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猫と三日月のゆるふわ事件簿  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第15話「ポルボロン」

 あの日以来、アランは毎日のように三日月堂へと訪れるようになった。

 最近では魔術を使って仕込みを手伝ってくれることもあり、柚子は筋肉痛から解放される日も多い。

 魔術とはそれはもう魅力的なものだった。


(でも毎回手伝ってもらうのは忍びないのよね)


 柚子は作った生地を伸ばしながら、先日までの手伝いの数々を思い出した。

 アイスクリイムが食べたいと冷蔵箱よりも冷たい空気を出してもらったり、逆に燻してもらったりと魔術はなんでもできた。

 その便利さはアランの指先一つで実現が可能で、柚子は驚いてばかりだった。

 からからと呼び鈴が鳴り、柚子はぱっと顔を上げる。


「いらっしゃいませ。アラン様」

「うん、今日も元気そうだね、柚子。最近銀の物がよく紛失してるって巷で噂になってるけど、この店の物は大丈夫かな?」

「はい。うちの物はなにもなくなってませんね」


 短衣(ジャケット)を脱ぎながら店内へと入ってくるアランは、最初の頃と比べて柔らかな笑みを浮かべている。

 カウンターに座ったアランが不思議そうに目を瞬かせた。

 ここ数日は彼に手伝ってもらうことが多かったため、今日もそのつもりで訪れたのだろう。


「そっか。ならよかった。今日は手伝わなくていいの?」

「はい。あと型を抜いて、焼くだけなので大丈夫です」

「楽しみだなぁ」

「楽しみにしていてください」


 アランから視線を外し、生地へと目を落とした。

 金物屋で特別に作ってもらった三日月型のカタヌキを生地に押し込んでいく。

 その際に生地がぼろぼろと崩れてしまうのはご愛敬だ。

 食感が変わってしまうかもしれないが、崩れて分もあとでまとめてもう一度抜いていけばいいだろう。


「今日は何を作っているのかな?」

「内緒です」


 興味深そうに覗き込む金色の瞳が面白く、つい頬が緩んでしまう。

 じれったそうなアランの眼差しを浴びながら、柚子は三日月型の生地を並べ終えた。

 それを石窯(いしがま)に入れ、しばらく火を通す。

 作り方はクッキーとそう変わらない。


「魔術で焼けば早く食べれるのではないか?」

「今日は魔術はお休みですよ。アラン様、魔術を使うと食べる量が多くなるんですから」

「それは……そうだが……」


 アランが気まずそうに目を逸らす。

 柚子は叱られた子どものような反応をする彼が面白くてしかたがない。

 くすくすと笑い声を零しながら、目を細める。

 初めて魔術を使ってお菓子を作った日はそれはもう大変だった。

 使えば使うほどお菓子が減る量が増えていくと誰が予想できるだろう。

 アラン曰く、吸血鬼にとって力の源である血を吸えば普通の食事をする必要がない。

 しかし、彼は血を吸わない分、大量の食事が必須だそうだ。

 お菓子を好むのも、手軽にカロリーを摂取できるためらしい。

 柚子は引き出しを開け、すでに作っていたそれを取り出す。

 紙に包まれたお菓子をアランの前へと出した。

 途端に表情が明るくなる彼に、思わず肩を揺らしてしまう。


「ふふっ。そういうと思って、焼き上がったものを用意してますよ」

「! いいのか?」

「えぇ。どうぞ」


 待てを待っていた犬のように飛びついたアランは、包み紙を丁寧に開ける。

 あめ玉を包むような見た目だったからか、中身を目に入れたアランがわずかに目を見開いた。

 クッキーのようでいて、全く別のお菓子だ。

 アランの驚きように柚子は自然と口角が緩む。

 丸形にくり抜くのが一般的のようだったが、どうしても三日月形で成形したかったため、コツを掴むまでぼろぼろと崩れる生地と悪戦苦闘しながら作り上げた。

 表面に粉糖がかけられているそれは、一番のできのものだ。


「これは……」

「ポルボロンというそうです」

「懐かしいな。柚子はこのお菓子がなんと言われているか知っているのかい?」

「……さぁ、どうでしょうね?」


 これでは知っていると言っているようなものだ。

 しかし、柚子の口から告げるには少し恥ずかしくて、はぐらかしてしまった。

 羞恥心を紛らわせるため、柚子は石窯の前にしゃがみ込みポルボロンの焼き加減を確認する。

 アランの目から逃れたつもりでいたが、彼の目には赤く染まった耳が僅かに見えていた。


(願いが叶う幸せのポルボロン、なんて詩みたいじゃない)


 それは口の中で雪のように消えてしまう食感から、口の中で崩れないように三回ポルボロンと唱えることが出来れば願いが叶うと言われている。


「そっか。ありがとう」

「なんのお礼か、分かりかねます」


 可愛らしくない返しをしてしまい、柚子は少し眉を下げた。

 対するアランは気にも留めてないようで、ポルボロンを口にして美味しいと呟いている。

 それは年の功なのか、ただ彼の気質なのか、柚子には判別がつかない。


「本当、柚子が作るお菓子は美味しいよね。どれもはずれがないのはもちろんだけど、一番はやっぱり満腹になることかな」

「褒めてもポルボロンと紅茶以外何も出ませんよ?」

「紅茶は出してくれるんだ」


 アランは毎度お菓子を食べると多分に褒めてくれる。

 その度に柚子は努力を認められた気になって、だらしなく頬を緩ませてしまいそうになる。

 表情筋を総動員させた柚子は石窯からポルボロンを取り出し、立ち上がった。

 顔が熱いのはきっと石窯の前にいたせいだ。


「何がいいです? ダージリン? アールグレイ? アッサムもありますよ」

「結構種類増えたね。ならアッサムをもらおうかな。柚子も一緒に食べよう」

「じゃあお言葉に甘えて……」


 石窯から取り出したポルボロンは粗熱を取らなければならない。

 その間に紅茶を入れ、冷めたポルボロンに粉糖をかけてからカウンターへ置いた。

 そして柚子もカウンターに座る。

 アランの体に柚子の肩が触れ合いそうなほどの近さだ。

 柚子は手を合わせ、ポルボロンを口に放り込んだ。

 崩れる前にお菓子の名を三回唱える。

 咀嚼し終わった柚子へ、金色の目が向いた。

 少し細められた瞳はからかう気満々だ。


「柚子は何をお願いしたの?」

「……言うと思います?」

「ううん、思わないよ」

「最近、アラン様意地悪になりましたよね」


 少し頬を膨らませながら言えば、アランはからりと笑う。

 柚子の髪を一房手に取った彼は、そっと口づけを落とす。

 経験したことのないスキンシップに柚子は飛び上がってしまいそうになった。

 大きな音を立てて軋む心の臓が痛い。


「そうかな? こんなに甘くしてるのに?」

「……子ども扱いが減ったのはなによりですけれど、今度は距離が近くなりましたよね。何かあったんですか?」


 熱い頬は知らぬふりをして、柚子はアランを見上げた。

 見ているこちらが恥ずかしくなりそうなほどに甘い表情を直視してしまい、喉から変な音が出てしまう。

 砂糖を煮詰めさらに砂糖を上から入れたような、そんな顔だ。

 アランの生い立ちを聞いてからというもの、彼はたまにこういう顔をする。

 その眼差しに晒されるたび、柚子は恥ずかしさから走り出したくなってしまう。

 

「何もないよ」

「何もないって顔じゃないですよ。私じゃなかったら卒倒してます」

「えぇ、どんな顔してるの、僕」


 己の顔を両手で触るアランは、本当に理解していないようだ。

 柚子は手に挟まって歪む彼の顔を見ながら、内心悪態をつく。


(無自覚って……余計たちが悪いわよ)


 気恥ずかしさを誤魔化すように紅茶へと手を伸ばす。

 喉を通る温かで心が落ち着く香りに、ほっと息を吐いた。

 同じように紅茶に手をつけたアランへ、いたずらっぽく笑う。


「……アラン様が人間と共存して幸せに暮らせますようにって願ったんですよ」

「げほっ! げほっ……いきなりそれは反則じゃない?」

「何がですか?」


 紅茶が気管に入ってしまったのかむせてしまい、アランは涙目になっている。

 柚子は笑いを奥歯でかみしめて堪えながら、おどけたように首を傾げた。

 落ち着きを取り戻したアランの両手が、柚子へと伸び、閉じ込めるように抱きしめられた。

 否。正しくは捕まったと言うべきか。

 柚子の体に触れないように長い腕で囲われている。

 逃げようと思えばいつでも逃げられるような体勢だが、柚子はそれを受け入れた。

 普段よりも近づいたアランの顔を見上げれば、優しく微笑まれた。


「まったく、柚子はいたずらが好きだね」

「それはアラン様も一緒でしょう」

「うん、そうだね。でも、柚子は可愛いのだから、僕以外にこんなことしてはいけないよ?」

「アラン様以外になんてしませんよ」

「ならいいか。じゃあ僕は柚子の幸せを願おうかな」


 柚子を囲っていた腕を離したアランはポルボロンへと手を伸ばした。

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