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召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?  作者: 浅海 景


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潜入

その少女を保護したのは森の奥深く、魔物が多く生息する場所だった。


「結界が反応して様子を見に行ったら、意識がない状態で倒れていたから運んで来たんだ」


どうして良いか分からないようで、縋るような視線を送るエーヴァルトから少女を受け取ると、驚くほどに軽い。身体のあちこちに痣や擦り傷があり、苦しそうに眉を寄せていた。

衰弱している少女を介抱していると、ディルクとエリーが険しい表情で会話を交わしている。


「何かの計略で送りこまれたのだろうが、それにしては扱いが酷い」

「暗殺目的とかではなさそうだけど、フリッツがいないことが気になる。ソフィアが一人でここまで来れるとは思えないけど」


以前エリーが治癒した少女だと知り、嫌な予感を覚えた。そんな少女が森で倒れていたなど偶然とは思えない。

翌朝目を覚ましたソフィアから事情を聞いて、エルヴィーラは自分の予感が正しかったことを知った。




「今度は子供を人質に取ったか」


前回エルヴィーラを人質に取った時は魔王との繋がりは可能性としての域を出ていなかったが、あれだけ多くの兵士がいる中で誰にも悟られずエルヴィーラが姿を消したことでその疑念が確信に変わったのだろう。


ソフィアは街の中で神官だという男性に聖女のことで話があると声を掛けられたらしい。だが知らない人に付いて行ってはならないと兄から強く言い聞かされていたため、断ると無理やり連れて行かれそうになったところ、助けに入ったフリッツと共に馬車に引きずり込まれてしまった。


馬車から降ろされる直前、フリッツが暴れて隙を作ってくれたおかげでソフィアは逃げ出すことができたが、フリッツは捕らえられたままで見知らぬ街で頼れる相手は誰もいない。


兄を助けたいソフィアは一縷の望みをかけて聖女であるエリーに助けを求めることを決めた。

エリーの居場所は移動中に男たちの会話から耳にしており危険な森に一人で入ったものの、過度なストレスと疲労で意識を失いエーヴァルトに発見されることになった。


子供を人質におびき寄せようなど聖職者以前に人の道にも外れる悪辣な手口に、エルヴィーラは悔しさのあまり唇を噛んだ。


(でもエリー様はその少年を見捨てようとしないのだから、有効な手段と言えるわ)


「エリーに話せば自分で助けに行こうとするよね。今回はあちらの領域に踏み込むわけだから、前回のように上手くいくとは限らない。できればエリーはここに留まってほしいけど」


室内にはエルヴィーラとディルク、そしてエーヴァルトしかいない。エリーには再び眠りに落ちたソフィアの見守りをお願いし、ベンノはエーヴァルトの命令でエリーの様子を見張っている。

ソフィアの話を二人だけに伝えることにしたのは、エリーの行動力を考えた結果だった。


「……いまエリーを奪われてしまえば、こちらも手が出せなくなる」


ディルクの声は平坦で、だからこそ彼の葛藤が見える気がした。自分の境遇と重なって目を掛けていた子供を見捨てるのは容易なことではないはずだ。

エリーも自分の価値を低く見ているものの、状況が判断できないほど愚かではない。だからと言って割り切れることではないだろう。


「そのことでご提案がございます」


かつてエリーが苦しい状況にある時に何もしなかったことをエルヴィーラは後悔していた。過去の罪をなかったことには出来ないが、もし自分に出来ることがあるのなら最善を尽くしたい。





エリーのように真っ直ぐに相手を見据え、フリッツの解放を求めれば神官長は困ったように眉を下げる。


「あの少年は自らの意思でここに来たのですよ。ご希望にお応えできるかどうかは今後の聖女様次第ですな」


最初から素直に解放するとは思っていなかったが、予想通りの回答に小さな失望を覚えた。この期に及んでもなお神殿に属する人間としての良心を、心のどこかで期待していた自分にだ。


「エリーは聖女の鑑だな。少年にはきちんと世話をする者も付けているから心配しなくていい。そんなことよりも私たちの間には大きな誤解があるようだ。もっと君との時間を取れば擦れ違うことなどなかったと私も反省している」


ダミアーノが出て行き二人きりになると、ヴィクトールはエリーの姿をしたエルヴィーラを隣に座らせ、熱のこもった瞳で語り掛けてくる。

節度のある距離とは言い難く、身体を離そうとすれば手を握られて動けない。嫌悪感に思わず眉をひそめたが、ヴィクトールは気に留める様子もなく言葉を連ねている。


魔王がいかに邪悪な存在で奸計に長けているか、ディルクもそんな魔王の力を得て上手く立ち回っていた、など尤もらしく語っているが、どれも根拠のない話ばかりだ。


(エリー様がここにいらっしゃらなくて良かったわ)


友人を侮辱されれば王族相手でも食って掛かっていただろうエリーを想像すると、少し心が軽くなる。そうやって気持ちを紛らわせていたが、ヴィクトールの指先が頬に触れると反射的に身体が強張った。


「エリー、これからは私が君を守るから。――愛しているよ」


考えるよりも先に両手を前に出し拒絶の姿勢を示したエルヴィーラは、失敗したと思った。ヴィクトールに反抗的な態度を取れば、フリッツの救出がますます遠のいてしまう。


(でもエリー様なら大人しく受け入れることもしないはずだわ)


そう思いなおして睨んでみると、ヴィクトールは何故か嬉しそうに口角を上げる。


「まだ混乱しているだろうから、今は受け入れられなくても許してあげるよ。エリー、何か欲しいものはないか?」

「フリッツの安否を確認させてください」


そう言った途端、ヴィクトールの機嫌が悪くなったのが分かった。


「子供とはいえ他の男を気に掛けるような言動は気に入らないな」


独り言のように呟くが、発言を撤回するつもりはない。エリーだったらきっとそうするとしばらく睨み合っていたが、先に折れたのはヴィクトールのほうだった。


「少し落ち着いて考えるといい」


エルヴィーラを残して部屋を出ていくと、入れ替わるように侍女の恰好をした女性が入ってくる。流石に一人にはさせてもらえないようだが、どう見ても好意的な眼差しではないためエルヴィーラは相手にしないことに決めた。


フリッツを救出するとともに、ダミアーノの本当の目的を突き止めなければならない。条件は厳しいが、これは自分の贖罪であり、今後もエリーの傍にいるための試練のようなものだ。

二度も自分を助けてくれたエリーに報いるためにもエルヴィーラは知恵を振り絞ることにした。

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