第19話「帰り道で」
アランが立ち上がると同時に、柚子は足下にいるトロールに声をかける。
「ねぇ、あなた煙管を持っていったでしょう? それはどこにあるのかしら。なくなって困っている人がいるの」
トロールは少し考えた後に、てちてちと社の奥へと案内してくれた。
依頼主の化け物を見るような目を一身に浴びながらも、柚子は毅然とした態度を崩さない。
社の奥に置かれた、小さな箪笥の前でトロールが止まる。
トロールが指を差した一番上の引き出しを開ければ、煙管はそこにあった。
煙管以外にも銀を使った製品がたくさん保管されている。
(最近やたらと銀の物がなくなっていたのはこの子のせいだったのね。……でも店のフォークは見当たらない)
柚子は首を傾げ、眉を困らせる。
店から消えたフォークは新しい物を仕入れたため、なくても困らない。
しかし、消えた理由がわからないというのも、すっきりしなかった。
心の底に疑問を抱えたまま、柚子はトロールの頭を優しく撫でる。
「ありがとう。返してもらって構わないかしら」
全身で大丈夫だと伝えてきたトロールに、思わず頬が緩んだ。
可愛らしい行動に、犬や猫を愛でるような気持ちが湧く。
軽い足音が後ろから近づいてきて、柚子のそばで止まった。
耳心地のよい低音が、鼓膜を打つ。
「依頼の品も見つかったみたいだね」
「はい。煙管以外にもたくさんありましたよ」
柚子の手元を覗き込んだアランは困ったように笑った。
「これは持ち主を探すのが大変そうだ」
「失せ物届けがたくさん邏卒に届いているらしいですし、もうそちらに預けるしかないでしょうね」
「うん。それがいい」
「では包んでしまいます。それとアラン様」
「どうしたの?」
「吸血鬼が人を襲ったとしても、アラン様になんの咎もないと私は思っています」
「柚子……。うん、ありがとう」
アランは気の抜けた笑みを浮かべる。
それを横目で見た柚子は、照れ隠しのように懐から風呂敷を取り出し、盗まれたものを全て入れて丁寧に包んだ。
いつもより硬く結んでしまった気がするが、柚子は知らないフリをした。
風呂敷を持とうとするが、ひょいとアランに奪われてしまった。
柚子が目を丸くして見上げれば、アランがウインクを落とす。
「淑女の荷物は男が持つものだからね」
「……お願いします」
普段は子ども扱いするアランから淑女と言われ、柚子の心臓が跳ねた。
頬が緩みそうになるが、意識して耐える。
柚子は表情筋を総動員させながら依頼主の元へと戻った。
寄り添う二人は柚子達の足音に振り返る。
彼らは少し引き攣った顔をしているが、柚子は遠慮のかけらも見せずに煙管を突き出した。
「こちらがご依頼の品です」
「あ、あぁ。感謝する」
依頼主はぎこちない手つきで柚子から煙管を受け取った。
その様子に柚子はほっと息を吐く。
化け物の手から受け取れないと言われては、ここまで来た意味がなくなってしまう。
アランが立ち上がった依頼主達を見下ろしながら、人好きのする笑みを浮かべた。
「村の近くまでお送りしましょう」
そう一言告げると、柚子達の体はふわりと宙に浮いた。
依頼主達は衝撃に耐えきれずすぐに気絶してしまい、村の前につくまで目を覚ますことはなかった。
村の前に降り立つと、示し合わせたかのように依頼主達が目を覚ます。
アランが依頼主へと目を向け、静かに、しかし力強く告げる。
「龍神は吸血鬼だったとお伝えください。そうすればあなた方も夫婦になれるはずです」
「! そうします」
「柚子ちゃんって言ったわよね? 本当にありがとう。お店で嫌な態度を取ってしまってごめんなさい」
「いえ。慣れてますし、それに……あなたは私を守ろうとしてくれただけですから、謝ることはありません」
女性はまるで仲の良い友達のように柚子の両手を取る。
柚子は初めての反応に、困った顔のまま愛想笑いを浮かべた。
「それじゃ! また遊びに行くわね」
満面の笑みを浮かべた女性は依頼主を引きずるように連れていってしまった。
柚子は嵐のように去っていった彼女をぽかんと見つめる。
じわじわと胸に広がるのは、喜びだろうか。
淡い期待を振り切るように頭を振る。
(期待しても駄目よ。依頼主は私を化け物だと思っていたもの)
柚子の物の記憶を読み取る力を知れば、彼女もきっと三日月堂に寄りつかなくなるだろう。
期待してはいけないと柚子は唇を一文字に結んだ。
「柚子?」
「ひゃい!」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です! 帰りましょう」
◇◆◇
夜行に乗り、山を越えると夜の闇を否定するようなまばゆい光が見えてきた。
アランと雑談をしているとすぐに時間が過ぎてしまい、名残惜しくなってしまう。
帝都に帰ってきた二人は、三日月堂に向かって足を進める。
「柚子。あの子、来てくれるといいね」
「そう、ですね。でもきっと、依頼主の方に反対される気がします」
「あの子は反対を押し切ってでも来そうだけどなぁ」
「そ、そんなわけ……」
「ふふっ柚子がそう思うならそういう事にしといてあげる」
誰もが見惚れる笑みを浮かべたアランは、柚子の頬をなぞる。
彼の長い指がやけに色っぽく、熱が顔に集まるのを感じた。
柚子が視線を彷徨わせると、視界の端を赤い何かが通った。
(あれは……?)
遠くてはっきりとは見えないが、確かに赤い目をした人のように見える。
柚子は恥ずかしさも忘れ、アランの手を引いた。
「あ、アラン様! あれ!」
「ん?」
アランが柚子の視線を追って路地裏を見る。
だが、その時には何かはすでに闇に紛れてしまっていた。
その場からいなくなったというのに、柚子の心は霧ががかったように晴れない。
「赤い目をしていたので吸血鬼ではないかと思ったのですが……」
「吸血鬼? そんな気配はしなかったけれど……」
「そうなのですか?」
「うん。だから柚子は心配しなくても大丈夫。今日はもう遅いから、家に帰ったほうがいい」
「……わかりました」
納得いっていないと言わんばかりの顔をした柚子に、アランは苦笑気味だ。
しかし彼の言う通り家へと足を向けた。
ひらりと湧いた疑問を抱えながら。




