ラストクレジット
映画やドラマが終わる時、私たちは必ず一つのものを目にします。画面の下から上へと流れていく、無数の名前。スタッフロール、あるいは『クレジット』と呼ばれるものです。そこには、その作品に関わったすべての人々の名が刻まれています。主役から、照明の助手、イラストレーターなど……。
では、もしも。あなたの『人生』という名の作品にも、エンディングが用意されているとしたら? そして、そのクレジットが流れ始めた時、物語は本当に完結するのでしょうか……
高木正雄の人生は、一言で言えば「下書き」のようなものだった。
地味な商社で定年まで波風立てずに勤め上げ、数年前に妻の和代に先立たれてからは、話し相手といえばテレビの中のコメンテーターくらい。大きな不幸はないが、特筆すべき幸福もない。
「俺の人生、なんだったのかな……」
深夜、独り言が冷えたワンルームに落ちる。その時だった。
古びた砂壁の裾から、ぼんやりとした白い光が這い上がってきた。
『小学校1年時・隣の席 河村智子』
『自転車を直してくれた近所のおじさん 田中吾郎』
「……なんだ、これ」
正雄は目を擦った。壁を、文字が下から上へと静かに流れていく。それは映画の終盤に流れるエンドロールそのものだった。
名前が流れるたび、セピア色に褪せていた記憶が、4K映像のような鮮明さで脳裏に再生される。
河村さんに消しゴムを借りた時のゴムの匂い。田中のおじさんの油まみれの手の温もり。
正雄は気づいた。地味だと思っていた自分の人生という映画に、これほど多くのキャストが関わっていたのだということに。
二日目の夜。クレジットは中盤に差し掛かる。
『最愛の妻 高木和代』
その名前を見た瞬間、正雄の視界は涙で歪んだ。和代と過ごした30年間が、走馬灯のように駆け巡る。
「和代、俺もすぐに行くよ。もうすぐ終わるみたいだ」
三日目の深夜。文字の流れる速度が上がった。
『かかりつけの医師 佐藤栄一』
『最後に言葉を交わしたレジ担当 伊藤健』
正雄は姿勢を正し、ベッドの上で深く息を吐いた。いよいよだ。最後に自分の名前が出て、画面が暗転した時、すべてが終わる。
『主演 高木正雄』
その文字がゆっくりと天井へ消えていった。
正雄は満足げに目を閉じた。静かな幕引きだ。映画館を出る時のような、寂しさと清々しさが混ざり合った、完璧なエンディング。
だが。
数分経っても、意識は消えなかった。
おかしいと思い、薄目を開ける。
そこには、漆黒の闇の中に、不気味なほど鮮やかな「赤」で、一文だけが踊っていた。
『特報:シーズン2 制作決定! ――今夜、公開』
「え……?」
正雄が呆然とした瞬間、耳をつんざくようなオーケストラの爆音が鳴り響いた。
重力が反転し、猛烈な勢いで奈落へと吸い込まれていく感覚。
「……おめでとうございます! 元気な男の子ですよ!」
眩しい照明の下、誰かの叫び声が聞こえる。
正雄は文句を言おうとした。「せっかく綺麗に終わったのに、続編なんて蛇足だ!」と。
しかし、口から出たのは――。
「オギャア! オギャア!」
火がついたような赤ん坊の泣き声だった。
正雄の視界に、自分を覗き込む「新しい両親」の顔が映る。
二人の頭上には、テロップが表示されていた。
『新シリーズ・キャスト:父 一ノ瀬誠』
『新シリーズ・キャスト:母 一ノ瀬里奈』
正雄――いや、一ノ瀬家の長男となった彼は、絶望と好奇心が混ざった産声を上げ続けた。
名作には必ずといっていいほど続編が作られるものです。
しかし、それが前作を超える傑作になるのか、それとも見るに堪えない駄作になるのか……。それは、新しい脚本を手にする、あなた次第なのかもしれません




