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猫と三日月のゆるふわ事件簿  作者: 藤烏あや@『死に戻り公女は繰り返す世界を終わらせたい』発売中


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第13話「彼の正体」

 夜の闇が静かに広がる路地で、柚子を襲おうとしていた吸血鬼が跪いている。

 それも、空から現れたアランに頭を垂れているのだ。

 意味の分からない光景に、混乱が頭をいっぱいにした。

 固唾を呑んで二人を見つめていると、吸血鬼が恐る恐る口を開いた。


「ユアハイネス。まさかこんなところでお会いできるとは。やはり稀血の匂いを辿ってきたのでしょうか」

「……」

「そこの女は稀血の持ち主です! それも特上の!! アレを王たる貴方様に献上します」


 先ほどの人を舐めきった態度とは一変して敬愛を滲ませた吸血鬼が、柚子へ手を向ける。

 冷え切った目が一瞬こちらを見た。

 しかしすぐに逸らされ、跪く吸血鬼に突き刺さる。

 それは視線だけで射殺せるのではないかと思うほどだ。


(あれは一体、だれ……?)


 普段の優しさを微塵も感じさせない、凍り付いた表情。

 冷酷で一度も揺らいだことなどないと主張する金色の瞳。

 一度見れば忘れない風貌は、紛れもなく、アランその人だ。

 しかし、どこを見ても、知らない人に感じてしまう。


「最近吸血鬼が暴れていると聞いたが、それはお前がやったものか?」


 耳にした柚子さえも背筋が伸びるような、威圧的な声色だ。

 息をするのも気を使ってしまう空気に、柚子は思わず後退る。

 アランも吸血鬼も気にも留めていないようで、意識が柚子へと向くことはなかった。

 無邪気にアランを見上げた吸血鬼が、嬉々として頷く。


「はい。もちろ――」


 柚子が瞬きをした瞬間だった。

 吸血鬼はぼろぼろと灰になり、言葉を最後まで紡ぐことなく消えていく。

 そろそろと視線を下げれば、まだ原型を残していた左胸に、銀色に輝く剣が深く突き刺さっていた。

 血振りをするように剣を鞘へ直したアランの目が、ようやく柚子を捉えた。

 ぎくりと強ばる柚子へ、彼は気まずげに微笑んだ。

 それは普段の彼と同じ表情で、柚子はますます混乱してしまう。


「柚子。こんな時間に外にいてはいけないよ」

「……あなたはやっぱり、吸血鬼なんですか」

「第一声がそれかぁ。柚子らしいね」

「はぐらかさないで答えてください」

「……そうだ、と言ったら?」


 困った様子で眉を下げたアランが、一歩柚子へと近づいた。

 ぽたりと頬から垂れた赤に、柚子は思わず一歩後退る。

 稀血と呼ばれたこれは、アランには毒なのではないか――そんな考えからだったが、その行動にアランは酷く傷付いた顔をしていた。


(どうしてそんな顔をするの)


 アランの表情は、柚子の胸の中になんとも言えない感情を渦巻かせた。

 哀れみを乞うような目と憂いを含んだ顔は、庇護欲をそそられる。

 助けてもらったことへの感謝の気持ちも吹き飛びそうなほど、心の中がぐちゃぐちゃだ。

 舞踏会の夜にはもう予想していたはずの、アランの正体を目の当たりにしただけのはずだった。

 だというのに、柚子は少しもすっきりしない。

 むしろ予想通りで嬉しくもあり、なぜか悲しくもある。心と体が引き裂かれるような、ちぐはぐな気分だ。

 柚子は悲しげな金色の瞳に問いかける。


「さっきの吸血鬼は貴方をユアハイネスを言いました。その言葉は、王族へ向けられるものですよね?」

「物知りだね」

「あなたは一体……何者なんですか」

「……はぁ。まず君の怪我を治させてくれないかな?」


 ため息とともに吐き出された言葉は予想外のものだった。

 柚子が目を瞬かせると、優しい声色で問われる。


「近くにいってもいいかな?」

「……はい」


 寸秒考え、柚子は頷いた。

 心底安心したように和らいだ表情のアランが、柚子の前に立つ。

 じっと見つめられたかと思うと、申し訳なさげに眉を下げた。


「触れてもいいかな」

「……いつもは許可なく触るのに、今日はいちいち聞いてくるんですね」

「そりゃああれだけ怯えさせてしまった手前、やっぱりね……。本当は合わせる顔もないよ」

「怯えてなんていません」

「ならどうして僕が近づいた時、後退ったの?」

「それは……」

「怖かったからだろう? 僕に気を使わなくても構わないよ」

「だって、血が……」


 縋るように見上げれば、驚きに瞬いた金色と目が合った。

 促すように首を傾げられ、柚子は言葉を続ける。


「私の血は、稀血だから……きっとアラン様もおかしくなってしまうかもって思ったら……つい。アラン様が嫌いだとか、怖いだとか、そういう気持ちは一切ありません!」


 早口に言い切る。

 一瞬の静寂。しかし、その静けさは寸秒も持たなかった。

 虚を突かれたようなアランが笑い出したからだ。


「ははっ、僕を心配して? 本当に?」

「本当ですよ。……アラン様は信じてくれないのですか」

「え!? そ、そういう意味じゃなくて……! えっと……」


 肩を揺らしながら礼を口にされ、柚子は少し頬を膨らませた。

 そっぽを向けば、アランが慌てた様子で弁明してくる。

 その様子に思わず柚子は吹き出してしまった。

 アランの両手が柚子の頬を包み、顔が真っ正面に向かせられる。

 からかわれたと悟ったのか、彼の顔は心なしか赤いように見えた。


「柚子。君の言うとおり、確かにその血は僕たち吸血鬼から理性を奪う」


 真剣な声色で決定的な言葉が告げられる。

 目を見開いていれば、頬を刺す痛みが消えた。

 柚子の白い肌は元通りになっている。まるで傷が一瞬で消えたかのようだ。


「まずは家に帰ろう。傷はいま治したけど、残り香はどうしても漂ってしまうからね」

「わかりました」

「うん。良い子だね。あ、吸血鬼達は僕が隣にいれば襲ってこないんだ」

「そうなんですね……?」

「だから、責任を持って僕が家までちゃんと送るよ」


 そう言ったアランは柚子の腰に手を回し、ゆっくりと歩き始めた。



 ◇◆◇



 三日月堂につくまでの間、柚子とアランは互いに無言だった。

 鍵を閉める余裕がなく、開けっ放しだった扉を開ければ、薔薇の香りが鼻をくすぐった。


「送って下さりありがとうございました」

「どういたしまして。ちゃんと戸締まりをしておやすみ。そうすれば吸血鬼は入って来れないから」

「わかってます」

「うん、それじゃあ……」


 帰ろうと踵を返すアランの裾を掴み、引き留める。

 金色の瞳を見開かせて振り返った彼へ、帰路を歩いている間考えていた言葉を吐き出した。


「私、アラン様のこと、もっと知りたいです」

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