった一発の突きで、赤子の手を捻るようにあしらわれた増山。
鳩尾を強打されたことにより、呼吸さえままならない。
その場でうずくまる増山へ向け、再び武闘家は歩みを進め始めた。
「増山さ……!」
木下が声を発した瞬間、勇者が駆け出した。異様な速度で木下との間合いを詰める。剣からは蒼白い炎が尾を引きながら、空間を熱で歪めていた。




