魔王
「お前はこのまま聖女でいたいか?」
「何で私が質問される方なんだよ。お前の話が先だろう」
誤魔化すつもりかと胡乱な眼差しを向ければ、ディルクは降参を示すように両方の手の平を見せて小さく笑った。
「一応大事なことなんだけど……まあいいか。端的に言えば俺は聖女召喚なんてものに反対だったんだ。だからお前を助けるのはそれを実行した奴らへの意趣返しも兼ねている」
「意趣返しねえ。で、メインの理由は?この期に及んで聖女に同情したとかくだらないこと言うなよ?」
畳み掛けるように言うと、ディルクはどこか優しい眼差しを向けて来る。上手く言い含められそうな雰囲気のため警戒せざるを得ないのだ。
「そう噛みつくな。魔王についてはどれくらい知っている?これは確認のためで質問じゃないぞ」
魔王について瑛莉が知っていることは多くない。百年~二百年に一度の割合で復活すること、魔王は魔物を活性化させその魔力が人に悪影響を及ぼすこと、魔王に対抗できるのは聖女の力のみであることぐらいだ。
そう答えるとディルクは真面目な顔で頷いた。
「まあ概ね間違っちゃいない。だが魔王の力が人体に悪影響を及ぼすというよりは魔物が増えるからそう言われているだけだろう。あと魔王の力は強大だが討伐自体は聖女じゃなくてもやれないことはない」
付け加えられた言葉は確信的で、ディルクの目は本当に知りたいのかと問いかけるようにまっすぐに瑛莉を見つめている。聞いてしまったら引き返せない雰囲気だが、知らなければいけない気がして瑛莉は無言で続きを促す。
「神殿と王家の目当ては魔王の命である核だ。魔力の源でありその辺の魔石とは比べ物にならないほどの力を帯びている。――百年は聖石の備蓄を気にしなくていいぐらいにな」
「……殺すことはできても、それほどの魔力を有した核を浄化するには聖女でないと難しい、ということ?」
ディルクの言葉から予想した聖女の役割について自分の考えを述べると、ディルクは首肯した。
魔物や魔王の討伐が可能にもかかわらず、わざわざ聖女を召喚するのは魔王の核目当て――つまり自分たちが便利で豊かな生活を送るためだということになる。
露骨に不快な顔をした瑛莉に、ディルクは更に言葉を募った。
「それと一部の人間にしか知られていないが、魔王は魔物じゃない。魔物を制御できる特別な力を持っているが、人間なんだ」
その言葉に瑛莉は何かがすとんと腑に落ちた気分になった。頭では理解していないが、感覚が先に追いついたので、その後に続くディルクの言葉を聞いても驚くことはなかった。
「そいつは俺の命の恩人で、友人なんだ。――エリーがこのまま聖女であるならば魔王討伐は回避できないだろう。だからもう一度聞くが、お前はこのまま聖女でいたいか?」
「自分の意思で止められるならとっくに止めてる」
聖女になりたくてなったわけじゃない。決定事項のように押し付けられて迷惑しているのにそういう言われ方をするのは心外だ。
「だがこのまま聖女でいれば、王太子妃になれるぞ?その力を王家や神殿のために貢献し続ければ裕福な暮らしは約束される。だが敵に回せば、まともな生活を送るどころか命の保証だってない」
「お前、結構面倒くさいな」
心の中で留めておくつもりだった言葉が、ぽろりと口からこぼれ出た。驚いたように目を丸くしているので瑛莉の発言は予想外だったのだろう。
(ここまで聞いて知らなかったことには出来ないのに、選択肢を与えようとするなんて甘いというか優柔不断というか……)
魔王を友人だと言うこの男からすれば、聖女は友人に危害を加える敵でしかないのに、放っておけない性分なのか、気に掛けてあれこれ手を回す。不器用で残酷な優しさだけどそれはとてもディルクらしいと瑛莉は思った。
「お前の言葉が正しいか分からないけど、魔王が何もしないなら、こっちだって手を出すつもりはないよ」
そう答えるとディルクは無言で頷いたが、その表情は僅かに安堵したように見える。
「お前ならそう言ってくれると思っていたが……ありがとうな」
「別に礼を言われるようなことじゃない。それに魔王がどう動くかによって変わるしな」
魔王の核が目的であるならば、それを浄化できる瑛莉を殺せばと考えても不思議ではない。それにディルクは魔王を擁護しているようだが、瑛莉にとって無害な存在なのか分からないのだ。
「ああ、あいつの方にはこっちから伝えておくから、当面は恐らく大丈夫だ。……分かっているとは思うがこのことは誰にも話すなよ。エルヴィーラにもだ」
「話すわけないだろ。っていうか何でわざわざエルヴィーラのこと念押しするんだよ。私だってエルヴィーラが神殿側の人間だって知っているぞ?」
エルヴィーラを聖女の侍女に付けたのは、それだけ神殿がエルヴィーラを信用していることに他ならない。エルヴィーラに話せば神殿側に筒抜けになり、ディルクはもちろん瑛莉だって要らぬ腹を探られて神殿に危険視されてしまうかもしれないのだ。
「いや、お前はエルヴィーラには懐いているように見えたからな」
懐くも何も基本的に瑛莉の世話をするのはエルヴィーラしかいないのだから、多少の情は移るだろう。
「エルヴィーラのことは嫌いじゃないけど、それとこれとは別だ」
「それならいいが……。そろそろ行かないとな。仮にも未婚女性と二人きりでいるのは道徳的にも反しているし、聖女と密会していたなんて噂が流れると色々とまずい」
「今更だな。昨晩寝てるときに勝手に部屋に入っただろう」
呆れたように瑛莉が言うと、扉に向かいかけていたディルクがぎょっとしたように振り返った。
(あ、バレてないと思っていたのか)
いくら「先生」の夢を見ていたからと言っても、撫でられる手の感触は「先生」よりも大きくてごつごつしていた。リアルな感触に夢じゃなかったのだろうなと思っていたが、先程ディルクに抱きかかえられた時に、こいつだと直感したのだ。
「…………ジャンから力の使い過ぎかもしれないと聞いて……例がないものだから、何というか気になって…………済まなかった」
ほのかに色づいた頬を見て、瑛莉は優越感のようなものを覚えてにやりと笑った。いつも余裕綽々なディルクが動揺していることにしてやったりという気分になる。
しばらくはこれで揶揄ってやろうと思いながら、瑛莉は足早に部屋を出ていくディルクの背中を見送ったのだった。




