気掛かり
「おはようございます、聖女様」
「おはよう、キャシー。エルヴィーラは?」
「本日はお休みを頂いたと聞いておりますが……」
「……ああ、そうだった。じゃあ今日は一日よろしくね」
瑛莉がそう言うと、キャシーは丁寧に頭を下げてから朝食の準備を始めた。
(休みを取っていいと言ったけど、直接言ってくれなかったな……)
モヤモヤとするような引っかかるような感覚は、そうして当然とどこかで思っていたからだろうか。
(エルヴィーラは真面目でしっかりしているから、休むにしても事前に伝えてくれるはずって思ってた?)
思い込みで人を評価するのは良くない。
一緒にいる時間が長くなるほど、相手への期待値が上がり感謝が当たり前になってしまうから気づく癖をつけるように、と教えてくれたのは「先生」だ。
(……多分そうじゃない。気になるのは昨日エルヴィーラの様子が少し変だったからだ)
些細なことかもしれないと僅かな変化を後回しにしてしまった。晩餐後、疲れ果てていた瑛莉にすぐ休むよう促してくれたのはエルヴィーラだ。
もしかしたら瑛莉から話があることを察していたのかもしれない。
詮索されたくないと思っているなら、気づかなかった振りをするべきだろう。だが昨日一人の患者を治癒した際に、感じた違和感を思い出す。
(あれはあんまり良くない感じがした……)
「聖女様、お茶をお淹れしてもよろしいですか?」
控えめに声が掛かって、瑛莉は思考を中断して答えた。
「うん、お願い。それが終わったらディルクを呼んで来てくれない?」
「お呼びと伺いましたが、いかがなさいましたか?」
「昨日の患者のリストを見せて欲しい」
そう言うとディルクは眉を下げて困ったような微笑みを浮かべる。
「私は持っておりませんね。救護院かメディ先生が保管しているはずですよ?」
「なら馬車の手配を。――出かけるよ」
横柄な態度で伝えれば、視界の端でキャシーがおろおろしているのが見えた。
(うん、それでいい)
これで勝手な行動を咎められるのはディルクではなく瑛莉になり、一介の侍女であるキャシーもその責を負うことははい。
少しばかり面倒だとはいえ、自分の行動で誰かが責められるのは気分的に嫌だった。
馬車が出発してすぐにディルクが口調を変えて訊ねてくる。
「で、我儘な聖女様は何が気になったんだ?」
「昼休憩が終わって二人目の患者を覚えてるか?あの時エルヴィーラの様子がおかしかった」
基本的には瑛莉のそばに控えていて必要に応じて動いていたのに、あの患者が入ってくる直前に衝立の向こうに消えた。何か仕事でもしているのだろうとその時は気にしていなかったが、治癒が終わり患者が出ていくまでエルヴィーラは姿を見せなかったのだ。
その後お菓子を添えて紅茶が出てきて、昼休憩からそんなに時間も経っていないのに変だなと思ったものの、そのまま流してしまった。
「ジョエルという男だろう?確かにエルヴィーラはちょっと挙動不審だったようだが、そんなに気に掛けることか?」
「今日エルヴィーラが休みを取った。何か嫌な予感がするから確認しておきたい」
瑛莉の言葉にディルクは目を細めて、冷淡にも見える表情を浮かべる。
「それで問題があったらどうする?エルヴィーラはエリーが首を突っ込んでくることを望んでいるとは思えないけどな」
「可能な範囲であれば手ぐらい出すよ。気になった以上は私の問題で彼女は関係ないからね」
他人の問題を解決できるほど瑛莉は器用でも優秀でもない。
(だけど自分の問題なら何とかしようとするのは当たり前のことだよね、先生)
ディルクは暫し無言だったが、おもむろに瑛莉の頭をくしゃくしゃにかき回した。
「こらっ、何すんだ!」
「まったく損な性格だな。だがエリーといると退屈しなさそうだ」
屈託のない笑みを浮かべるディルクに瑛莉は反射的に言った。
「いやそれ褒めてないし、先に髪をぐしゃぐしゃにしたことを謝れよ!」
ムッとしながら言えばディルクは声を上げて笑い始める。
その様子に何となく肩の力が抜けて、まあいいやという気分になったことは内緒にしておこうと瑛莉は思った。




