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猫と三日月のゆるふわ事件簿  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第7話「帰り道」

 屋敷から出ると、すでに日が傾いていた。

 ひぐらしの鳴き声に促され、朱色に染まった道を早足に歩く。

 大きな屋敷が見えなくなってから、柚子の歩みは次第に速度が落ちていき、ついに止まってしまった。

 隣を歩いていたアランの足も止まる。

 柚子は安堵の息を吐き、責めるような目で彼を見上げた。


「死ぬかと思いました」

「えーと、ごめんね?」

「本当に悪いと思ってます? あのままだと私達、殺されるところでしたよ」

「そっか……」


 アランは眉を下げるだけで、反省の色が見られない。

 柚子は九死に一生を得たような、そんな気持ちだというのに、彼にはいささか伝わっていないようだ。

 頬を膨らませながら来た道をまた歩き出す。

 わざとらしく唇を尖らせ、柚子は拗ねたように口を開いた。


「武家の方々は三日月の名が恐ろしいらしいので、名を出すのはとっておきの切り札なんです」

「とっておきを使ってくれたんだね、ありがとう」

「……私の安全のためでもありましたし、お礼なんていいですよ。でもなんで三日月の名に怯えるんでしょうね。うちはただの商家なのに」


 武家のように護身術は仕込まれているが、それでも三日月家はただの商家だ。

 世界へと扉が開かれた時から、両親は商機だとあらゆるツテを使い海外へと進出を果たしたと聞き及んでいる。


(妬まれるにしろ、どうして武家ばかりに怖い顔をされなければいけないのかしら)


 幾度となく三日月の名に助けられてきたが、なぜか相手は決まって武家だった。

 実力がものをいう家で三日月家のような商家は取るに足らない相手のはずだ。

 だというのに、武家からは化け物の家系だと罵られることがある。

 柚子が首を傾げていれば、アランが苦い笑いを浮かべた。


「どうしてだろうねぇ。でも家の名前で身を守れるのなら最初から名乗ればよかったのに」

「それは……そうなんですけど、虎の威を借る狐みたいで気乗りしません。あと、お父様の耳にも話が入るのであまり使いたくなくて」

「確かにあの父君に話がいくと大変そうだね」

「心配かけると一ヶ月は離してくれないんですよ? 大変どころじゃありませんって」

「なら今回の件は僕から話してあげようか? 問題なかったって」


 アランの魅力的な提案に、柚子は顔を輝かせた。

 先ほどまでの沈んでいた気持ちが一気に浮かび上がってくる。

 柚子の足は思わず跳ねそうになるが、アランの子どもを見守るような目に思いとどまった。


「いいのですか? 少し厄介かもしれませんよ」

「大丈夫だよ。これで、さっきの行動のお詫びにはなるかな?」

「十分です。ありがとうございます!」

「うん。柚子の機嫌が直ってよかった」


 穏やかな表情で笑うアランはどこか儚げで、紫へと変わりつつある空に溶け込んでしまいそうだ。

 柚子は優しすぎる顔から目を逸らす。

 視線を彷徨わせれば、真っ赤な紅花が大量に咲いていた。

 ほのかに甘い香りを風に乗せて運んでいる。


「この匂い……依頼主の女性からもしたね」

「そうですね。あと隠し部屋でもしていましたよ」

「……なるほど」


 どうやらアランは柚子と同じ結論に至ったらしい。

 彼が何かを紡ぐ前に、柚子が内緒だと自身の唇に指を当てた。


「駄目ですよ、アラン様。乙女の秘密は暴くものじゃないですから」


 柚子は調色板(パレット)に乗った黄色を思い出し、そっと微笑んだ。

 整理整頓された隠し部屋に放置されたそれは明らかに浮いていた。

 違和感を抱くなという方が無茶だろう。

 その上、花の香りを漂わせた依頼主は手に付着した染料を袖で隠していた。

 彼女が隠し部屋から出てきたのであれば納得もいく。


(まんまと私は上手く使われたってところね)


 偶然隠し部屋を見つけてしまった依頼主が、高祖母と同じ絵描きであれば興味を持つのは自然なことだ。

 だが、依頼主に父を問いただす勇気はなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのが失せ物屋だったのだろう。

 他人が見つけたのならば、依頼主が追求しても角は立たない。

 優しく横髪を掬われ、足を止めて視線を上げる。

 すでに日は沈んでしまっており、夜の闇がアランの銀髪を一層際立たせていた。


「……君は、納得しているのかい?」

「えぇ。失せ物は見つけましたし、あとはあの方達の問題ですので」

「優しいんだね」

「いえ。面倒なだけですよ」


 柚子は苦笑しながら首を振る。

 アランは屋敷でも外でも変わらず、一緒に歩く柚子と歩幅を合わせていた。

 彼は、人の痛みを想像し心を痛めることができる。

 たったそれだけで、アランの人となりが少し分かる気がした。

 本当に優しいのはアランのような人のことを言うのだろう。


(まぁ少し後先考えないところはあるけれど、優しい人に変わりはないものね)


 心底信じられないと言わんばかりのアランの指から、柚子の髪が滑り落ちる。

 彼は寸秒考えた後、そっと笑う。

 その笑みは無意識に背筋が伸びてしまうような威圧感があった。


「面倒、ね……。面倒だから、僕にも何も聞かないのかな?」


 途端、蛇に睨まれた蛙の如く、柚子は金色の瞳から目を離せなくなる。

 艶やかな色香に頭がくらくらしてしまいそうだ。


(吸血鬼なのかって聞いても答えないって顔してるくせに)


 捕食者のような目を見つめながら、柚子は力なく笑った。


「そうですよ。相手から距離を詰められるのも、私から心を砕くことも、全部面倒なんです」

「……どうして?」

「だってそうすれば、私のことも放っておいてくれるでしょう?」


 寂しげに笑う柚子は、どこか冷めたようにも見え、しかし僅かに諦めきれない顔をしていた。


(私の能力を珍しいと言ってくれたアラン様なら……って期待したら、裏切られたとき立ち直れなくなってしまうわ)


 アランが一瞬、目を見開く。

 そして、なぜか穴が開くほどに見つめ返され柚子はたじろいだ。

 彼がまたたきをすると、一瞬で威圧感がなくなり悲しい色に変わる。

 哀れみをかけるような表情で、アランは柚子の頬をなぞった。


「なら僕は柚子を構おうかな。君といると飽きなさそうだし」

「……私の話、聞いていました?」

「うん。聞いてたよ」

「ならなんでそんな結論に至ったんですか」

「だって、君が助けてって顔をしてるから」

「……そんな顔してません」


 顔を背ければ、意外にもすんなりと手が離れた。

 少し残念そうに腕が下げられる。

 むくれる柚子を意に介さず、アランはあっけらかんと笑う。


「そっか。でも柚子が嫌なのは、自分が心を砕くことでだろう? だから、柚子の代わりに僕が心を砕いてあげる」

「意味が分かりません」

「まず手始めに、家まで送ってあげるね。夜の帝都は危ないから」

「ありがたい申し出ですけど、どういう理屈ですか?」

「男として、年端もいかない女の子をこんな暗闇の中に放っておけないかなって」

「……ちゃんとお父様に、今日はなんでもなかったって伝えてくださいね」

「もちろんだよ」


 犬の尻尾が見えるのではないかと錯覚するほど、アランの笑顔は人懐っこい。

 柚子は止まっていた足を進め始める。

 寄り添うように着いてくるアランを盗み見ながら、柚子は内心ため息をついた。

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