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猫と三日月のゆるふわ事件簿  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第17話「とある村にて」

 帝都から半日かけてやってきたのは、一山越えた小さな村だ。

 見渡す限りの田畑と山々、焼けつくような日差しが柚子とアランを出迎えた。

 アランは三度笠(さんどがさ)を被っており、いつもより陽光を浴びないようにしている。


「アラン様、大丈夫ですか?」

「あぁ。大丈夫だよ」

「よかったです」

「今日は剣はお持ちじゃないんですね?」

「残念なことに手入れを任せていて持ち出すことが出来なかったんだ。あぁ、でも安心して。別の武器は持っているから」

「そうなんですね。使われないことを祈ります」


 アランは武器を携帯していると思えぬほど穏やかな笑みを浮かべる。

 柚子は苦笑しながらも彼の判断に任せようと頷くだけに留めた。


「あ、この村は龍神様を信仰して、夏になると豊作を願った祭りをするそうですよ」


 村のあちこちにある龍の銅像を視界に入れながら、柚子は微笑んだ。

 アランは柚子の視線を追い、周りの銅像に目を向ける。


「……へぇ。祭り、ねぇ。柚子。祭りに参加したい気持ちは分かるけど、別の場所の祭りに行こう?」

「一緒に行ってくれるのですか?」

「もちろんだよ。だから、依頼が終わったら早くこの村を出たほうがいい。ここの空気はすこぶる悪いから」

「? わかりました」

「ん、いい子」


 申し訳なさそうなアランへ頷けば、彼は安心したように微笑んだ。

 たわいもない雑談をしながら目的の家に向かう。

 村の一番奥にある家らしく、そこに行くまで不躾な視線を幾度も感じた。

 小さな村だとよくあることだと、この時の柚子は気にも留めなかった。

 目的の家の前で声をかけ待っていると、依頼人の男性が顔を出す。


「ここまで遠かったでしょう。……そちらの方は、一昨日も店にいらっしゃいましたよね? 失せ物屋ではなかったのでは?」

「僕はこの子の助手みたいなものさ。言っただろう? 店主はこの子だって」

「そうですか」

「早速なのですが、お祖父様の煙管を管理していた所に案内していただいてもよろしいでしょうか?」


 アランと依頼主との間に火花が散ったような気がするが、柚子は見間違いだろうと話を進める。

 柔らかな笑みを浮かべた依頼主は快く案内をしてくれた。

 連れてこれられたのは屋敷の一番奥で、山に面している部屋だった。

 部屋とは名ばかりの使わない物を押し込めた倉庫のようにとっ散らかっているが。


「こちらの箪笥にしまっていました」

「わかりました。見つかりましたらお声がけしますので、お部屋でお待ちいただけると……」

「いえ、失せ物屋さんの仕事ぶりを拝見したいので最後までお供します」

「……わかりました」


 頷きつつも柚子は内心大きなため息をついた。

 ごく稀に依頼主のような物好きがいる。

 依頼主はただの好奇心で簡単に仕事ぶりを見たいと言うが、最後までついてきた者はいない。

 報酬を受け取っている手前拒むことはしないが、柚子はげんなりとしてしまう。

 どれだけ好意的な態度を取られても、すぐに手のひらを返すに決まっているのだから。

 後ろに佇むアランからなにやら物言いたげな視線を感じるが、柚子は知らぬフリをした。

 柚子は滑りの悪い箪笥の引き出しを開ける。


「この引き出しで間違いないでしょうか?」

「はい」

「承知しました。始めます」


 力を込めると、柚子の周りに光の粒が舞う。

 突如現れたそれに、依頼主から小さな悲鳴が漏れた。

 アランへとしがみつく依頼主が怯えた声色で問いかける。


「あ、あれは……彼女は何をしているんですか!? 人魂のようなものは……。いやそんなことよりも、彼女は、人間なのか!?」


 恒例になってしまったその反応だが、人ではないのでは? と否定される度、心がすりおろされるような気持ちになってしまう。

 柚子は奥歯を噛み締め、聞いていないフリをした。

 人間だと主張したところで思い込みは解消されないと経験から知っている。

 いつもの事だと聞き流そうとするが、なぜだか柚子の意思に関係なく耳へと入ってきてしまう。

 依頼主が小さな声でありえない、化け物だと呟く。

 鼓膜を揺さぶった言葉に、柚子は満足に呼吸もできないような錯覚に陥ってしまった。

 その直後、アランの声が静かに響いた。


「柚子は人間だよ。まぎれもなく」

「っ、そんな……だとしたら、あれは……鬼子だ……俺は探し終わるまで待っています……!!」

「……」


 柚子を安心させるような、耳心地の良い声色だった。普段より低いのは感情が乗ってしまったからだろう。

 アランは表情こそ変えなかったが、金色の瞳の奥では言いようもない怒りが燃え上がっていた。

 恐れをなした依頼主は体を震えさせ、顔を真っ青に染めて、逃げるように走っていってしまう。

 遠ざかる足音を聞きながら、柚子は気を取られないように目を閉じ、集中をして引き出しの記憶を見る。


 それは確かに大金を払ってでも探し出したくなる煙管だった。

 煙管に彫られた意匠から名のある技師に作ってもらった物だと一目でわかる。

 吸い口などには銀が使われており一般的な煙管とはひと味違った雰囲気を醸し出していた。

 襖の隙間から、小さくもじゃもじゃした生き物がてちてちと可愛らしい音を立てて箪笥によじ登る。

 器用に引き出しを開け、その生き物は煙管を抱えて飛び降りるとまた襖の隙間から出ていってしまった。


 ゆったりと目を開けた柚子は首を傾げる。


「小人……?」

「柚子。何を見たのか僕にも教えてくれないかい?」

「えーっと、ふさふさな緑色の毛が全身に生えている小人?を見ました。それが煙管を盗んだ犯人です」

「それは……きっとトロールだね」


 それはザッハトルテを出した際に聞いた言葉だ。

 アランは考えるように口元に手を添える。

 何を言えばいいのか悩んでいる彼を見上げながら、柚子も未知の生物に困惑していた。


(あれが、トロール……?)


 柚子は部屋を出てすぐの床へ手を伸ばす。

 そして力を使えば、トロールはこの家の裏にある山の方へと姿を消したのが分かった。

 柚子が顔を上げると、アランから手を差し出される。


「ありがとう」

「うん。それで、トロールはどこに逃げたのかわかった?」

「はい。あの山へ逃げていきました」

「山か……」


 アランが眉を顰め山を見やる。

 普段であれば早速向かおうと言い出すというのに、彼はなぜか難しい顔をしていた。

 握ったままだったアランの手をそっと握り返す。


「大丈夫ですよ。力を使えば日暮れまでには帰れます」

「そういう問題でもないんだよね。そもそもこの村に着いてから、おかしな気が漂って――」

「大変失礼いたしました!!」


 慌てた足音が近づいてきたかと思うと、依頼主が今にも土下座をするような勢いで謝罪を口にした。

 変わり身の早さに柚子は目を丸くしてしまう。

 依頼主へ視線を向けると、彼は満面の笑みをしていた。

 それはもう祝言をあげるのかというほどの喜びようで、先ほどの怯えた様子が嘘のようだ。


「ぜひ今日の祭りに参加してください。今しがた昼食ができあがりましたので、ご一緒にいかがでしょか?」

「……結構だ。僕たちは今すぐに煙管を探しに向かう」

「遠慮なさらずともいいではないですか」


 アランは柚子の手を握り直し、早足に玄関へと向かう。

 彼は長い足で大股で歩いていく。そのため柚子はほぼ駆け足だ。

 引きずられそうになりながら柚子は見上げる。

 綺麗なはずの金色の目は濁り、憎悪の念が渦巻いているようだ。

 静かな怒りが隠しきれておらずほんの僅かな殺気が漏れ出ている。

 初めて見る厳しい表情に、柚子は喉を鳴らした。

 普段の優しい雰囲気から打って変わって少し、否、かなり怖い。

 後ろから依頼主が追いかけてくるが、アランの歩く速度に追いつけないようだ。


「待ってください!! このままでは儀式がっ――!!」


 依頼主の叫び声を背に浴びながら玄関を出たアランは、柚子を抱え――飛んだ。

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