自責
「――我が君は聖女のために手助けをなさいました。その対価を払っただけのことであり、倒れたのは本人の力不足に他なりません。どうかお気に病まれませんよう」
一貫してベンノは聖女に手を貸すことに苦言を呈していたが、押し切るように二人の元に駆け付けたのはエーヴァルトだ。
魔力を消費しバランスを崩してしまった原因をエリーに求めることは間違っているが、そもそもベンノは聖女を憎んでいる。批判的になるのは仕方がないと思っているし、エーヴァルトを気遣っての発言だと分かっていても、今は受け流すことが出来なかった。
「ベンノ、彼女は僕の苦痛を取り除いてくれた恩人だよ?」
自分でも驚くほどに冷たい声に、ベンノが恭順を示す仕草で深々と頭を下げる。
「……余計な発言で御身を煩わせてしまい、申し訳ございません」
ドアが閉まり一人取り残された室内には、花のような紅茶の香りが漂っている。自分の体調を慮って用意されたものだ。完全な八つ当たりに後悔が押し寄せ、同時に先ほどの光景が脳裏に浮かんだ。
生気を失った顔と固く閉ざした瞳は、二度と目を覚まさないのではないかと恐ろしい予感さえ感じさせるほどだった。
幸いにもディルクがすぐに声を掛けてくれたおかげでそれ以上取り乱さずに済んだが、そんな友人の言葉にもまた動揺してしまった。
(全部僕のせいだ……)
森で合流した際にはさりげなくベンノから遮るように立ち位置を変え、浄化を行っている時も案じるような眼差しを向けていたことから、ディルクがエリーを大事に思っていることが伝わってきた。
『以前にも同じようなことがあったから大丈夫だ』
大切な存在に倒れるほどの負担を掛けることを、彼はどのような気持ちで見守っていたのだろうか。そんなディルクに一瞬でも非難の眼差しを向けてしまったことは、きっと気づかれている。
エリーとディルクの優しさに甘えてしまった自分が情けなくて申し訳なくて堪らなくなった。
人と関わることが少ないから、距離感や相手の言葉を取り違えてしまうのだろう。ディルクが罪に問われた件も、自分が託した手紙がきっかけだと言うのに二人は責めるどころかそれに触れることすらしない。
(せっかく仲良くなれそうだったのに……)
感情の揺らぎは魔力にも影響を与える。良くない兆候だと思いながらも、自責の念を止めることが出来なかった。
ディルクとエリーに会ってはしゃぎ過ぎた反動なのかもしれない。後悔と不安を募らせながら、深呼吸をして心を落ち着かせるのは最早習慣のようなものだった。
エリーの努力を無駄にしてはいけないと心のどこかで思っていたから、魔力を抑えることが出来たのだろう。
エリーが目を覚ましたという知らせを受けて、ベンノの言葉を最後まで聞かずに部屋を飛び出した。もしかしたら会ってくれないかもしれないと不安がよぎったが、自分の目で無事を確認したいという気持ちのほうが強い。
少し気怠そうではあったものの、身体を起こしこちらを見つめる瞳に不快感は見当たらない。責めるどころか笑みを浮かべながら、あっさりと後ろめたい気持ちをかき消してくれた。
(初代聖女もエリーと似ていたのだろうか……)
聖女に関する記憶はほとんど抜け落ちているのに、心がじわりと温かく満たされるような感覚は覚えている。聖女に出会ううちに魔王が知った感情に似た何かがエーヴァルトの胸を満たしていく。
強大な力を得ていたがゆえに孤独で退屈な日々を過ごしていた魔王にとって、異世界から召喚された聖女の存在は、ただの暇つぶしのはずだった。
気まぐれが興味になり、魔王が最終的に聖女に抱いた感情は複雑で、エーヴァルトにも説明ができない。
確かなことは聖女のために魔王は自分の魂の欠片を与え、そして人に生まれ変わることを望んだ。
自我が残らないのに酔狂なことだと思うが、そうするだけの価値があったのだろう。
(……理解したいと思ったのかもしれない)
聖女の思考や行動原理は魔王にとって理解不能なものばかりだった。そんな考えが浮かんだのは、エーヴァルトもまたエリーの言動に喜びと戸惑いを覚えていたからだ。
何故こんなにも自分の欲しい言葉をくれるのだろう。出会ったばかりの自分を助けてくれるのだろうと――。
聖女どころか女神かもしれないと思い至って、そのまま口にすればエリーからは頬を赤らめながら否定された。大人びた表情から素の感情が垣間見えて、そんな彼女を可愛らしく思う。
(倒れたばかりだから軽い食事のほうが良いのかな?エリーは何が好きなのだろう?)
無言で空腹を訴えたエリーのために部屋を出た時には、重苦しい感情はすっかりどこかへと消えていた。




