第10話「鹿鳴館にて」
有無を言わせず連れて来られたのはつい先日完成したばかりの鹿鳴館だ。
柚子は放心している間に衣装部屋へ通され、ドレスへと着替えさせられた。
あれよあれよという間にホールへと放り込まれた柚子は、一際目を引くはずのアランを探す。
(置いていくなんて、まったく酷い人だわ)
ホールの入り口で視線を彷徨わせていれば、たくさんの女性が集まっている場所があった。
そこだろうと当りをつけ、ゆっくりと移動する。
背筋を伸ばし、堂々と歩く柚子へ自然と視線が集まっていた。
(着物ドレスが珍しいからかしら?)
柚子が身にまとっているのは、着物のかたちを残しつつ、洋装の良いところを合わせたようなドレスだ。
濃い藍色の絹に、金糸であしらわれた唐草模様が、灯りに照らされてほのかに光っている。
なんといっても目を引くのは背後の膨らみだろう。幾重にも畳まれた絹布が、腰から背にかけてふわりと盛り上がっている。
それは、うなじから背骨にかけて滑らかな曲線を描き、腰を一層細く、そして脚を長く見せていた。
「和」と「洋」がおそるおそる手を取り合っているような装いは、誰の目から見ても珍しかった。
しかし、それ以上に少女と大人の狭間の頃にしか醸し出すことのできない色気が、周囲の目を奪っている。
(すごい見られてるけれど、私、変? 誰か何か言ってほしいわ、怖いから)
頬をひきつらせぬように柚子は静かに笑みを貼り付けた。
扇子を取り出し顔を隠してしまいたかったが、あいにく手元にそれはない。
(アラン様を早く探さないと……。逃げ出してしまいそう)
絹の裾がほんのわずか揺れているのは緊張の証だろう。
柚子の願いが届いたのか、人だかりの中心からアランが顔を出した。
彼の顔を目に入れ、今にも切れてしまいそうな緊張の糸が、途端に緩んだ。
義務的に浮かべた微笑みが崩れる。
唇が自然にほころび、頬が柔らかく持ち上がった。
柚子は意識して笑おうとしたのではなく、ただ、安心して、そうなっただけだった。
柚子を視界に入れたアランの目は、零れてしまうのではないかと心配しそうなほど見開かれる。
アランは脇目も振らず短衣を脱ぎ、柚子へと早足に近づいた。
そして、短衣で柚子の顔を隠してしまう。
喧噪が瞬く間に消え、視界いっぱいにアランの美しい顔が広がった。
まるで恋人の戯れのような行為に目を瞬かせる。
突然の行動に驚いたのは柚子だけではない。
柚子を隠したアランもまた、予想外だと目を丸くしていた。
彼はどうしてそのような行動を取ったのかわからないと言わんばかりの顔をしている。
(え、そんなに酷い恰好をしてるの、私)
背筋を流れる汗はきっと冷や汗だろう。
似合いもしないドレスで堂々とする女がいれば、確かに注目を集めてしまうかもしれない。
周りの目から隠された事実だけを拾い、柚子は憂いとともに視線を落とした。
「……似合わないなら似合わないと言ってください」
「違う。そうじゃないよ。すごい似合ってる」
「本音を仰ってください。拗ねたりしませんから」
「似合ってる。星空の精霊が降り立ったかと思ったぐらいだ」
「ならなんで隠すのです? 行動が矛盾していますよ」
拗ねたように頬を膨らませる柚子は年相応の少女のようだ。
アランはどうしたものかと逡巡し、うっとりと微笑む。
「周りに見せたくないと思ったんだ。普段の装いでも十分可愛いんだけど、今の柚子は、なんというか……色っぽくて、独り占めしたくなる」
色気が必要以上に含まれた表情に、柚子の喉から変な音が鳴る。
それは全身の血が沸騰してしまうのではないかと錯覚するほどで、柚子は頭のてっぺんまで真っ赤に染まってしまった。
柚子は自身を隠すアランの腕を引く。
気を使うように金色の瞳が瞬き、アランは緩やかに首を傾げた。
頬をくすぐる銀髪にいっそう恥ずかしさを覚えながら、震えそうになる唇を動かす。
「そう思うなら、着替え終わるまで待っていればよかったではないですか」
「うん。すごく後悔してる。だから、次からは待つよ」
「きっと次はないと思いますよ?」
「そうだった。なら、美しいレディ。僕に君の時間をくれないかな? 隣に侍る名誉を」
「……大げさね」
軽く笑った柚子は手を差し出す。
それだけでアランは承諾したと気がついたのだろう。
短衣を羽織直した彼が、柚子の手を取り、甲へと唇を寄せた。




