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第2話―三国―

 一直線にアスファルト上を疾走する隼。人馬一体となり、敵目掛け突き進む。

 ふと、視線の先、遥か遠方に巨大な黄色い影が揺らめく。


「まずい」


 呟く木下の目には、次第に大きくなるそれが、スクールバスだと確認出来た。


『何か問題ですか?』

 インカム越しに上ずった声を出す三国。

「スクールバスが近づいてる。ここに来るまでに片をつけないと」


 木下の声色が冷静さを帯び、目に光が宿った。

 一方の“魔法使い”は再び杖を天に向けかざすと、ローブで陰になっている口許を僅かに動かし、何事か呟く。

 すると、杖の先端部分に細かな放電が起こった。静電気程の小さな光が幾筋か走ると、それが集約されていく。


「今度はなんだ?」


 単車のフロントウインドウ越しに身を屈める木下が、眉を潜め訝しむ。

 猛然と流れる周囲の景色。

 敵は目前だ。

 次第に近づくスクールバスと、魔法使いとの距離は数百メートル程。

 その刹那、何かが折れたと錯覚する音を伴って、魔法使いが掲げる杖の先端から放出される蒼白い閃光。


「うっ!」


 咄嗟にハンドルを左に切り、車体を斜めにして回避した。アスファルトを切りつけ、悲鳴を上げるタイヤ。

 杖の先端からジグザグの軌道を描き、(いかづち)が打ち出されたのだ。

 数秒前まで木下がいた空間に叩きこまれ、アスファルトが陥没しながら空中へ飛散していく。


「わっ!!」


 そのまま単車を停車させ飛び降りると、自らの足で駆け出す。

 魔法使いは10メートル程の距離にいた。

 畳かけるように、杖から放たれる更なる(いかづち)

 耳を塞ぎたくなる轟音と共に、蒼白い閃光が木下の頭上に落下したかに見えた。

 しかし……。

 僅か一瞬先。ヘルメットを脱ぎさると、高々と空中に放り投げた。ジグザグの軌道を描く雷が、間一髪、木下ではなくヘルメットに直撃する。閃光を伴い、虚空で盛大に爆裂しながら吹き飛ぶ。


「危なっ!」


 言葉とは裏腹に、何ら逡巡することなく一気に跳躍する木下。

 周囲には、発散した電気がのたうちまわりながら散り散りに消えていく。


「ハァッ!!」


 上段に構えた和泉守兼定。渾身の力を込め、袈裟懸けに降り下ろす。

 ローブの頭頂部へ正確に叩き込んだ。


「!?」


 なんの手応えも無く、易々と地面まで到達する刀身。

 空中に舞い上がり落下すると、木下の足元へ山になるローブと杖。その背後にあった渦を巻く黒い空間も、次第に小さくなっていく。

 それと共に、霧散しながらローブと杖が形を崩していき、最後には塵一つ残らなかった。


「またか」


 腰に手をやり、木下は怪訝そうに顔を歪めた。


『どうなりました?』


 耳元のインカムに響く三国の声。


「消えちゃったよ」

『前回と同じく?』

「うん。にしても、あれはなんなの?」

『皆目検討もつきませんね。今回は郊外でしたが、前回みたいに街に現れたらと思うとゾッとしますよ。ところで木下君、怪我は?』


 頬と髪を多少焦がした程度で、命に別状は無かった。


「大丈夫。それより行かないと」

『えっ?』

「仕事。お客さん待たせてたから……」


 そそくさと之定をホルダーへ収めた。

『後で報告してくださいね』

「了解」


 煤けた頬を手の甲で拭うと、黄色いスクールバスが轟音を立てながら木下の脇をゆっくりと通り過ぎて行く。

 数名の園児が窓から手を振り、それぞれの顔には笑顔が浮かぶ。木下は白い歯を見せて応える。

 バスの乗員は、誰一人として先ほどまでここで行われていた怪異には気づいていない。

 安堵の表情を浮かべ、空を仰ぎ見る木下。

 隼に跨がり颯爽と走り出すと、地平線に霞む紺碧の空に、その姿を溶け込ませた。



「何やってたのよ」


 美嶺が不機嫌な表情で声を圧し殺す。当然のことながら、客は他のスタッフが担当し、既に帰っていた。


「いやー、すいません」


 床に散らばる髪の毛を、ホウキで丁寧に掃除し始める木下。飄々とした笑顔を浮かべている。

 数名いるスタッフは、そんな木下を見て、失笑しながら店の片付けをしていた。


「ちょっとそこ座りなさい」

「えっ?はぁ……」


 美嶺の言葉に、気の抜けた返事をする。

 鏡を前に、椅子に腰かけた木下と、その後ろに立つ美嶺。


「毛先、焦げてるよ。何してきたの?」


 取り出したハサミを斜めに入れると、少しだけカットしていく。

 美嶺の顔が木下の頬に近づき、穏やかな吐息と、微かな香水の匂いを感じた。


「いい匂い……」

「はぁっ?」

「美嶺さん、いい匂いだよ」


 その言葉に頬を赤らめると、空いた手で木下の頭を軽く叩いた。


「たっ」

「はい、目立たなくなった。ほら、掃除の続き」

「は~い」


 少年じみた屈託の無い笑顔を浮かべると、椅子から飛び降り、ホウキを手にした。


 

 仕事を終えた木下の駆る隼が、街の中心地にあるオフィス街へ向け軽快に走っていく。

 午後6時を回っても、日が長くなったせいか周囲は明るく、ビルから出て家路に向かうサラリーマンのスーツ姿を、ハッキリと確認することが出来た。

 そんな人々の群れが進む方向とは逆に、オフィス街の奥へと単車を走らせる木下。

 一際背の高い巨大なビルの脇、その壁面に口を開ける地下駐車へと消えて行った。

 薄暗い照明に照らされた緩やかなスロープを降りると、黄色いバーが伸びるボックス型の機械が視界に入る。

 ライダースジャケットの上着のポケットからセキュリティカードを取りだし、上から下へ通すと、音も無くバーが跳ね上がり、更にバイクを前進させた。

 そこには広大な駐車場が広がり、更にその奥に見えるのは研究施設とおぼしき巨大な建造物。

 駐車場と研究施設を隔てる分厚いコンクリート製の壁の隅にある鋼鉄製のドア。その脇に備えつけられた認証機械(リーダー)へ再びカードを通すと、金属音を伴って解錠する。

 中へ入ると、木下を笑顔で出迎えたのは、四十絡みの眼鏡に七三、中肉中背の男。

 部屋はやたらに広く、パソコンと数台のモニターがデスクの上に並べられ、その他には巨大な発電機、壁面には何やら円筒形の水槽のような物まであった。


「三国さん、これ?例のやつ」

「そうですよ。木下君が最初から着てくれてたら、こんな大掛かりな装置は必要無いんですけどね」


 眼鏡の中心を中指で押し上げ、口をへの字に曲げる三国と呼ばれた男。


「アイスコーヒーでいい?」


 白衣姿の手に握られたカップを差し出す。


「ありがとう」


 カップに口をつけて、二度程喉に流しこむと、日中に起こった戦いの模様を詳細に三国へ伝え始めた。

 その話に真剣な面持ちで聞き入る三国。


「騎士の次は魔法使いですか……まるでゲームの世界だ。そんなの相手にするなら、尚更これが必要ですね」


 三国の視線の先、壁面にある円筒形の物体の前に木下は立つ。


「最初から着るなんて無理でしょ。こんなの着て街歩けないし。コスプレだと思われるよ」


 露骨に眉を潜める。


「確かに、それもそうですね……この前採寸した通りに完成してますから、着てみます?」


 少しガッカリした様子の三国だったが、気を取り直し笑顔を見せる。


「はぁっ……」


 その言葉に、木下は気乗りしない音を出す。


「大体三国さん、今はこの会社の社長なんだから、何もこんなことしなくていいんじゃないの?」

「いやいや、私は現場の人間ですから、社長としての責務があるとするならば、たまに会議に出ててればオッケーなんですよ。ゴルフや接待なんかは他の人間に任せます」


 笑顔を浮かべると、目の前の機材に手を着いた。

 前面半分が円筒形のガラスで覆われた大掛かりな装置。その中には、炭素繊維(カーボン)の模様が鈍く光る、人型の強化装甲服が直立していた。

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