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猫と三日月のゆるふわ事件簿  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第25話「元凶」

「なっ、んだ!? なにが起きた!!?」


 ケリーの叫び声が教会に響く。

 まばゆい光に包まれている柚子は、体が触れている床や壁から記憶を読み取った。

 泣き叫ぶ声。痛みに呻く叫び。真っ赤に染まる床。

 ナイフを人の体から抜くと、ますます床へと鮮血が広がっていく。

 血溜まりを踏み、笑うのはケリーだ。

 青色のはずの瞳が赤く見えるのは錯覚だろうか。

 吸血鬼ではなく、ただの人へ得物を向けた彼の顔は歪みきっていた。

 柚子は見てしまった記憶に目を見開いた。息が詰まる。


(いまのは……)


 緩やかに光が柚子の中へと消えていく。

 過去を見る際に輝く光で目を焼かれたようで、ケリーは後退りながらナイフを振り回している。

 どうやらまだ周りが見えていないらしい。


(……今なら逃げられる……?)


 落ち着けとはやる心を抑えながら、柚子は唾を飲み込む。

 手も足も縛られていては逃げ出す以前の問題だ。

 どうにかして縄を解かなければと手首を捻るが、固く結ばれたそれは緩む気配がなかった。

 足首の拘束も自由の利かない手では解くことができない。

 ケリーを視界の端に入れつつ、柚子は身じろぎをする。

 いくら体を捻ろうと縄から手が抜けることはなかった。


(もうっ! きつく結んでくれて……!)


 内心悪態をついていると、羽織の袖から緑色の毛玉が転がり落ちた。

 柚子が驚きに目を見開く。

 毛玉がモゾモゾと動いたかと思うと、それは意外にも素早く立ち上がった。

 もじゃもじゃの小人は、先日から柚子の家で一緒に暮らしているトロールだ。


(え? まさかずっと袖の中に隠れてたの……?)


 柚子の家にいたはずのトロールが、任せろと言わんばかりに胸を張った。

 トロールは柚子の体によじ登り、目的の縄へとたどり着く。

 どうするのかと視界の端からケリーを離した直後。


「っ」

「何をした柚子!!」


 前髪を鷲掴みにされ、強制的に上を向かされた。柚子の口から痛みが漏れる。

 目尻に溜まる生理的な涙には無視をして、柚子は睨んだ。

 トロールが縄を解いていることが見つかってはいけない。

 その一心で口を開いた。


「あなた、ここで人を殺したのね。それも大勢」

「あ? 知らねぇなそんなこと」

「しらばっくれても無駄よ。私には……物の記憶を読み取る力(サイコメトリー)があるもの」

「それで? 俺がそれを知ってお前を生かしておくと思うのか? 元々救済で死にゆく命だ」


 けたけたと厭らしい笑い声をあげるケリーは知らないのだろう。

 柚子が稀血であることを。


(なら店でのあの態度は、本当に私に好意を寄せていたから? ……いいえ、今はもう関係ないことだわ)


 ぶっきらぼうだが危険を知らせてくれていた優しい男はもういない。

 目の前にいるのは大量殺人鬼だ。

 記憶を見ることがなければ、ただ柚子を誘拐した罪を償うだけでよかった。

 否。柚子が見なくてもケリーの罪は変わらない。


(でもこれ以上罪を重ねてほしくない、って思うのは私の我儘ね)


 振り上げられたナイフがやけに遅く見える。まるで時の進みが遅くなったようだ。

 柚子は彼のナイフを止める言葉を知っていた。

 考える間もなく柚子はそれを口にする。


「私は稀血よ」


 急激に勢いを殺されたナイフが柚子の喉元で止まった。

 目を丸くしたケリーが柚子をまじまじと見つめる。

 表情には出さなかったものの、柚子はその瞬間、息を止めていた。

 肝が据わっているように見せるため目は閉じなかったが、恐怖のままに目を閉じてしまいたかった。

 心の臓が大きく軋む。

 ケリーが喉元からナイフを引き、鋭い視線が柚子から離される。

 考え込むように顎に手を添えるケリーを見ながら、柚子はようやく息ができた。


(首の皮一枚繋がったってところかしら)


 ケリーは気がついていないが、柚子の手を縛っていた縄はすでに解かれている。

 小さな体でどうするのかと思っていたが、どうやらトロールは歯で噛み切ってくれたらしい。

 同じように足を結ぶ縄に噛みついたトロールを横目で確認し、柚子は悟られないようすぐに視線を戻す。

 独り言を呟いていたケリーが、いいことを思い付いたと言わんばかりの顔でこちらを向いた。


「柚子。お前、俺に飼われろ」

「……は?」

「そうすれば俺はもっと名声を手にすることができる!」


 突拍子もない言葉に、柚子は眉を顰める。

 確かにこの国において、吸血鬼ハンターは人気を取り合うような職業で、ひとたび功績を挙げれば富も、名声もうなぎ登りだ。

 だが吸血鬼を狩るというのはそうそう上手くいくものではない。

 元々、闇夜に紛れる彼らを見つけることが困難とされている。

 吸血鬼とて考える頭があるのだから、ハンターと遭遇しないように立ち回るだろう。

 ケリーのように吸血鬼を見つけだし、屠る力のある者はそうそういない。


「……まさか」


 疑問が蛇のように頭をもたげ、柚子の体を震え上がらせる。

 柚子は得体の知れない者を見るような目をケリーへと向けた。

 視線に気がついたケリーが、あくどい顔で笑う。


「まさか、なんだよ。俺はもうお前を殺すことはしねぇ。言ってみろよ」


 歪んだ顔をするケリーは、柚子がただ何もできないと高を括っているのだろう。

 強者の余裕からか彼は鼻歌を歌い出しそうなほど楽しげだ。

 しかし柚子への警戒が解けたわけではない。肌を刺すような圧迫感が柚子へとのしかかっている。

 薄い氷の上に立っているような緊張感の中、柚子は唾を飲み込んでから口を開く。


「吸血鬼ではない人を殺して、吸血鬼に仕立て上げていたの?」

「あ? あー……そういえばお前は勘がよかったっけか。厄介だよなぁ」

「っ、人でなし!」


 柚子はたまらず叫んでしまう。

 その言葉はケリーには響かなかったようで、獲物を弄ぶ獣に似た顔で笑い出した。


「はははっ!! 名誉を手に入れるのも骨が折れてなぁ。ちょーっとばかし工夫が必要なんだよ」

「今回の吸血鬼騒動はあなたが仕組んだこと?」

「あぁ。こうやって魔術で目を赤くしてやるとな、吸血鬼だと逃げていくんだぜ? そうやって噂を広めてやれば、本物が慌てて出てくる。出てこなかったときゃあ、お前の言う通りだな」


 悪びれた様子のないケリーは、青空のような目を赤くしてみせた。

 見覚えのあるそれに、柚子は夜道でみた赤い目を思い出す。


(あの時私が見たのはケリーだったのね。たしかにアラン様も吸血鬼の気配はしないと言っていたわ)

 

 赤い目は吸血鬼だという先入観を逆手に取ったケリーの振る舞いは、吸血鬼を捕らえるだけに使われていたのなら賞賛に値するだろう。

 だが、ケリーは使い方を誤った。

 黙り込んだ柚子の顔を青い目が覗き込む。

 魔術はすぐに解いたようで、瞳の色が元に戻っていた。

 ケリーは黙り込んだ柚子には興味がないと言わんばかりにため息をつく。


「やっと俺にも運が巡ってきた! あぁ、そうそう。お前の店の銀は吸血鬼によく効く。助かったぜ」


 ケリーは思い出したかのように告げる。欠片もありがたいと感じていないような口ぶりだ。

 いつの間にか空になっていた引き出しが脳裏によぎった。

 同時に茶目っ気たっぷりなアランの微笑みも浮かんだ。

 トロールのいたずらじゃないかと言っていたが、どうやら彼の予想ははずれていたらしい。


「……銀のフォークやスプーンが失くなったのもあなたの仕業だったの」

「そうだ。まぁもうお前は俺の物だからなぁ、吸血鬼によく効く銀も手に入れ放題ってわけだ」

「私、あなたのものになんてならないわ」

「威勢がいい女は嫌いじゃねぇが、もう少し愛想を覚えた方がいいんじゃねぇか?」


 鼻で笑われるが、想定内だ。

 トロールが噛み切ってくれたお陰ですでに手足の自由が利く。


(逃げるならケリーが油断している今しかない)


 ケリーへと目を向けたまま、退路を確認する。

 聖壇から扉まで続く真っ赤な天鵞絨(ビロード)を真っ直ぐ駆け抜けることができれば勝機はある。

 問題は、どうやって隙を作るかだ。


(ふざけているけれど、隙が見当たらないわ。ハンターとしての腕は確かなのよね)


 僅かなほころびがないか柚子が伺っていると指を引っ張られる。

 ケリーに悟られないよう目線を下げれば、トロールが胸を張った。


(任せろってことかしら)


 トロールが何をするかは想像できないが、柚子は目だけで頷いた。

 柚子は覚悟を決め、からからに乾いた喉を潤すため緊張を呑み込む。

 固まっていた体をほぐすために柚子は力を抜いた。

 そして、意識して大きく息を吸い、鋭い眼光でケリーを睨み付ける。


「あなたに向ける愛想なんて持ち合わせていないわ!」

「あ? うがっ!?」


 瞬間、柚子の後ろからトロールが飛び出す。

 ケリーの顔に張り付いたトロールは大きな口を開けて鼻っ柱に噛みついた。


「痛っ! なにすんだよ」


 張り詰めた糸のような警戒網が緩む。

 その僅かな隙を見逃さず、柚子は扉に向かって走り出した。

 聖壇から飛び降りる寸前、ケリーから腕が伸びてくる。しかし、彼の手は空を切った。


「くそが! こっちには銃があるの、忘れてるだろ」


 怒号に肩を揺らした柚子はほんの少し振り返る。

 ちょうどケリーがトロールを床に叩きつけたところで、思わず息を呑んでしまった。

 勢いよく床へ投げられたはずだが、トロールは怪我一つしていないようだ。

 小さい体という特性を利用して上手くケリーから逃げ出している。

 ほっと安堵の息を吐くが、状況は変わっていない。

 懐から得物を取り出したケリーが柚子へと銃口を向ける。

 だが、柚子が扉を開ける方が早いと、それに体重をかけるがびくともしなかった。


「っ、なんで!」

「残念だったなぁ」


 勝ち誇った顔で笑うケリーが柚子へと踏み出した。

 悔しげな顔をした柚子が早足でケリーとの距離を離れようとするが、銃を撃たれ牽制される。

 逃げ場を徐々に減らされて、ついに柚子は捕まってしまった。

 後ろ髪を掴まれ、引き寄せられる。


「痛っ、離して!」

「離すわけねぇだろ。せっかくトロールに助けられたつーのに哀れだねぇ」


 柚子は唇を噛み締め、ケリーを睨み付ける。

 余裕の笑みを崩さないケリーに引きずられ、柚子はまた聖壇の手前まで戻されてしまった。

 引っ張られた髪が悲鳴を上げるが気にしていられない。

 視線を滑らせ、逃げ出せる手段がないかを探す。

 ケリーの腰に巻かれた拳銃はまだ一丁残っていた。


「何が気にくわねぇの? 俺がお前の血を有効活用してやろうって言ってんのに」

「そういう態度が気に食わないのよ。私は道具じゃないわ」

「はっ! 俺に使われたら良い生活を送らせてやるつーのに」

「お断りよ!」


 柚子がケリーの腰に下げられた拳銃へ手を伸ばした、その時。

 聖壇を照らすステンドグラスが、大きな音を立てて崩れ落ちた。

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