エピローグ
西洋の雰囲気が漂う店内に、甘い香りが漂う。
木造のカウンターには銀髪の美丈夫が新聞を広げていた。
その見出しには、凄腕ハンター検挙! と大きな煽り文句が並んでいる。
アランは興味なさげに新聞を畳み、見出しを見えなくしてカウンターへと置いた。
「柚子、楽しそうだね」
「難しいものを作ると、たくさん作ってしまうので……アラン様がいると安心できるといいますか……」
柚子は矢絣の着物にエプロンをして鍋を覗き込んでいた。
アランへ視線を向けることなく真剣な表情を浮かべている。
「うん。柚子が作ってくれたものなら失敗作でも何でも食べてあげる。……うん、キャラメリゼのいい匂いだね」
「そう言ってもらえると心強いです」
砂糖を煮詰め焦がさないよう見極めるのが難しい。一瞬の気の迷いが苦みへと変わってしまう。
白から黄色、黄色から茶色へと変化していくのを眺めながら、鍋を揺する。
切っておいた林檎を片手に、柚子はじっと機会を窺う。
赤くなったところで火を止め、キャラメリゼに林檎を入れる。
しっかりと絡めるともう一度火を入れた。
林檎のブランデーを入れれば、甘酸っぱい香りがふわりと湧き上がる。
煮立ったところで生クリームを入れ、しばらくしてからポムタタンの入った型に移した。
「アラン様。冷ましてもらってもいいですか?」
「もちろん」
アランの魔術で冷ましてもらうとすぐに食べられる温度にまで下がる。
皿の上で型を外せば、アランの目が輝いた。
カウンターへタルトタタンを出せば、見計らったように十字架を模した壁掛け時計が音を立てて鳴り始めた。
「昼ごはんに丁度いいね」
「アラン様、タルトタタンはおやつです。お昼はこっち」
冷蔵箱からあらかじめ作っておいたサンドイッチを取り出した。
カツを挟んだもの、卵の炒りものを挟んだもの、たくさん揃えている。
アランの前に出せば、彼は照れくさそうに笑う。
「たくさん作ったねぇ」
「これでアラン様もお腹いっぱいになるはずです!」
「そうだね。ほら柚子。一緒に食べよう」
「いえ。これはアラン様のですから」
「食事は誰かと一緒に食べるのが美味しいんだよ? ほら、おいで」
「……仕方ないですね」
一度言い出したアランは何を言っても食べようとしない。
柚子は小さな呆れを口から吐き出し、アランの隣に腰掛けた。
アランがサンドイッチを魔術で温め、柚子へと差し出してくる。
同じように取り分けたそれを前に、二人は手を合わせた。
「いただきます」
声を揃えて感謝を捧げ、食事へと手を伸ばした。
朝作っていたそれはできたてのように温かく、それだけで頬が落ちそうだ。
柚子がアランを盗み見ると、サンドイッチの半分を口に入れたところだった。
甘いものは見境なく食べ尽くすアランだが、洋食もきちんと食べてくれる。
(……いい食べっぷり)
柚子は緩む頬を誤魔化すように、またサンドイッチを口へと運んだ。
しかし、三つほど食べるとすでにお腹が満たされてしまい、タルトタタンまで入る気がしない。
しかしアランは平然と大量のサンドイッチを平らげ、デザートへ手をつけていた。
いいできになったはずだと柚子は彼を食い入るように見つめた。
いまだにこの瞬間は慣れず、鼓動が大きくなる。
一口タルトタタンを口に入れたアランの頬が緩む。
「美味しいよ、柚子」
「よかったです」
「これ全部食べてもいい?」
「ふふっ。もちろんです」
「ありがと」
感謝を口にしたアランは卒倒しそうなほど綺麗な笑みを浮かべる。
胸の奥がぎゅうっと掴まれるような気分になるが、きっと食べ過ぎたからだろう。
柚子は立ち上がり、空いた皿を厨房へと持っていく。
皿の片付けを終えると、柚子は思い出したかのようにティーセットを取り出した。
「今日はアッサムがいいな」
「いいですね。淹れましょうか」
アランの要望に応え、アッサムを淹れる。
柔らかな香りを漂わせるティーカップを二つカウンターへ置く。
柚子がまた隣に座ったのを見計らい、アランが紅茶に手を伸ばした。
「ん。いい味」
「ありがとうございます。やっぱり紅茶は落ち着きますね」
「そうだね。……あ。髪、落ちてる」
アランの手がそっと柚子の額をなぞった。
少しいたずらな金色の瞳と目が合う。
落ちてきた髪を払われただけだというのに、アランの顔が直視できない。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
店内に静寂が満ちる。
心地のよい静けさと穏やかな空気に柚子の鼓動は緩やかに落ち着いていく。
柚子がティーカップをソーサーに置くと、扉の開く音がした。
からからと呼び鈴が鳴る。
柚子とアランはゆたりと入り口へと目を向け、微笑んだ。
「いらっしゃいませ。ようこそ、三日月堂へ」




