損得勘定
(くそ、やはり王家に預けたのが失敗だったか)
聖女が行方不明になって一ヶ月、ダミアーノの苛立ちは募る一方だった。
召喚に前向きでない現国王の代わりに、王太子を唆して聖女を呼び寄せたまでは良かったが、思えば最初からあの少女はこちらの思い通りの行動を取っていない。
気を失い聖女認定が遅くなったおかげで、召喚失敗の噂が流れ不愉快な視線に晒された。
無事認定されたかと思えば今度は大した力を持たない欠陥聖女として見下され、その結果ダミアーノを軽んじる輩も出てきたほどだ。
嫌がらせを受けて神殿に泣きついてくれば恩を着せて使い倒す予定だったが、いつまで経ってもそんな報告は上がって来ない。
癒しの力が使えるようになり、ようやく利用価値が上がってきたかと思えば練習のためにと平民に治癒を施し貴族を後回しにする。希少性を押し出し高額な寄付を条件に貴族への斡旋を行うが、受けた貴族の多くが大した効果がないと不満を抱くようになり、それを宥める羽目になった。
魔王討伐に成功すれば最早あの聖女は用済みだと考えて、ある程度放置したのがまずかったのだろう。
副神官長が目を掛けていたエルヴィーラや自分に忠実であったはずのジャンすらも、いつの間にかあの聖女に誑かされてしまった。
特に子供の頃に目を掛けてやったジャンの裏切りには腸が煮えくり返るような思いだったが、報復しようにも重傷のため第二騎士団内で療養中だと言う。引き渡しを要求しても重要参考人だという理由で拒否される始末だ。
その言い分を信じたわけではないが、子飼いの一人などどうとでもなる。今は聖女のことが最優先だと後回しにした。
(もしも魔王と聖女が手を組めば、莫大な利益どころか大損失――この国自体が危ういかもしれぬ)
シクサール王国の繁栄は魔王から得られる魔石、そしてそれを浄化する聖女の力があってこそだ。この国で神殿が大きな影響力を得ているのも聖女の恩恵が大きく、無知な国民たちにとっては分かりやすい象徴でもある。
魔王復活の年代に神官長の地位に昇り詰めたのは僥倖であり、さらなる栄華を手に入れるため聖女の存在は必要不可欠だった。だがその聖女も今では危険因子でしかない。
「神官長様、オスカー・ロジュロ侯爵令息様が面会を希望されていますが――」
「聖女様の捜索で多忙だと伝えろ」
不機嫌さを隠さずに伝えれば、従者は怯えたような表情を浮かべ一礼すると慌ただしく出て行った。
「ふん、おおかた自分の失態を取り戻すために協力しろとでも言うのだろう。冗談ではないわ」
侯爵令息で王太子の側近という将来を約束された立場にありながら、小娘である聖女にしてやられるような愚か者の相手などしていられない。さらには聖女をおびき寄せるために人質として同行させていたエルヴィーラを取り逃がすという致命的なミスを犯している。
その報告にはさすがの王太子も渋面を浮かべ、任務を遂行できなかったとして謹慎処分を受けているが、罷免される日もそう遠くないだろう。
貴族としての矜持を優先して平民出身の聖女を侮った結果、その身分以外のすべてを失うことになった。いい気味だと嘲笑したものの、自分も同じ轍を踏むわけにはいかない。
(大人しい素振りで小さな要求を出してくるあたり、少々頭の回る小娘だと思っていたがまさかここまで手が掛かるとは……)
何とか連れ戻したとしてもこちらの意のままに操るには難しいだろう。さらには魔王から良からぬ知恵を付けられていないとも限らない。
損切りを見誤ればより大きな損害を被ってしまう。神官でありながら拝金主義であるダミアーノは損得勘定を何よりも重視していた。
新たに聖女を再召喚できないかとも考えたが、平民出身とは言え片手では足りない神官の命を犠牲にしたことで現国王の不興を買っている。これ以上の犠牲を出せばこちらにも何らかの処罰を受ける可能性も高い。
唯一の利点は王太子は何故かあの聖女を気に入っていることで、日に日に落ち着かない様子を見せている。それを上手く利用してこちらの最大限の利益を確保するためにはどうすれば良いか。
しばらく思案した末、結論を出したダミアーノは王太子への面会許可を得るために使いを出した。




