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猫と三日月のゆるふわ事件簿  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第16話「新たな依頼」

 からからと呼び鈴が鳴り、柚子は椅子から降りた。

 隣に座っているアランはちらりと横目で視線をやるとすぐにポルボロンへと目を戻してしまう。

 柚子はさっと身だしなみを整えてから声をかけた。


「いらっしゃいませ」


 店の出入り口に佇む年の若い男女の二人組は物珍しそうに店内を見渡していた。

 いきなり声をかけられて驚いたのだろう。

 男性が大きく肩を揺らして、勢いよく柚子を見た。

 同じく女性も柚子を視界に入れると、目を丸くした。

 といっても、彼女の視線の先にいるのはアランだが。

 男性がアランの元へと一歩足を進める。


「そちらの失せ物屋さんにご依頼があってきたのですが……」

「僕は店主じゃないよ。店主はそっちの女の子」


 後ろを振り返ることなくアランが答える。

 直後、驚きに目を見開いた二対の目が柚子へと向けられた。

 柚子は苦い笑いを浮かべながら、四人掛けの西洋机(テーブル)へと足を向ける。


「立ち話はなんですので、こちらにおかけください。今、お茶をいれますね」

「は、はい」


 二人を案内したのは筆記具や雑記帳が置かれた西洋机(テーブル)で、失せ物屋の依頼を受ける場だ。

 依頼主たちは遠慮がちに腰掛けるが、柚子がカウンターに回ったのを確認してひそひそと話し始める。


「ちょっと、大丈夫なの? こんな女の子が営んでるなんて……」

「綺麗な()だよな」

「そういうことじゃないでしょ。馬鹿なの?」

「じゃあどうするんだよ、諦めるのか?」

「嫌よ」

「なら頼むしかないだろ」

「でも……」


 小声で会話をしているつもりだろうが、ここは小さな店内だ。

 どれだけ声を落とそうと基本的には聞こえてしまう。

 彼らはそうとは知らず少し無礼な会話を繰り広げ続ける。

 柚子は彼らの声を耳に入れながら来客用の緑茶を入れた。

 右側からお茶を出した柚子は、自身も椅子に腰掛ける。


「本日はどのようなご依頼でしょうか?」


 柚子が問いかけるも、二人は返事をする様子がない。

 男性は柚子を見て惚けており、口が開きっぱなしだ。対する女性は喋る気すらないようでそっぽを向いてしまっている。

 どうしたものかと柚子が微笑みを浮かべたまま首を傾げた。

 すると我に返った男性が、恐る恐ると話し始める。


「祖父が使っていた煙管を探してほしいんです。誰も持ち出していないのに、ある日突然なくなってしまって……」

「ちょっと」

「お前も早く言えよ」

「信用できるか分からないじゃない」

「あのなぁ」


 女性は拗ねるように顔を逸らしたため、男性があきれ顔で眉をしかめたことに気がついていない。

 苛立ちのまま口を開こうとした男性を制止するように、柚子は割って入る。


「では、ひとまず煙管のご依頼を承った後で、そちらの女性のご依頼を受けるというのはどうでしょうか?」

「え?」

「信頼できると判断を下す材料にはなるかと」

「……それでいいなら」


 僅かに迷いや疑心は残っているものの、女性はしぶしぶ頷いた。

 安心した目をした男性が気付かれない程度にほっと息を吐いている。彼の目から見ても一旦は納得して貰えたようだ。

 カウンターに座るアランから視線を感じながらも、柚子は努めて穏やかな笑みを浮かべ、礼を述べる。


「ありがとうございます。では報酬についてです。報酬は10円。誠に勝手ながら、代金は前払いとさせていただいております」

「万が一見つからなければ?」

「全額お返しいたします」

「……」


 柚子は黙り込んでしまった二人を急かさないよう、用意したお茶へと手を伸ばす。

 報酬の金額を聞いた依頼主達は基本的に同じ反応をする。

 帝都で働く者たちの日給は平均して1~2円だ。おいそれと依頼できるような金額ではない。

 この価格設定は素行の悪い客を寄せ付けないためでもある。


(もし煙管が見つかったとしても、女性は絶対に依頼してこないでしょうね)


 先ほどからちらちらと睨むように見てくる女性の態度が物語っている。

 なぜ大金を払ってまで依頼しなければならないのか、と。

 慣れきった視線を知らぬフリをしていると、アランが声をかけてきた。


「柚子。商談中ごめんね。ちょっといいかな?」

「? はい。大変申し訳ありません。少し席を外します」

「は、はい」

「では、一度失礼します」


 一礼してからアランの元へと足を向ける。

 普段から彼は仕事の邪魔をするようなことはなかった。

 そんな彼が呼ぶとは何事かと柚子は一人冷や汗をかいてしまう。

 重い足取りでアランの隣へ立つ。

 頼りなさげな笑みを浮かべながら、柚子は首を傾げた。


「どうしました、アランさ――っひゃ!?」


 右腕を引っ張られた柚子は体勢を崩し前屈みになってしまう。

 アランの頭とぶつかる寸前まで引き寄せられ、思わず彼の肩に手を置いた。

 柚子はその体勢が、依頼主たちからどう映るかを知らない。

 アランは牽制するような視線を依頼主たちへと向け、柚子に悟られないよううっすらと口角を上げた。

 慌てて体勢を直した柚子へ、彼は手に乗った糸くずを見せる。


「力強すぎたかな。ごめんね。髪についてた糸くずを取りたかっただけなんだ」

「え、ついてました? ありがとうございます」

「いいのいいの。あ、ポルボロンおかわりあるかな?」

「ありますよ。ちょっと待ってくださいね」


 カウンターの奥へ入った柚子は粗熱を取っていたままのポルボロンへ粉糖をかける。

 木製の皿に並べ直し、アランの前に置いた。


「これで足りそうですか?」

「十分だよ。ありがとう」

「私はあちらに戻りますね」

「うん。依頼が決まったら僕もついて行くよ」

「またですか……。ってこの話は後でじっくりと」

「ふふっそうだね」


 柚子が依頼主たちの元へと戻ると、二人は顔が赤かったり青かったりと感情の読めない顔をしていた。

 心の中で首を傾げながらも柚子はまた笑顔を貼り付けた。


「どうなさるか、お決まりになりましたか?」

「……はい。お願いします」


 男性は懐からがまぐちを取り出し、震える手で10円を差し出した。

 西洋机(テーブル)に置かれたそれを一瞥し、柚子は頷くに留める。

 すぐに手を伸ばさないのは、がめつい印象を与えないためだ。


「たしかに頂戴しました。煙管とのことでしたが、どちらに保管を?」

「俺の家です」

「わかりました。こちらに住所を記入していただいても?」


 手元にある雑記帳と鉛筆を渡す。

 ものの一分で書き込んだ男性は柚子へと筆記用具を返した。

 書かれた住所を確認し、柚子はまた笑みを浮かべる。


「山向こうの村ですね。いつ頃お伺いしましょうか? 明日以降であればいつでも都合はつけられますが……」

「できるだけ早くお願いしたいので、明日で構いませんか?」

「承知しました。では明日の昼頃にお伺いさせていただきます」

「はい。では俺たちはこれで失礼します」


 男性が立ち上がると女性もそれに習って立ち上がる。

 頭を下げて店を出た男性に比べ、女性はなぜか柚子を睨んで出て行った。

 からからと鳴る呼び鈴が店内に響く。

 窓から依頼主達が見えなくなると、柚子は大きなため息をついた。

 背中に優しい声がかかる。


「お疲れ様。柚子」

「いえ……なぜか敵視されてるみたいでやりにくかったです」


 アランの隣に腰掛け、柚子はカウンターへ突っ伏した。

 ねぎらうように頭を撫でられ、気持ちよさから目を細める。


「かわいい嫉妬だったね」

「嫉妬って誰にです?」

「柚子に、に決まってるじゃないか」

「どこに嫉妬する要素があったんですか? 私、人の伴侶を取る趣味はありませんよ?」

「うーん、柚子はまだ知らなくていいと思うよ」

「えぇ」


 結局、なぜ嫉妬されたのかアランが教えてくれることはなかった。

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