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9 ディアンの後悔と説得

「……ルルア?」


遠慮がちに揺さぶられて、ハッと目を開けた。

あれ……? 寝たつもりはなかったけど、いつの間に目を閉じていたんだろう。

ディアンの簡易ベッドにも、床にも、まだ日暮れ前のオレンジ色が伸びている。

多分、ほんの一瞬だったんだろう。


「お前、どうした? 顔色、悪くねえか」


ぼんやりした視界の中に、お日様が浮かぶ。

お師匠様を見る僕は、きっとこんな顔をしているんだろうな。

それがなんとなく嬉しくて、ふふっと笑う。


「大丈夫。僕、寝ちゃってた?」

「……本当に大丈夫か? お前、ウチの教会に拾われてくる、ガキみてえな顔だ」

「それって、どういう顔?」


答えずに眉根を寄せたディアンが、僕の両脇に手を入れて――ぐっと持ち上げた。


「うわわ?!」

「やっぱりお前、軽すぎだ。飯食ってんのか? 俺に持って来る分くらいは、食ってんだろうと――しまった!」


途端に呻いたディアンが、頭を抱えてうずくまってしまった。


「ど、どうしたの? 痛かった?」

「……クソ。服が上等だから……飯だって食ってるだろうと……! 俺が迂闊だった。お前……、まさかてめえの飯を俺に渡してねえだろうな?!」


鋭い視線に、ギクッとした。

……バレちゃった。でも、今日までだったのに。

ディアンは、嫌だったんだな。すごく怒ってる。

でも、なんと言えばいいか分からなくて、僕はおろおろするばかり。


「なんでだ?! 有名な魔法使いだったなら、金あるだろが! なんで粗末な飯しか食ってねえんだ! だからそんなちっこくて……ああ、クソ!!」

「ディアン?! まだダメだよ!」


歯を食いしばって立ち上がったディアンに仰天して、思わず縋りついた。


「うるせぇ! 死にそうな面して何言ってやがる!」


すごく、すごく怒ってる。

でも、僕分かるよ。これも、『優しい』だ。

多分、僕にも、師匠にも、怒ってるけど。

それよりもディアンは――


「……ごめんね、ディアン」

「は?!」

「僕が、ナイショで食べさせたから。あのね、ディアンは悪くないよ。知らなかったんだもの。ごめんね。だから、わざと痛いことしないで!」

「――っ!」


ぐ、と詰まったディアンが、しばらく動きを止めて、そしてどかっと座った。

一気に汗が服を濡らして、荒い息を吐きながら不貞腐れている。


「……別に、そんな風に考えたわけじゃ……。ただ、腹が立って……! クソ、俺のせい――」

「ううん、僕が食べさせたせい、だよ」


また間違えたディアンを笑って、解熱薬を差し出した。無茶をしたから、きっとまた熱が上がる。

顔を顰めるディアンに、はちみつのスプーンを差し出すと、あからさまに溜息を吐かれて。


「ディアン、お口開け――んっ?!」

「馬鹿か。てめえで食え」


僕の口にはちみつのスプーンをつっこんで、彼は苦い苦い解熱薬を一気に飲む。

えっ……あの師匠だって、はちみつと飲むのに!

天にも昇るような甘みにうっとりしたのも束の間、うずくまって唸るディアンを慌ててさすった。

なんとか残りのはちみつをかき集めようとしたけど、涙目で睨まれてしまう。


「全部舐めとけ。つうか、はちみつがあんのに、なんで食わねえんだ。金があるんだ、飯もあるだろ? 盗って食えよ」

「はちみつは、お薬用だもの。そんな風に使っちゃダメなんだよ。ごはんはねえ……うーん、もうないかなあ……でも、明日になったら届くから大丈夫!」


とんでもない言い草に、思わず笑う僕をまた睨んで、ディアンが悔しそうに足を見た。


「狩りくらい、してやんのに……」

「ディアン、本当に狩りができるんだね! 凄いね! 僕にも教えて!」

「魔法で、何でも知れるんじゃねえのか。お前、肝心なことは何も知らねえじゃねえか」

「……うん」


ちょっと俯いて、小さな自分の爪を見る。

頭の奥へ押しやっていたことが、見事に掘り返されてしまった。


「……ねえ、外に行ったら、色んな事が知れるのかな」


ぽつりと呟いた言葉に、ディアンが大きく頷いた。


「お前に足りてねえもんが、色々ある。つうかお前、野郎がくたばったらどうするつもりだよ」


それって、師匠のこと? 

きゅう、と胸が締まるのを感じながら、少しだけ口角を上げた。


「僕……きっと、悲しくて……ずっとここにいるよ」

「はぁ?! 魔法がなんたらって建前どうなったんだよ?! こんなとこで、一生その魔法抱えて何の意味があんだよ!」

「うん……。そっか……そう、だね」


本当に、僕は考えなしで。

そんなことも、考えてなかった。

毎日、師匠のそばで楽しくて、それでよかった。

ちょっと息を吐いて、ディアンの強い瞳を見つめ返した。


「僕ね、色々考えてみるね。でも、ひとまずは……お仕事に戻ってくる! はちみつ、美味しかったぁ……なんだかすごく元気になっちゃった!」


ぱっと笑うと、ディアンが複雑そうな顔をした。


「……お前さ、全然頼りなくてふにゃふにゃで、押しに弱くて馬鹿で、騙されやすくて、物知らずで。けど……なんで()()なんだ。意味わかんねえ……」

「僕、そんなにひどくないよ?!」


むっと憤慨すると、ディアンがまた溜息を吐いた。


「いいから、無茶すんな。明日食料が届くっつう話なら、もう今日は寝ろ」

「まだ明るいよ?!」


僕、少しだけ採取してこようと思ってたのに。

でもぐいぐい小屋から押し出されて、渋々手を振った。


「せっかくはちみつで元気になったんだもの、ちょっとだけ……」


ディアンが見ていないのを確認して、僕は暗くなる前に、急いで森へ駆けて行った。


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