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猫と三日月のゆるふわ事件簿  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第4話「違和感」

 文机の引き出しが開かれ、日記が取り出される。

 節くれ立った手が愛おしげに表紙を撫でた。

 白髪まじりの髪を整えた初老の男性が目尻を下げる。

 一頁一頁ゆっくりと開くが、ある頁でめくる手が止まった。

 そのまま掻き抱くように日記を胸へ忍ばせた男は、引き出しを閉めることも忘れ、部屋を去って行った。




 目を開けると不思議そうな声が降ってくる。


「柚子。何をしたんだい?」

「……文机の記憶を見ました」


 ゆっくりと息を呑み込み、空気を吐き出すように言葉を出す。

 そうしなければ柚子は力の説明をできなくなってしまいそうだった。

 この能力を知った人の反応は二つだ。

 恐ろしいと顔を歪め、離れていくか、利用しようと目論むか。

 柚子をじっと見つめる視線を感じ、肩が強ばる。

 顔が上げられない。


「サイコメトリーか。珍しいものを持っているね」


 アランの声色は、今まで柚子が受け取った反応の中で一番穏やかだった。

 柚子の能力に興味ないと言わんばかりの声だ。

 思わず彼の顔へと視線を向ける。今まで重かった頭が嘘のように動いた。

 柚子の心を見透かして、優しく理解するような金色の目。

 縋りつき、今までの不安感や不満を全てぶちまけても許してくれそうなアレンの表情に、柚子は思わず言葉が零れそうになった。

 しかし、ぐっと両手に力を込めて耐える。

 潤みそうになりながらも眉を寄せて堪え、柚子はへらりと笑う。


「珍しい、ですか。アラン様って変わっているんですね」

「まぁ僕の周りにはもっと変な人がいるからね。紙に紋様書いて攻撃してきたり」

「ふふっ冗談がお上手。アラン様みたいな人、初めてです」

「そうかな?」

「はい」


 泣き笑いのような笑みを浮かべながら柚子は立ち上がる。

 後ろを振り向けば心底意味が分からないとアレンが首を傾げていた。

 そんな彼の隣を通って、廊下へと出る。

 吹っ切れたような清々しい気持ちで、柚子はアランへと声をかけた。


「では捜索を始めますね」


 壁に手を当てながら、要所要所で力を使う。

 だが人通りが多いため、遡りにくい。

 屋敷の隅々まで視て回ったが、同じ男を見ることができたのは、高祖母の部屋の隣だけだった。

 柚子はそっと襖を開ける。

 襖を開けたことで空気の流れが変わったのか、線香の香りが鼻をくすぐった。

 そこは高祖母の部屋とは打って変わって、とても広い部屋だ。

 元々大広間だったのか、横に長く、透かし彫りの入った欄間が部屋を区切るように垂れ下がっている。

 よく見れば、牡丹の唐草文様が襖に描かれていた。

 一見、何の変哲もない部屋だ。

 怪しいところや気になる所など何もない。

 しかし、背筋から這い上がってくるような気持ち悪さが柚子を包む。

 直感的にここにあると感じた。


(失礼します)


 心の中で一言声をかけてから柚子は部屋へと足を踏み入れた。

 後ろからアランも続き、二人分の足が静かに響く。

 真っ正面の窓から見える中庭に目が向いてしまうが、柚子は嫌な気配のする方を向いた。

 そこにあったのは、部屋を三つに分けるように設置された床の間と床脇だ。

 窓際には違い棚が。真ん中には掛け軸が。そして、右端には小さな甲胄飾りが鎮座していた。

 右端の床の間は、他に比べて小さく作られている。甲胄飾りに合わせて作られているのだろう。


「これは……」


 柚子の喉が鳴る。

 首筋がそわそわして落ち着かない。だが、視なければ先に進めない。

 吸い寄せられるように甲胄飾りへと伸ばした手をアランに掴まれる。


「これ以上は駄目だよ。その力は連発できるようなものじゃないんだから」

「……大丈夫ですよ?」

「柚子は正直だね。言い淀んだその間が答えだろう? 僕も手伝うから、その力は取っておいて。ね?」


 アランが柔らかく微笑むと銀の髪が揺れた。

 誰もが目を離せなくなるほどの蠱惑的な笑みに、柚子は反射的に半歩下がる。

 だが逃がさないと言わんばかりに、優しく手の甲を撫でられた。

 有無を言わさない金色の瞳がじっと見つめてくる。

 柚子は観念したように大きなため息をついた。


「分かりました」

「うん、いい子」


 幼子を褒めるように頭を撫で回され、柚子は頬を膨らませた。

 せっかく結った髪が台無しだ。

 柚子は崩れてしまった前髪を直し、気がつく。

 先ほどまで感じていた不快感がなくなっていた。

 その上、息がしやすくなったような気もする。

 無意識に肩肘張っていたのだろうか。

 目を細め柚子を見下ろすアランがゆったり微笑んだ。


「柚子が感じている違和感を話してごらん」

「違和感ですか?」

「高祖母の部屋なのかって確認していただろう?」


 依頼主は流してくれたが、アランは目敏く覚えていたようだ。

 柚子は眉を困らせ、手招きをした。

 意図通り少し屈んだアランの耳に唇を寄せる。

 内緒話をするように小さな声で囁いた。


「えっと、家具がまるで急ごしらえで用意されたような気がして……。高祖母様の本当の部屋は別にあったのでは? と思ったのです」

「面白い見方だね」


 体勢を戻したアランが楽しそうに笑う。

 柚子は顎に手を当て、思考からこぼれ落ちる言葉をそのまま垂れ流す。


「日記を書き留めるような人が使っていたのなら、もっと年季が入っていてもおかしくありません。なのに、あの文机は真新しかった」

「言われてみればそうだね」

「なので、そこに誰かの意図があるような気がしてならないのです」

「日記が消えたように、高祖母の部屋も消えた?」

「そうです。それに先ほどの部屋も、この部屋も、どこか変ですよね」


 冴え渡る頭でもう一度広すぎる部屋を見渡す。

 目を付けたのは中庭が一望できる小窓だ。

 窓を開け、外を覗き見る。

 視界を遮るように植えられた木が邪魔だが、僅かに隣の部屋も視認できた。

 格子状の窓からは室内が見える。目を凝らした柚子は小さな違和感を拾った。


(奥行きがありすぎるような……?)


 ふと影が落ちる。

 見上げればアランが柚子と同じように窓の外を覗き込んでいた。

 予想外の近さに、柚子の喉から変な音が漏れる。


「確かに変だね。……ってどうしたの、柚子」

「な、なんでもありません」


 火照る顔を逸らし、柚子はアランから距離を取る。

 上った血を降ろそうと早足に部屋を出た。

 アランも着いてきているようだが、追求する気配はない。

 隣の部屋へ移動し、中を観察する。

 やはりというべきか、明らかに小さい部屋だ。

 隣の部屋の三分の一程度の広さしかない。いや、もしかするとそれ以上に小さい気がする。

 しかし、先ほど見た窓は隣の部屋と同じ並びにあった。

 後ろから着いてきていたアランも同じような結論に至ったのだろう。

 綺麗な顔が僅かに歪んでいる。


(何か引っかかる。うーん。明らかに小さい部屋。窓の外は中庭……。格子が窓についていて……格子?)


 考え込んでいた柚子が勢いよく顔を上げる。

 早足に窓へ近づき、格子の隙間から窓の外を覗いた。

 相変わらず中庭の景色が眼前に広がっている。

 しかし、先ほどのは違い、立体感がなかった。


(これは……絵?)


 中庭の景色をそのまま切り取ったような巨大な風景画が、窓の向こうに飾られていた。

 窓から二尺(60センチ)ほど離しているのは、遠近感を出すためだろう。


(凝った偽造だけど……なんのために?)


 視線だけで左右を確認する。

 ただ細長い空間が広がっているだけかに思えたが、左側だけ行き止まりではなかった。

 隣の部屋に面している側だと思い出し、柚子の頭の中で警鐘が鳴る。

 見てはいけない物を見てしまったような気持ちが心の底で渦巻く。


「柚子?」

「あ、アレン様」


 心配そうな顔をしたアランが柚子の肩を叩いた。

 我に返った柚子は、自身を落ち着かせるように大きく深呼吸をした。

 アランは何も言わずに待っていてくれる。その気遣いが心地よかった。

 心を決め、柚子はアランを見上げる。


「隠し部屋があるかもしれません」

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