83 思わぬ獲物?
「えっ? ディ――」
遠くにいたはずのディアンが、振り返ったすぐ先にいて。
こちらへ手を伸ばしたのが――水しぶきの向こうに見えた。
どぷん、と音が消えた。
真っ暗な中、じゅわわと立ち上る泡が場違いなほど静かに耳元に響く。
引きずられる背中で、カチャカチャ鳴る石の音だけが大きく聞こえた。
冷たい、と思った瞬間。
波紋のように体に伝わった鈍い衝撃と、急激な浮上。
ばちゃばちゃと水を滴らせて、身体が掴み上げられた。
かふっと、呼吸が再開される。
「――ッ」
ガッと顔を掴まれ、月明かりの中わずかに浮かぶ橙と視線が合った。
珍しく上下する肩と荒い息を見て、慌てて雫の滴るまつ毛をこする。
「僕、大丈夫! ご、ごめんね……ありがとう」
「は……」
ふっと力を抜いたディアンのせいで、派手に川の中へ落ちて水しぶきと悲鳴を上げた。
「冷たぁっ! うう……もうずぶぬれだね」
「誰のせいだ」
「僕だよ?! ごめん、ディアンも濡れちゃって。グリポンもごめんね、びっくりしたよね」
急に視界から消えたもんだから、グリポンはさぞかし驚いただろう。肩に舞い降りたグリポンが、小さな前脚でぺぺぺ、とほっぺを叩いている。怒ってるのかな。
一体、何がどうなったんだろう。ゆらゆらする川の中、立ち上がって袋を確認した。
良かった、無意識に握りしめていた袋は、ちゃんと幽霊茸を閉じ込めている。
僕から手を放したディアンが、川に突き立っていた剣を引っこ抜いて腰に収めた。
あれは魔物……だったのかな。
真っ黒に見える川の中には、何がいるのかさっぱり分からない。ただ、一瞬で結構引きずられたとはいえ、今も僕の太ももまでしか深さがないもの、そんなに大きな魔物がいるわけじゃない……はず。
「早く出ろ」
「うん、あの、それ何?」
「魚」
ディアンはその一言だけで、覗き込もうとする僕を足でぐいぐい追い立てた。なんで足! 片手、空いてるよね?!
仕方なく先に河原へ引き返すと、ディアンが何かを引きずりながら上がってきた。
「うわあ……これ、魔物なの? 僕を食べようとしたの?!」
あの時、何かが一気に僕の足を引っ張ってひっくり返した……と思う。
無造作に転がされたのは、脳天を貫かれて息絶えた、ずんぐりした黒っぽい生き物。
鱗はないけれど、足はないしヒレがあるから、やはり魚の一種だろうか。ものすごく口が大きくて、歯はなさそう。ムチのようなヒゲが生えている。
でも、体長は僕と大差ない。魚としては大きいけれど……。
「いくら口が大きくたって、さすがに僕を丸のみは無謀だと思うんだけど」
「どっちにしろ、お前は溺れて死ぬけどな」
「理不尽!!」
そんな無駄死に嫌だ。どうせならちゃんと食べて?!
だけど、あのままだったら。何が起こったか分からないまま、足を咥えられて深みに引きずられてしまったら。本当に……そうなっていたかもしれない。
「浅瀬だからって、油断できないんだね……。こんな魔物がいるなんて」
「魚だっつったろ。魔物じゃねえ」
「え?! 魚が僕を食べようとしたの?!」
さすがにチャレンジ精神が旺盛すぎる。ぼ、僕だって、びっくりはしたけど、溺れてしまうまでにはきっと……きっと魔法を使えたはず。水中だから無詠唱限定だけども。
魚にくらい、勝てたはずだ。
「魔物だったら、最初のひと噛みで足持ってかれてるけどな」
「そ……っか。ごめんね。ありがとう。僕、早く上級の回復魔法覚えるね」
「そっちじゃねえな?!」
目を剥いて怒鳴られ、首を竦めた。
だって……僕が警戒できるようになるより、そっちを習得する方が早そうだし。
ふるりと体が震えて、思わず両腕を擦った。
「ディアン、早く着替えよう。病気になっちゃう! ここで火を焚いてもいい?」
「勝手に着替えてろ。先にコイツを解体する」
「じゃあ、ライトと火をつけるよ?」
ダメとは言わないので、多分OKなんだろう。
いい感じの丸太を取り出して火魔法を使うと、赤々と燃える炎で一気に空気が熱せられた気がする。
「……なんでもかんでも持って来んじゃねえ」
「え? 必要だと思ったんだけど……役にたったでしょう?」
にこっとする僕に、ディアンが深々と溜め息を吐いて解体にかかる。
ダメなんだろうか。だって薪は必要でしょう……。いちいちたくさんの薪を用意するより、手ごろな丸太があればいいと思ったのに。
次は持ち物からディアンと相談しよう、と心に決めながらライトの魔法を浮かべる。
どのくらいあればいいかな。2つ、3つ……と浮かべていくうち、『そんなにいるかよ!』と怒鳴られた。
「お魚の解体ならやったことあるから、僕がやるよ! そんなに固くないよね?」
「てめえに任せたら朝になる」
「うっ……じゃ、じゃあ僕鮮度が落ちないように凍らせようか? あっ、食べるんだよね?」
魔物でもないのに解体するってことは、そうだろうと思って首を傾げる。
初めて手を止めたディアンが、こちらを見た。
「食う。ただこいつは、すぐ鮮度が落ちる。なら、やってみろよ」
「うん! 美味しくなくなったら嫌だもんね!」
俄然張り切ってディアンに張り付くと、切り分ける側から氷に閉じ込めていく。このまま収納袋に入れれば、朝まではもつはず。その後はまた僕が凍らせればいい。
「――早いね、あっと言う間だ」
「こんなもんに時間かけてられるか」
剣を使ったざくざく解体で、河原に残されたのは、既に骨と内臓。
これは捨てていくのかな、と思ったら、収納袋がある場合は一応持って帰るらしい。
「何に使うの?」
「知らねえ。料理に使う時もあるし、ギルドで買い取られる時もある」
言いながら内臓を掻きまわし、何かを取り出した。
ひと際大きな臓物は、袋のよう。
「それ何……あ、胃袋? そっか、何か食べてるかもしれないもんね」
頷いたディアンが、ゆっくりと胃袋を絞るように中身を押し出していく。
ある程度膨らんでいたそこから、ぼたぼたと色んなものが絞り出されてくる。
「お魚と、何だろ、魔石? もしかして小型の魔物を食べたの……? 凄いね」
魚自体に魔石はないけど、こんなこともあるんだな。
魔石どころか普通の石も入っていて、なんて悪食なんだろうと見つめる中、ごろりと手の平大のものが出て来た。
「こんな大きな石まで……あれ?」
つん、と触れると弾力がある。
少なくとも石じゃない。水魔法で少し洗ってライトを近づけると、楕円の片方が丸く片方はやや尖って……もしかして卵?
「何の卵だろ? 鳥の巣から落ちて流れて来たのかな?」
さすがに魚の胃袋から出て来た卵は、食べられないよね。
火土更新だったのに!間違えました!!
投稿しちゃってから気付いた!!!!
うう……時間ないのに……( ノД`)シクシク…
よ、よろしければブクマや感想・評価で応援していただけるととても嬉しいです……




