初めての外出
(すごい、海外の市場みたい!!)
道路の両端にずらりと並んだ露店からは活気のある掛け声や、足を止めて商品を吟味する人々で賑わっている。
「エリー、くれぐれもはぐれないように気を付けるんだぞ」
「はーい」
気もそぞろに返事をすれば、やれやれといったような吐息が聞こえたが、勿論無視する。
「人混みには良からぬことを考える者もおりますからね。もっとも副た……ディルクさんと俺もいますから、安心して楽しんでいただければと思います」
そう言って笑顔を向けるジャンは第二騎士団の団員であり、本日ディルクとともに瑛莉の護衛を任命されていた。ディルクよりも少し若く、馬車の中でも瑛莉を気遣って流行りのスイーツや街の情報、お金の使い方などを教えてくれた、人の好さそうな青年だ。
「ジャン、もう少し言葉崩してくれないと貴族令嬢のお忍びだって疑われるよ。やっぱり私が下働きの娘役とかしたほうが自然なんじゃない?」
第二騎士団の団員は市街での任務も多く、二人ともそれなりに知られているそうだ。ディルクもジャンも敢えて私服で行動することで目立たないようにしているが、そんな中で明らかに護衛をしていると分かれば、変に注目を浴びかねない。
聖女である瑛莉に気安く話しかけるなんてと躊躇うジャンに、いっそのこと立場を逆にしたらどうかと提案したが却下された。
結局のところ誰かに聞かれた場合は、知人の娘というぼかした関係性を伝えることで落ち着いた。説明になっていないが、大抵の人は訳アリだと察してくれるだろうと言うのがディルクの考えだ。
「すみません、エリーさん。その、気を付けるよ」
「うん。迷惑かけるけど、今日はよろしくね」
久しぶりにワクワクした気分で瑛莉が声を掛ければ、ジャンはもごもごと何か口にしたようだ。
「ほら、さっさと行くぞ」
聞き返そうとする前にディルクからぐいっと肩を摑まれたため、ぺしりと叩いて手を払っておく。タイミングがずれたので今更聞き返すのも微妙だし、必要なことならまた伝えてくれるだろう。
さっさと興味を切り替えた瑛莉は最初の目的地に足を向けた。
「じゃ、ちょっと待ってて」
そう言って一人で店内に入ろうとした瑛莉を引き留めたのはディルクだ。
「言ったそばから一人で行動しようとするな」
「だって一緒にいたら不自然だもん。外から店の中見えるからそれで良くない?」
「お前は目を離すと何をするか分からん。大体バレたら面倒なことになるぞ」
ジャンは困惑したようにこちらを見ているが、ディルクには瑛莉が何をしようとしているか分かったらしい。
口に出さずに見逃してくれれば良いのに、ディルクには存外真面目な一面があるようだ。
「街に来て買い物出来ないなんて嫌だ。どうせあの人たちが私にお金を渡すわけないんだから、自分で何とかするしかないでしょ」
一瞬だけ言葉に詰まったディルクに、瑛莉は内心嘆息した。
(予想しないわけないじゃない)
ヴィクトールの許可が下りたのだから、外出自体を止めさせるわけにはいかない。代わりに嫌がらせをするなら、買い物のための資金を渡さないことが効果的だろう。
ドレスの一着でも売りさばいてやろうかなと考えたが、嵩張るため外出前に見咎められてしまう可能性があった。
だからポケットに入る大きさで、少々数が減っても気づかれにくい物である魔石を選んだのだのに、思いがけない障害を知ったのは馬車の中でだ。
「え、浄化済の魔石を勝手に売るのは違法になるの?」
物価に次いで魔石の価値などをジャンに確認していた瑛莉に、ディルクが横槍を入れた。
「価値を統一しなければ価格が高騰しかねないからな。通常神殿経由でなければ手に入らないものだから神殿の代理で魔石を販売しているようなものだ。だからこそ魔石商たちは勝手に価格を変えることが出来ない」
(失敗したな……生活に密接に関係するものだからこそ管理する必要があるのか)
事前に情報収集できなかったのは自分のミスだ。
魔石自体は腕に覚えのある冒険者たちが魔物の生息地で採取したり魔物を倒すことで、一定の供給がある。だがそのままでは使えないため冒険者ギルドが間に入り、神殿と売買を行っているそうだ。
そのため瑛莉は冒険者ギルドで浄化前の魔石を買い取ったあと、それを浄化し販売しすることで買い物資金に充てようと考えていたのだ。まさか自由販売が禁止されているとは思わなかったので、落胆は大きかったが、他に方法はないかと考えた結果が魔石商で返金手続きをすることだった。
(自分で浄化した魔石だけど、結局使えるしどっちも損してないからいいと思うんだけど……)
表向きは返品による返金扱いだが、実際は売買の形になるので違法と言われればその通りなのだ。それでも他で販売するよりも足が付きにくいし、多少ズルをしても瑛莉は自由に使えるお金が欲しいので譲る気はない。
「……分かった。代わりに俺が交渉してくるから魔石を出せ。そんでジャンと待ってろ」
「は、そんなの駄目に決まってるでしょ。やったことの責任は自分で取るし」
万が一バレれば違法行為をした本人が罪に問われるのだ。他人に罪を擦り付けるような狡い人間にはなりたくない。
「とりあえずどれだけ持ってるか見せろ」
そこからまたやり取りはあったものの、最終的に瑛莉は持っている魔石を出すことにした。言い合いをしている時間が勿体ないのと、ジャンとディルクの二人に言われて根負けしたためだ。
「金貨2枚だな……」
「はい、手数料を含めなければそれぐらいが妥当ですね」
二人が話しているのを面白くなさそうに見ていた瑛莉に、ディルクは革袋から金貨一枚と銀貨九枚、銅貨十枚を取り出して瑛莉の手の平に乗せた。
「貨幣の価値は覚えてるな?銅貨十枚が銀貨一枚、銀貨十枚が金貨一枚だ。お前の魔石は俺が買い取る。ジャンにも確認した適正価格だからな」
その手があったのかと納得する気持ちと、受け取っていいのかと躊躇う気持ちが湧いた。そんな瑛莉の葛藤に気づいたのか、ディルクはさっさと歩きだしてしまう。
「あの人はああいう人だから気にしなくていいよ。ほら、せっかくの外出なんだから楽しまないと損だよね」
ジャンの言葉に背中を押された瑛莉は、もぞもぞする気持ちを一旦棚上げしてディルクの後を追いかけることにした。




